第一話 砂に流る秘密
「ショータ殿――これより、暁の環の本拠地へ案内する。」
ライラは掛け軸の裏に隠された小さな扉を開き、先へと進んだ。
俺は思わず息を呑み、その後に続く。
細く暗い通路は、ゆるやかな下り坂になっている。
足元を照らすのは、さっき寿司屋のテーブルから持ってきた魔法灯の行燈だけだ。
「足元に気をつけてな、ショータ殿。」
「この行燈は、この道を進むための物だったのか?」
「その通りだ。あの店は、首都サンサーラにある暁の環本拠地へ繋がる入り口の一つ。
暁の環は政府と繋がりはあるが、政府ですら本拠地の正確な位置は知らない。」
「そこまでして、本拠地を隠す必要があるのか。」
「我らは政府を信用していない。ショータ殿も見ただろう……この国は歪んでいる。
わずかな富を持つ者が、持たざる者を支配している。華やかな外見とは裏腹に、大きな闇を抱えているんだ。」
「たしかに……。この国には、俺が前世で感じていた閉塞感のようなものがある。
人間が造る世界は、どうしてこうなるんだろうな。」
「人間が皆、ショータ殿のような考えでは無いからだ。
利欲のために、授かった力を利用する者たちがいる。政府の中にもな……。」
「暁の環は、この世界をどう変えるつもりなんだ?」
「我らにも分からない。ただ、予言者が見たずっと先の未来は“真に自由で幸せな世界”だったらしい。
我らはそれを信じ、予言に従い活動している。」
「真に自由で幸せな世界か……。どんな世界なんだろうな。」
「ショータ殿。ここからは砂竜に乗るぞ。」
そう言うとライラは岩のトンネルを抜けた。
「何だ、ここは⁈ 外……? いや、地下なのに砂漠が⁈」
「ここから先は、流砂が作った広大な地下空間だ。この場所の存在を知るのは暁の環だけだ。」
「なぜ地下なのにこんなに明るいんだ?」
「光苔だ。見上げれば岩肌が白く光っているだろ?」
見上げると、天井一面の岩盤に淡く白い光を放つ光苔がびっしりと生えていた。
その静かな光が、巨大な地下砂漠を照らしている。
その時、岩盤の隙間から砂が滝のように流れ落ちてきた。
「ショータ殿、気をつけて。ここの地上は流砂の危険地帯だ。誰も近づけない場所になっている。
その砂が地下に溜まり続けているんだ。」
――バサァ!
突然、目の前の砂が盛り上がり、砂塵が宙へと舞う。
「なっ……!」
「砂竜だ。ショータ殿、落ち着いて。今から捕まえる。」
ライラは腰の鞭を手に取り、頭上で回し始めた。
「はっ!」
掛け声と共に、鞭の先が砂竜の首に絡みつく。
「どっせーい!」
ライラの怪力によって砂竜は砂から宙へと放り出され、白い腹を見せながら砂上へ落ちた。
ライラは素早く竜に駆け寄り、ひっくり返った砂竜の腹に跨がる。
「少し大人しくしてくれよ。」
腰の袋から竜具を取り出し、手際よく砂竜の口へ装着する。
さっきの鞭は、いつの間にか手綱へと変わっていた。
「ライラ……すごい技術だな!」
「普通は手綱も携帯するのだが、邪魔でな。鞭を手綱代わりに使う技術は私が編み出した。
……よし、これで大丈夫だ!」
暴れていた砂竜は、ライラを背に乗せると途端に大人しくなった。
薄黄色の鱗に白い斑点が散り、手足はなく、胸の大きなヒレで泳ぐように進む。
体の半分以上を占める長い尾が特徴だ。どこか優しい目をしている。
「砂竜は地竜より大人しい。こちらに敵意が無いと分かれば、すんなり乗せてくれるぞ。
……手綱を付けるまでは大変だがな。」
ライラは砂竜の頭をポンポンと叩いた。
「ショータ殿、私の後ろに乗ってくれ。本拠地まではコイツで行く。」
ライラは背中の大斧を俺に手渡す。
「ショータ殿、こいつを預かってくれるか?」
俺はエルフの弓を肩に掛け、ライラの斧を背負った。
「それじゃあ、ここに跨ってくれ。」
「ああ……こんな感じでいいのか?」
「……ショータ殿?
何を恥ずかしがっている? そんなに離れていては落っこちてしまうぞ。」
ライラは俺をぐっと引き寄せる。
「しっかり抱きついてくれ。砂竜は尾を振って進む。体の半分以上は尾だ。
ちゃんと胴体に座っていないと、すぐ砂に飲まれるぞ。」
「これでいいか? 苦しくないか、ライラ。」
俺はライラの背に体を寄せ、腕をその腰に回した。
露出の多い衣装のせいで素肌に触れ、ライラがぴくりと背を震わせる。
「…うん…。苦しくないよ……ショータ殿。
背中から伝わる鼓動で、どうにかなりそうだ……。」
ライラは恍惚とした表情になりかけ、慌てて意識を戻す。
「ショータ殿! しっかり掴まってろよ。行くぞ!」
手綱が振られると、砂竜は体を左右にしならせて動き始めた。
(これは……確かに振り落とされそうだ!)
砂竜は流砂を察しているのか、軽やかに避けながら速度を上げる。
「ショータ殿! 大丈夫か⁈
もっと抱きしめてくれていいぞ! 今の私は……とても幸せだ!」
ライラは心から嬉しそうだったが、俺は激しい揺れに早くも酔い始めていた。
(……思っていた以上に、大変だ……。)
――――
二時間ほど経っただろうか。
砂竜酔いでフラフラの俺は、今ライラの膝枕で横たわっている。
「…ライラ。すまない…。」
「ショータ殿、気にするな。砂竜は乗り心地の良い竜ではない。慣れが必要だ。
私こそ、ショータ殿に抱きしめてもらえて、少し調子に乗ってしまった。」
ライラの膝枕は驚くほど心地良い。
胸を優しくさすってくれる温もりが、妙に気分を落ち着かせてくれる。
「ライラ…。だいぶ気分が良くなってきたよ。ありがとう。」
「ショータ殿、私はずっとこうしていても良い。
あなたが望むことなら、何でもしてあげるよ。」
ライラは俺の頬を撫でた。
俺は、この旅でライラのことを本気で好きになっていた。
だが、それは“都合の良い好き”だと分かっている。
俺が愛しているのはリアナだ。
ライラの想いに触れるたび、俺は罪悪感を抱いてしまう。
「ショータ殿…。私は分かっているんだ。
ショータ殿の想いを。私が、優しいショータ殿を苦しめていることも…。」
「…ライラ。俺は……ライラのことが好きだよ。
だが、愛しているのはリアナだ。ごめん…。」
「気にするな、ショータ殿。私は今のままで幸せなんだ。
だから……全てを分かった上で、私を拒まないで欲しい。お願いだ…。
私をまた、抱いて欲しい……。」
「ライラ……。」
俺はライラを強く抱いた。
誰もいない砂の上、俺たちは激しく求め合い、絡まった。




