第四話 未来への道
「紅茶のおかわりはいかが?」
マルダが湯気の立つティーポットをテーブルに置いた。
「いただくよ。」
「私も。」
俺とライラはティーカップを差し出す。
「魔法の力とは、便利なものだな。」
「そうね。でも……この力には制約があるの。」
「制約?」
「魔法の力を使う対価として――
私の体は老いることも、死ぬこともできません。」
「五百年生きる理由が……不老不死、なのか?」
「はい。永遠の若さと命を持つ魔法使い。それが私――魔法使いマルダです。」
マルダの瞳に、深い哀しみが浮かぶ。
「私はエルドが犯した罪を許せません。
でも……それ以上に、エルドをルミエールへ連れて行った“私自身”を許せなかった。
人間の欲望に気づかず、エルフの世界を壊してしまった私が、一番罪深い……。」
「しかし、マルダが連れて行かなかったとしても、いずれ欲深い人間とエルフが交わり、同じ結果を生んでいたかもしれないじゃないか。」
彼女だけが罪を背負う必要はない。俺はそう思った。
「ショータさんの言う通りかもしれません。
どんな道を辿っても、この世界の行き着く先が同じだとすれば……。」
マルダはティーカップを置き、静かに言った。
「でも、私は――運命は変えられると信じています。
小さな変化の積み重ねが、未来を大きく変える。そう信じています。」
「マルダ様。あなたはどんな未来を見たのですか?
未来をどう変えるつもりなのですか?」
「予知の能力を得たのは、大戦の最中でした。
その話の前に……もう少し、私のことを話させてください。」
マルダが杖を振ると、テーブルに水晶玉が現れる。
そこに、ルミエールの街が映し出された。
「これは?」
「私の過去の記憶です。」
「この街で暴れている男……エルフを殺しているのか⁈」
「まさか――こいつがエルドか⁈」
「はい。
エルドはルミエールを力で支配しようとし、エルフ達を傷つけ、殺し、犯し、奪いました。」
「なんてことを……。」
「理不尽な暴力に、私は抗えませんでした。
私も、他の二人の人間も……エルドに支配されていたのです。」
映像が変わる。
「やがて、エルドの暴虐を聞きつけたシルヴァリス王国軍が派遣され、
二番目と三番目の転生者は見せしめとして処刑されました。」
「これが……シルヴァリスで初めての火あぶりの刑か……。」
「“人間”という未知の種族への恐怖だけが広がり、外部排斥運動が起こりました。」
「身の危険を感じた私とエルドは、ルミエールから逃げ出しました。
私はまだ不老不死ではなく、力も完全に覚醒していなかったのです。」
「エルドはサンサーラへ戻りました。
でも私は……ショータさんとリアナが暮らした森に隠れ住みました。」
「……あの森にマルダが?」
「はい。リアナに渡した家は、私が住んでいた家を手直ししたものです。」
胸の奥が熱くなる。
「私はエルフに姿を変え、ルミエールで魔法具や薬を売って生計を立てました。
“魔法使いマルダ”と名乗って。」
「マルダは本名じゃなかったのか。」
「罪深い人間の名は封印しています。
“無事に”死を迎えられた時――本当の名前と共に逝くつもりです。」
「無事に……死を迎える?
マルダは……死を願っているのか?」
「世の理の中に、不老不死などあってはならないのです。
世界の秩序と調和を取り戻した時――私は自然の流れに戻りたい。」
「……わかる気がする。」
「マルダ様、これは三ツ星店旗ですか?」
ライラが水晶を指さす。
「名が知れ渡り、私は三ツ星店旗の魔法具店を任されました。
森に移り住んで五年ほどの頃です。当時の店旗協会はまだ小さく、バルドランのような代表もいませんでした。」
「その店が……今まで続いてきたマルダの店か。」
「ある日、王都から天曜院への招聘がありました。」
「リアナと同じ流れか……。
この建物が天曜院か⁈ 大きい……!」
「私はここで魔法を研究しました。
五年ほど経った頃、“サンサーラ”という国から人間が現れたという噂が広がり始めたのです。」
「サンサーラが認知されたのはこの頃か……。」
「すぐに分かりました。サンサーラ王国の王は――エルドです。
そして彼は、百万の軍勢を率いてシルヴァリスに攻め込みました。
これが、五百年前の大戦の始まりです。」
映し出される軍勢は規格外だった。
「サンサーラ軍百万⁈ 十年ほどでそんな戦力に……?」
「神はなぜ人間を転生させるんだ……。こんなに恐ろしい能力を持たせて……」
ライラは震えていた。
「天曜院で魔法を研究する中で、私はエルフには潜在的に高い魔力があると気づきました。
特に、王家の血筋には強大な力が眠っていたのです。」
水晶に弓が映る。
「これは……エルフの弓か?」
「そう。潜在魔力を最大限に引き出す魔法具――エルフの弓。」
「黒梟との戦いで使った……あの恐ろしい威力か。」
「私は当時、エルフのために全ての力を注ぐことしか考えていませんでした。
戦争を始めたエルドのような欲深い人間を滅ぼせば、世界は元に戻ると信じていたのです。」
「だからエルフの弓を……。」
「でも――戦況を見るために水晶玉を覗いたある日、私は初めて“未来”を見たのです。
それが、先ほどライラさんが尋ねた“未来”の話。」
ライラが息を呑む。
「私が見た未来。
それは……魔王の出現と、エルフと人間の果てなき争い――そして迎える“世界の崩壊”でした。」
「魔王の出現……! まさかシルヴァリス王か⁈」
「世界が崩壊……?」
「私は、人間を滅ぼす力をエルフに与えてしまいました。
“エルフの弓”を得たシルヴァリス王と“弓の勇者”たちが手にしたのは――
“平和”ではなく、“力の快感”と“支配の優越感”でした。」
「……一つの戦争が終わっても、争いは続く……。」
「その通りです。
前の世界でも同じでした。勝者の欲望と敗者の復讐が、また新たな悲劇を生む……。
力で富や名声を得た者は、後戻りできません。」
「それじゃ……エルフと人間が同じ世界にいる限り、争いは消えない……。」
「たとえ人間が消えても、奪うことを覚えた者の欲望は消えません。
新たな火種を落とし、また世界を戦火に包む。
これが魔王――私が見た未来のシルヴァリス王です。」
「シルヴァリス王は復活した……。
結局、未来は何も変わっていないのか!」
「私は未来を何度も覗きました。
何度視ても、王の復活だけは変わらなかった。
しかし……世界の崩壊に至る運命の途中に“分岐”があると気づいたのです。」
「分岐……?」
「はい。最初の未来は、一直線に世界の崩壊へ向かっていました。
でも、私が未来を見続けることで、どうやら運命に僅かな干渉が起きた。
――世界の道がいくつも分岐し始めたのです。」
「じゃあ……マルダ様が未来の道を増やしたってことか?」
ライラが立ち上がる。
「きっかけはそうでしょうね。
私は何百、何千、何万通りもの未来を見続けました。そして――見つけたのです。
この世界が秩序と調和を取り戻す“唯一の道”を。」
「それが、三つの鍵を中心とした未来の道の選択です。」
「未来の……道の選択?」
マルダは静かに予言を口にした。
『この世界に再び混沌が始まる時、三つの鍵が現れる。
一つ目の鍵は、導きのエルフ。
二つ目の鍵は、迷いの転生者。
三つ目の鍵は、愛の転生者。
鍵はただ可能性の扉を開くものに過ぎない。
三つの鍵が開く扉を間違えねば、この世界は初めて自由に開かれる。』
「祠の入り口で聞こえた声……あれはマルダだったのか。」
「この祠を護る暁の環の者たちに、この予言を何度も聞かせました。
私が未来の運命から見つけた唯一の希望の道です。
ただし……道の途中には大きな痛みを伴うでしょう。」
「痛み……。」
「ショータさん。
ルミエールのマルダがあなたに見せた未来――あれが“その道の途中”です。」
リアナの死。
胸が締め付けられる。
「……リアナを助けられる道は……あるのか……。」
「リアナの死を避けられるかどうかは――あなたの選択次第です。
未来に繋がる選択を、あなたが正しく選び取るのです。」
「マルダ……!
リアナを助ける選択とは何だ⁈
頼む……教えてくれ……!」
「それは……私にも分かりません。
ですが……一つだけ言えることがあります。」
マルダは静かに、強く俺を見る。
「あなたは……リアナの心と、永遠に結びついています。
私が未来で見たリアナの姿はぼんやりしていましたが……
あなたは、はっきりと映っていた。」
「リアナの姿が……ぼんやり……?
俺は、リアナの“死”を見たんだぞ……。どういうことなんだ……。」
「ショータ殿……。」
ライラがそっと俺の手を握る。
「迷いの転生者……あなたをここへ呼んだ“理由”があります。」
マルダは深く息を吸い、まっすぐ告げた。
「それは――未来へ立ち向かう覚悟を、あなたに決めていただくためです。」
「未来への……覚悟……。」
「はい。そして今から――
この世界におけるあなたの“役割”を知っていただきます。」




