第六話 天と地の架け橋
バースを出発したメサイアは、道中四日をかけて黒梟大小の拠点六つに立ち寄り、兵と物資を積み込んだ。
五日目の朝、ターナの湖の真下。
メサイアは谷底に長く横たわる形状から、地上へ伸びる巨木のような形に変形していた。湖から立ち上る霧には、巨大な影がゆらめいている。
メサイアから外に出た俺は、久しぶりの地上の柔らかな陽光を浴び、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。朝の冷たい空気が身に染みる。
「やっぱり、地上の空気は清々しいな……。
バースの人々が地上にも自由に行き来できるようになればいいな。」
本気でそう感じた。
ハクギが地上への憧れを抱き、変わってしまった理由も、なんとなく理解できた。
「ショータ殿。サンサーラへの旅、お気をつけて。ライラ、しっかり頼んだぞ」
シュテンが静かに言う。
「ああ。シュテンさんも気をつけて」
ライラも頷き、深く頭を下げた。
「シュテン様、拠点の復興を頼みます。朧の皆も、よろしく頼みます」
「ライラ、あなたはイズファル様の意思を継ぐ者だ。我ら朧はあなたを信じている。――ショータ殿を頼む」
レキルはライラと固い握手をする。
「わ、私……メサイアの中でライラ様とお酒が飲めて楽しかったです。ま、また一緒に……」
ツムリがもじもじと告げる。
「ああ! ツムリ、帰ってきたらまた飲もうな!」
ライラがツムリの頭をぐしゃっと撫でた。
その時――。
「ショータ殿! あれを!」
シュテンが空を指差す。
見上げると、三つの影が迫ってきた。
「あれは……ランドルフさん! マルコ! それに星牙だ!」
胸が跳ね上がる。
ーーークォオオオッ!
星牙が嘶き、砂塵を巻き上げて降り立つ。続いてランドルフとマルコの武装天竜も着地した。
「ショータ殿!」
「ランドルフさん! マルコ! 戻ってきたよ!」
「ショータさん、おかえりなさい!」
マルコが明るい声で言った。
「星牙の奴が急に落ち着かなくなりましてな。何事かと思ったら、湖の奥に巨大な影が見えるじゃありませんか! それで急いで飛んできたわけです」
ランドルフが笑顔で言う。
「こ、これが天竜ですか! わ、私、初めて見ました! す、すごい……か、かっこいいです!」
メーガンが目を輝かせた。
「星牙! ちゃんとマルコの言うこと聞いていたか?」
星牙は鼻先を寄せ、俺は優しく撫でた。
アオダが感心したように言う。
「この天竜が星牙か。しかし、よく人にここまで懐くものだな」
「天竜が人に従うのは珍しいのですよ。兄・エンドリヒの竜グロリアスでさえ、兄と対等な立場でしたから」
ランドルフが補足する。
「ショータ殿の“選択の力”が星牙との絆を作ったと言っておられたが、聞けば聞くほど不思議な力ですね」
レキルが感心する。
「サンサーラで何か分かると良いですな」
アオダも言った。
「ツムリ、メーガン! 星牙に乗ってみるか?」
俺が声をかけると、
「の、乗りたいです!」
二人は首をぶんぶん振った。
「みんな、ターナの上空を少し飛んでくるけど、いいかな?」
レキルが遠慮がちに手を挙げる。
「あの……我らも乗れますか? 見たことはありますが、乗ったことはなくて……」
「もちろん。レキルさんもアオダさんも、荷台に乗れますよ」
「やった!」
「ワシも一度でいいから乗りたかったんだ!」
レキルとアオダは子供のように飛び跳ねて喜んだ。
「ライラ、シュテンさん。みんなを空の旅に連れていくよ。少し待っててくれ」
俺は星牙の鞍に跨り、手綱を握る。皆も荷台に乗り込んだ。
ライラは手を振り、シュテンは頷く。
「ごゆっくり。――その間に、ランドルフとマルコにバースやハク、黒梟のことを話しておきますよ」
「ありがとう! じゃあ星牙、みんなにお前の勇姿を見せてやろう!」
星牙が翼を大きく羽ばたかせると、巨体がふわりと浮いた。
「と、飛んだ!」
ツムリが叫ぶ。
「行け、星牙!」
空から見える海の向こう――サンサーラ。
そこには何が待っているのか。胸の中で、不安と期待が静かに混ざり合っていた。
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オウルは三日前、ノブナに女王エルフィリアの無事を伝えたあと、王国の都市や街の様子を調査に出た。そして、再びバースに戻った。
「オウル。シルヴァリス王都以外の都市や街の状況は掴めたか?」
「王都から近い都市や街はすでに人間の蝕人化が進んでいます。蝕人は野放しにされており、都市や街の被害が少なからず出ています。
しかし、これも長老会の作戦でしょう。
エルフたちには人間への不信が募り、肩身の狭くなった女王派は改派するか、息を潜めて生きるか……。
“エルフ至上”“絶対王シルヴァリス”を掲げる長老会派のまさに思惑通り進んでいます」
「そうか……。
我らとしては、シルヴァリス全土の女王派を可能な限り救ってやりたいが、まずは王都のエルフィリア様救出を成功させねば……。
シルヴァリス王やファルネウス達はどうしている?」
ノブナは訊く。
「シルヴァリス王と長老会幹部は王国軍と共に蝕人化された都市や街を回っているようです。
王が訪れた場所は蝕人が収監され、王の神格化が進んでいます」
「王都と同じ流れだな……。これを春までに全土で行うつもりか……」
ノブナは目を瞑り、腕を組んだ。
「なんとしてもエルフィリア様と女王派を助けなければ、人間とエルフは完全に敵対する……」
ヒキガが言った。
「女王陛下によると、王都だけで収監された女王派の人々が少なくとも二万人はいるといいます」
「二万人か……。
ハクよ、これだけの人数を一度に救出する策はあるか?」
「メサイアなら地竜用の区画を改修して二万人を収容可能だけど、あれは谷底に敷設した磁場道と反発することで高速移動が可能なんだ。
磁場道が無い地上には出せないよ……」
「やはり、難しいか……」
「特に、未開の地は深い森が覆っているため、地上を移動する手段は地竜のような小回りの利くものに限られる。
たとえ運搬用のロンバ種を使ったとしても二万人を一度に運ぶことは不可能だ。
地上にメサイアの道を作ることも考えたけど、そもそも未開の地に道を作るとこちらの居場所が割れてしまう……。本末転倒だよ」
「くそっ! 打つ手はないのか……」
ヒキガがテーブルを叩く。
「いや、一つだけ打つ手があるよ。やっぱり、メサイアを使うしかない!」
ハクの瞳に光が宿る。
「メサイアは今、使えないと……」
ヒキガが言う。
「使えるようにするには、時間が必要なんだ」
ハクは少し俯いて答えた。
「どのくらいだ⁈」
ノブナがハクを真っ直ぐ見る。
「本来なら半年は欲しいところだね」
「半年だと⁈ 春に間に合わなければ皆、殺されてしまうぞ!」
ノブナは思わず立ち上がった。
「分かっているよ。でも、急いで失敗するより、確実な救出を目指すならこれしかないんだ。秘密裏に作戦を実行するためにはね……」
「どういう作戦だ? 教えてくれ、ハク」
ヒキガが尋ねる。
「王都まで地下を繋げ、メサイアの道を敷設する!」
ハクは椅子から立ち上がり、力強く告げた。
「なんだと! 地下を繋げるだと⁈」
ノブナは叫んだ。
「うん! オウルと朧から得た情報で、王都地下の女王派収容施設の場所は正確に割り出せた。
そのさらに深い場所に、メサイアを移動させるんだ。
王都の地下のさらに地下から、メサイアから伸ばした脱出口をいくつも繋げ、二万人の人々を短時間で一気に救出するのさ!」
「なるほど! それなら可能性はありそうだ!
ハク! 道の敷設に必要な人員はバースの人々も使ってくれ。メーガンのような優秀な工員もたくさんいる」
「分かった。人員については後ほど書類にまとめて渡すからノブナに頼むよ。
メーガンが戻ってきたらメサイアの改良もお願いしたいしね。
あと、岩盤を掘り進めるには君たちの力を借りたい」
「力仕事は任せてくれ。ランマル、ヒキガ、二人も力を貸してくれ」
「はい、母さん。任せてください」
ランマルは静かに頷いた。
「俺は力仕事に向いていない。どこまで役立つか分からないが、出来ることなら何でも言ってくれ」
ヒキガは少し自信なさげに言った。
「ヒキガさん、掘り抜いた岩盤を崩れないよう氷で固めてもらえるかな?」
ハクが訊く。
「それなら任せてくれ。“王の部屋”を壊した時に経験済みだ」
ヒキガはにっこり微笑み、拳を固めた。
ノブナがオウルに指示を出す。
「オウル、エルフィリア様と暁の環の――」
「バルドランだ」
ヒキガが補足する。
「そう、バルドランにはこちらの作戦を伝えておくのだ。時間がかかり申し訳ないが、必ず助けます!とな」
「はい、そのように」
オウルは頷いた。
「ハク、何としても春までに間に合わせるぞ」
ノブナが言う。
「皆の力を合わせれば可能だよ。でも、余裕は無い。急いで作業に取りかかろう」
ハクは皆を見回し、そう告げた。
こうして、女王救出作戦は地下深く、始まりを告げた。




