第七話 面影
バース内。
リアナと助手のリーネ、セリウスは“血清”の増産に追われていた。
ハクが用意した部屋には、天曜院以上の機材が整い、安定した生成作業が可能となっている。
そんな中、リーネがリアナに尋ねた。
「リアナ様、ショータさんってどんな人なんですか?」
「…そうね。一言で言えば、純粋な人よ。」
「純粋な人かあ…。たしかに、すごく優しそうな方でしたね」
セリウスが眼鏡を押し上げながら言う。
「リアナさん、気をつけた方がいいですよ。純粋な人って、他の女性の誘いにもコロッといっちゃいそうですから。
だってショータさん、サンサーラへの旅はライラさんと二人っきりって言ってましたよ? 心配じゃないですか?」
リーネが勘ぐるように言った。
「ライラさん、すごく綺麗な人でしたね。あの引き締まった身体…。リアナ様とはまた違う美しさと言うか…。女の私でもドキッとします」
セリウスはうっとりとした目になっている。
「…そうね。ショータだったら、ライラさんにもし言い寄られたら断れないでしょうね…。目に浮かぶわ」
リアナは淡々と答えた。
「リアナ様! 浮気されても許せますか⁉︎」
リーネが身を乗り出す。
「許せるわ。
だって、この世界で右往左往していたショータと出会い、夫と息子を失った寂しさを埋めるように一緒に暮らすようになって…。
関係を持ってしまった私の方が、むしろ罪深いもの」
リアナは恥ずかしそうに言った。
リーネは納得いかない様子だ。
「リアナ様とショータさんは、出会うべくして出会ったんですよ。きっと」
セリウスが優しく言う。
「私もお二人のような恋がしてみたいです。ですが、浮気は許せません」
リーネは頬を膨らませた。
「ふふ、リーネ。
許せるとは言っても、実際に浮気されたら…きっと平常心ではいられないわ。
本心では、ショータを誰にも取られたくないもの」
リアナは微笑んだ。
「良かった! そうですよね! 安心しました!」
リーネが胸を撫で下ろす。
「…リーネ。なんでショータさんが浮気する前提なのよ」
セリウスが呆れて言うと、リーネはきっぱり答えた。
「女の勘が告げるのよ。ライラさんはショータさんのことが気になってるって…」
その瞳がギラリと光った。
リアナはパンと手を叩く。
「はい、二人とも! ちゃんと手を動かしてください。まだまだ血清を作らないと!」
そして続けた。
「私はリオンさんの様子を見てきます。後は頼むわね。
それと、食事や休憩もちゃんと取ること。体を壊さないように」
「はい!」
二人は大きな声で返事をした。
⸻
リアナは隣の研究室にいるリオンを訪れた。
ここもハクが魂還薬生成のために新造した施設である。
「リオンさん。調子はどうですか?」
リアナは機材に横たわるリオンに声を掛けた。
「リアナ様! 暇で仕方なかったんだ。来てくれてありがとう!」
リオンは瞳を輝かせる。
「ちゃんと水晶石に“博愛の力”が流れていますね。すごいわ」
「オイラの場合、やっぱ腹が減るんだよなぁ…。
さっきもリーネちゃんが茶と菓子を持ってきてくれたけど、もうお腹空いちゃってさ」
「リーネが? さすが気が利くわね。
リオンさん、少し休憩して、一緒に食事でもどうかしら?」
「いいね! オイラもリアナ様と一度ゆっくり話したかったんだ。嬉しいな!」
「じゃあ、中央広場が見えるレストランに行きましょう。いつでも利用していいそうよ」
「よっし! 腹いっぱい食うぞ!」
リオンの腹はすでに鳴っていた。
⸻
今日もレストランは賑わっていた。
さすがバース一の人気店だ。
大きなガラス窓の向こうには、バース中央の噴水広場が広がっている。
青白い光を帯びた水柱がリズムよく舞い上がり、人々の歓声と笑い声が重なる。
その光景を背景に、テーブルへ次々と料理が運ばれてきた。
最初の一皿は淡い琥珀色のスープ。
湯気の中に芳醇な香りが混ざり、レンゲですくうたびに鼻孔をくすぐる。
バース産の人工食材とは思えないほど、奥深い旨味が幾重にも重なっていた。
「美味しい……これ、本当に人工食材なの? 何度食べても信じられないわ」
リアナの驚きに、給仕の女性が柔らかく笑う。
「ええ。私は天然物を食べたことはありませんが、“理想の旨味”に近づけられているそうですよ」
次に運ばれたのは、軽く炙られた白身魚のプレート。
ナイフを入れるとふわりと身がほどけ、口に運べば溶けるようだ。
レモンに似た香りのハーブソースが甘い旨味を引き立てる。
「ううん! 本当に美味しいわ。このソースが堪らないわね」
リアナは舌鼓を打った。
窓の外では噴水の水柱がタイミングを合わせて立ち上り、七色の光が霧に反射して揺らめいている。
その光景と、満たされていく口福が重なり、胸がじんわりと温かくなった。
「……美味いな。バースの技術って、ここまで進んでるんだな」
リオンは感心したようにつぶやく。
客たちの笑顔。
噴水の音。
料理の香り。
すべてが、この街の豊かさを語っていた。
「リアナ様…。オイラの顔になんかついてる?」
リオンが見上げた。
「いいえ…。迷惑かもしれないけど、どうしてもリオンさんに息子の面影を感じてしまうの」
「リアナ様の息子さんって亡くなったんだよね?」
「ええ。十三歳の時に…。とても元気で、笑顔が可愛い子だったの」
「そうなんだ。オイラ、似てるのかな?」
「髪も瞳も雰囲気も……そっくり。
それに名前も。息子も“リオン”っていうのよ」
「えっ、すごい偶然!」
「ほんとに。初めて見た時、本当に帰ってきたのかと思ったわ。あり得ないことなのにね…。
でも嬉しかった。息子と同じ名前の青年がショータを守ってくれていたなんて」
「ショータは、すごいよ。
急に黒梟に襲われ、わけも分からず大きな運命に巻き込まれて…。
それでも泣き言を言わず、いつもリアナ様や仲間のことを思ってた」
リオンは水をひと口飲む。
「それに、ショータは強い。
“選択の力”なんて、オイラが弓の修行をしてた頃の比じゃないよ。
強大すぎて、まだ全てを受け入れ切れてないみたいだけど」
「リオンさん、本当によく見てくれていたのね。ありがとう。
私はね、ショータは純粋だからこそ、周りがしっかり導かなきゃ駄目な気がするの」
リアナは少し不安げに言った。
「リアナ様、それはオイラも思ってた。
良くも悪くも真っ白なんだ、あいつは。
だから、変な色に染まらないように見てやらなきゃいけない。
ばっちゃん――マルダも言ってた。オイラはその見張り役の一人だって」
リアナはほっとした表情で頷く。
「いつの間にか、ショータには頼もしい仲間がたくさんできたのね」
「そうだな。
ライラも、シュテンさんも、死んだイズファルも…みんなショータが好きだ。
あ、そうだ!
ショータ、天竜とも友達なんだぜ! ほんとにすげーやつなんだ!」
「リオンさん…。皆さん、本当に頼もしい仲間ね。
ありがとう。これからもショータをお願いね」
「任せてよ、リアナ様!」
二人は束の間、優しく穏やかな時間を過ごした。
⸻
その頃。
“暁の環の道”の拠点では――
各地域の拠点長たちが復興に尽力していた。
“雷の山”ライレン ――頭領・レキル
“霧の湿原”ミラ ――頭領・アオダ
“岩山”ガンロ ――頭領・シュテン
“密林”ジュラ ――頭領・ツムリ
黒梟の兵たちは、ノブナの書面により“人間至上プログラム”が上書きされリセットされており、
いまは暁の環と共に歩む心強い味方となっていた。
来るべき春の戦に備え、軍備の増強と、黒梟兵と暁の環兵による厳しい合同演習が続けられる。
すべては――
“魔王を斃す者”が切り拓く未来への布石であった。




