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第九話 赦しの決意

湖の拠点ターナ。

黒梟との激戦で崩れ落ちた街は、頭領ランドルフの号令のもと、復興に息を吹き返し始めていた。

木槌の音が響き、運び込まれる石材の匂いが漂う。

傷ついた街に、ゆっくりと温度が戻っていく。


その空を、一体の天竜が影のように横切った。


「ランドルフ様! ショータさんが戻られました! 今は訓練場に!」


天竜の頭の鞍から飛び降りたマルコが、勢いそのままに駆け寄って報告する。


「そうか。……ではマルコ。ショータ殿とライラを城塞へ。」


「はい、かしこまりました!」


天竜の翼が広がり、砂煙がふわりと舞った。


―――


復興半ばのターナは、まだ深い傷痕を抱えていた。

倒壊した家屋、瓦礫がれきで塞がれた路地。整備されたのは主要道路のみで、そこを一台の竜車りゅうしゃが進む。


「マルコ……この辺りは、まだ時間が掛かりそうだな。」


「はい。春にシルヴァリス軍が動く前に、防壁を完成させなくてはなりません。

いまは街よりも防衛線を優先している状況です。」


「ターナはあかつきかなめ。負担はどうしても増えるな。」


「私はこの地で生まれ育ちました。必ず守り抜きます。」


「本当に頼もしくなった、マルコ。もう立派な幹部だ。」


ライラが微笑むと、マルコは照れたように肩をすくめた。


ショータが景色を眺めながら口を開く。


「……城塞に着いたら詳しく話すが、サンサーラ政府の動きが怪しい。

ターナにも間者かんじゃが潜んでいる可能性がある。不審な者には気を付けてくれ。」


「まさか、政府が……我らに敵対を?」


「ああ。その可能性は高い。」


手綱たづなを握るマルコの手が強張った。


「……暁の環は、見放されたのでしょうか。」


「心配するな。」

ライラが短く息をつく。

「もともと信用していない。それより――黒梟くろふくろうのほうが今やよほど信頼できる。不思議な話だけどな。」


ショータも小さく笑う。


沈黙のあと、マルコがぽつりと漏らした。


「ショータさん……。私は分からなくなりました。

人間至上主義、エルフ至上主義、そして共生を望む私たち……。

みんな“自分の正義”で動いている。本当の正義なんてあるのでしょうか。」


「……俺にも分からない。」

ショータは静かに首を振る。

「ただ、この世界のすべての種族が争わずに生きられる未来を望む気持ちは、本物だ。」


ライラがまっすぐ前を見たまま言う。


「私は父を殺した黒梟をずっと憎んでいた。

復讐だけが支えだった。でも……復讐は復讐を呼ぶだけ。争いは連鎖する。

だから……ゆるさなきゃ、世界は変わらないんだよ。」


「赦す……。」

マルコはその言葉を握りしめるように呟く。

「難しい。でも……必要なんですね。」


「そうだ。」

ショータは二人に視線を向ける。

「俺たちはそれに気付けた。だから、きっと世界を変えられる。」


「はい! ショータさん。一緒に未来を掴みましょう!」


―――


城塞の執務室。

ランドルフは書状を手に、深く息を吐いた。


「ショータ殿、ライラ。旅の疲れもあるだろう。

先ほど飛脚が届けてきた手紙、確かに読ませてもらった。

マルコ、お前も目を通せ。」


マルコは読みながら息を呑む。


「……“御方おんかた”が、あの大魔法使いマルダだとは……。」


「俺も驚いたよ。」

ショータは苦笑を浮かべる。

「まさかルミエールで世話になった人が、“はじめのにんげん”だったなんてな。」


ライラは目を伏せた。


「“エルド”の悪行……。あれを見ると、人間なんて滅んだ方がいいと思ってしまう。」


「マルダはいていた。

エルドを止められず、世界を混乱に導いた自分を。

だからエルフ側につき、一度は人間を滅ぼそうとした。」


ランドルフが低く続ける。


「だが、マルダが与えた“エルフの弓”が新たな強欲を生み……。

それがシルヴァリス王の復活に繋がった。

……醜い欲の連鎖だ。」


「マルダは俺に役割を告げた。

俺は“魔王をたおす者”。

それに……俺とシルヴァリス王は“表裏一体”だと。」


重い沈黙が降りる。


その静けさを破ったのは、ライラだった。


「ランドルフ。もしショータ殿が道を誤り、シルヴァリス王のようになろうとしたなら――

我らが正しき道へ導かねばならない。

リアナ様が“導きのエルフ”なら、私たちもショータ殿を護る者だ。」


マルコもうなずく。


「ライラさんの言葉、今なら分かります。

世界の火種は“復讐”。

争いを止めるには、赦しが必要なのですね。」


ショータは拳を握りしめた。


「俺は魔王を斃さなきゃならない。

でも……赦せなければ、また争いが生まれる。

マルダの未来視で……リアナの死を見た。

もし避けられなかったら……俺は世界を赦せるのか……。」


ランドルフはショータの肩に手を置く。


「ショータ殿。暁の環はあなたとリアナ様を必ず守る。

あなた一人に背負わせはしない。」


ショータは三人の顔を見渡し、強く頷いた。


「頼む……みんな。

俺が道を間違えないように、しっかり見ていてくれ。」


―――


ターナの湖。

深い谷底へ落ちる滝が白い飛沫しぶきを上げている。


「ショータさん、本当に星牙せいがで谷底に降りるんですか?」


「ああ。未開の地は深いが広い。

俺と星牙なら行ける。

ただし……絶対に真似しないでくれ。こんな暗く深い谷を飛べる天竜は他にいない。」


「当然です。ショータさんと星牙が特別なんです。」


「だからこそ、星牙を隠さなくては。……政府に狙われているからな。」


「しかしファルゴという商人……信用して良いのですか?

念のため、私たちでも調べておきます。」

ランドルフの表情は固い。


「少なくとも敵じゃない。でも、調べて欲しい。頼んだよ。」


ランドルフは頷いた。


マルコはライラを見る。

「ライラさんも、お気をつけて。」


「マルコ。春にはハイランダーの力が必要になるはずだ。頼んだ。」

ライラはマルコの手を握り固い握手をした。


「任せてください。

ランドルフ様の足を引っ張らない部隊を整えておきます。」


ショータがランドルフへ向き直る。


ほこらの件は各拠点へ手紙を送った。

だが、政府の動きは手紙に記せていない。

ランドルフさんから伝えてもらえるか?」


「ああ。急ぎ飛脚を出す。春までに拠点を一枚岩にしてみせる。」


「ありがとう。俺たちは一旦バースに隠れる。

蝕人の脅威はいつ始まるか分からない…。

リアナとリオンの作る“血清けっせい”と“魂環薬こんかんやく”は、完成したらすぐに運ばせる。」


「ショータ殿、ライラ。どうかご無事で。」

ランドルフが言う。


「ショータ殿は私に任せておけ。春までビシバシ鍛えてやる。」

ライラがショータにウィンクを送る。


ランドルフは姿勢を正した。

「春のエルファリア女王奪還作戦――成功を祈っている。」


「第三の国家……それが暁の環と黒梟の目指す場所。

理想郷は、俺たちで築くぞ!」


星牙は大きく翼を広げ、滝沿いの闇へと滑り込んだ。

その漆黒の谷こそが、未来へ続く道となる――。

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