第八話 サンサーラの巨都
ルーサを飛び立って半日。秋の太陽が真上から照りつけている。
「ショータ殿! あれがサンサーラだ!」
星牙の荷台からライラが指差した先――砂漠の果てに、巨大な城塞都市が姿を現した。
砂海に浮かぶ黄金の大都市。その中心にそびえる宮殿は、まるで世界の中心のように輝いて見えた。
サンサーラの中央を貫くように流れるのは、“北の大海へと続く全長三千キロの大河”――エルド川。
その川沿いには百ほどの都市や街が帯状に連なり、人間文明の大動脈を形成している。
そして、その最上流に築かれたのが、首都――サンサーラ。
「サンサーラって……あんなに巨大なのか⁈」
「首都サンサーラだけで一千万人が暮らしている。」
「一千万人……! じゃあ、国全体の人口は?」
「シルヴァリス王国とほぼ同じだ。
エルド川沿いの百ほどの都市や街を合わせると――およそ一億人になる。」
「……五百年前に滅んだはずの人間国家が、エルフ国家に並ぶ規模にまで成長したわけか。そりゃエルフからすれば脅威だよな。」
「人間は寿命が短いぶん繁殖力が高い。エルフの十倍以上だ。」
「サンサーラを治めているのは政府なんだろ?」
「“サンサーラ政府”だ。
かつては人間至上主義を掲げていたが百年ほど前にエルフとの共生を宣言した。“暁の環の道”はそこでシルヴァリスから返還された。
当時はシルヴァリス軍を道から追い出すための単なる口約束でしかなかったようだがな。」
「なるほどな。」
「数年前にエルフィリア女王の旗振りで、シルヴァリスが共生を宣言してからは、表向きは歩み寄りを見せている。」
「暁の環は政府組織じゃないんだよな?」
「違う。暁の環は政府の支配下にない“独立組織”だ。
もともとは人間至上主義に反発した予言者が作ったレジスタンス組織だった。」
「政府内も色々な勢力があるってことか。」
「そうだ。シルヴァリスの女王派と長老会派のように、表向きは協力していても裏では対立が続いている。」
「黒梟に自ら志願して実験体になった人間もいた……と聞いた。」
「いるとも。そうした者たちがハクギの実験に利用されたのだろう。」
ライラの声がわずかに沈む。
「ショータ殿。サンサーラには暁の環を疎ましく思う者も多い。気をつけてくれ。」
「分かった。慎重に行動するよ。」
「それと、星牙で暁の環の本拠地には入れない。
まずは天竜の発着場に降りよう。」
――――
サンサーラの天竜発着場は、国全土への資材運搬の要所であることが一目で分かるほど巨大な施設だった。
星牙は黒銀色の鱗を揺らし、滑らかに着地する。
「暁の環が天竜を資材運搬に用いるようになってから、サンサーラ政府も天竜の利便性に気付きはじめてな。
今ではターナから天竜を買い取っている。暁の環にとっては重要な資金源だ。」
「なるほど……サンサーラと暁の環の結びつきは深いんだな。」
星牙の鼻先を優しく撫でる。
「星牙。しばらくここで休んでてくれ。すぐ戻るから。」
星牙は低く鼻を鳴らし、理解したように目を細めた。
「ショータ殿。首都サンサーラへようこそ。さあ、行こう!」
ライラが嬉しそうに俺の手を取る。
「ショータ殿、腹は減っていないか? 行きつけの店があるんだ。絶対に気に入るぞ!」
「昼も過ぎてるしな……確かに腹は減った。」
ライラは手をぎゅっと握ったまま、まったく離す気配がない。
「ラ、ライラ……手、繋いだままで行くのか?」
「駄目か? 私はショータ殿と手を繋ぎたいんだ。」
「駄目じゃないけど……」
「なら良いじゃないか! ルーサでは……その、色々したのだからな。」
ライラは恥ずかしそうに胸元を押さえる仕草をした。
「そ、それは!」
「ふふっ。私が無理矢理襲ったようなものだが?」
いたずらっぽい笑みを浮かべ、さらに強く手を握ってくる。
完全に――ライラのペースだ。
「ショータ殿、大好きだ!」
ライラは俺の頬に軽く口づけし、そのまま駆け出した。
(……ああ。君はたしかに、可愛いよ。ライラ。)
心の中でそっと呟く。
――――
サンサーラの中心街は、活気と煌びやかさに満ちていた。
川や海で獲れた新鮮な魚介、肥沃な土地で育った野菜や穀物が市場に並び、人々が行き交う。
だが繁栄の光の裏側には影もある。
路上には物乞いや貧民街も見え、格差や希望を失った人々の姿が目に映った。
(この国の人々は果たして幸せなんだろうか……?)
俺は華やかな都の中に、不安を感じずにはいられなかった。
ライラに案内された店は、中心街から少し外れた静かな路地に佇む小さな寿司屋だった。
ライラが大将に会釈すると、俺たちは奥の座敷へ通された。
「どうだ? ショータ殿。美味いだろ⁈
天竜が北の海から魚介を空輸できるようになって出来た店だ。小さい店だが、大将の腕とネタは超一流だぞ。」
ライラが得意げに笑う。
「ああ! とんでもなく美味いよ!
まさか、この世界で寿司が食えるとは……。忘れかけていた前世の記憶が甦るようだ。」
この世界に転生した時、俺は十八歳。
あっという間に、二度目の冬には二十歳になる。
だが――前世の五十年は、ただ長かった。
そして、本当に“何も無い人生”だった。
「ショータ殿、前世はどんな人生だったんだ?」
「……話すようなことが何も無い人生だ。」
「何も無い?」
「そうだ。
ここへ来るまでに前世の俺と同じような目をした人々がいた。
生きる希望を失い、何も無い人生を生きる人々だ。
ライラは、転生者の力が前世の未練に左右されるって知ってるか?
バースにいた時、ヒキガから聞いた。」
「聞いたことがある。前世での後悔や未練が転生者の力になる、と。
ショータ殿の“選択の力”も前世の未練が関係しているのか?」
「ああ。前世の俺は、人生の選択を間違い続けていた。
つまり――“正しく選び取る力”がなかったんだ。」
「だから転生するとき、“選択を誤らない力”を願った……というわけか。」
「そうなのかもしれない。
もし俺の選択が“すべて正しい結果になる力”なら……今まで起きた超常の出来事も説明できる。
だけど――怖いんだ。この力を正しく使いこなせるのかって……。」
ターナでコウブを消し飛ばした、あの恐ろしい力が脳裏をよぎる。
「大丈夫だ。ショータ殿ならできる。この私が惚れた男だ、自信を持ってくれ。」
ライラがテーブル越しに俺の手を握った。
「そうだな……。シルヴァリス王を倒すと誓ったのに…。俺はすぐ迷うところが駄目だと思っていてな。
“迷いの転生者”……本当に俺そのものだな。」
「ふふっ。迷わない奴なんていない。
私だって迷っていたさ。心の内を打ち明けるかどうかを……。
だけど、ルーサでの選択を後悔していない。
ショータ殿も迷ったら、一人で悩まずに――私に打ち明けてくれ。」
「ありがとう、ライラ。迷ったら相談するよ。必ずな。」
ライラは安心したように微笑む。
「さあ、ショータ殿。美味い寿司だ。残さず食べよう。」
俺たちは心ゆくまで寿司を味わった。
「ライラ、こんな美味い寿司を食わせてくれてありがとう。大満足だよ。」
「それは良かった!
さて……腹ごしらえも済んだし、目的の場所へ案内しよう。」
ライラは立ち上がり、座敷の小さな床の間へ向かった。
「ショータ殿、こっちだ。」
掛け軸をそっとめくると、小さな扉が現れる。
「おいおい、まさか……ここから行くのか?」
ライラは静かに頷いた。
「ショータ殿――これより、暁の環の本拠地へ案内する。」
この先に待つ人。“御方”とは……。
俺の鼓動は、不安と期待で高鳴った。




