第三話 暁の猶予
バース。
会議室では、今後を巡る話し合いが続いていた。
「シルヴァリス王が復活し、長老会は女王派の人々をエルフも人間も関係なく捕らえていた……。
私たちも、あと少し脱出が遅れていたら捕まり殺されていただろう。」
レキルが言った。
「エルフィリア様はご無事かしら……。」
リアナが不安気に俯いた。
「今は無事を祈るしかあるまい。バルドランも生きておれば良いのだが……。」
アオダが言う。
「ノブナ、これから俺たちはどう動くべきだ? 何か考えがあるのか?」
俺は、皆をここに集めた理由があると思い、ノブナに聞いた。
「シルヴァリス王を復活させた長老会は、サンサーラに攻め込む準備をすぐにでも始めるだろう。
今のシルヴァリスに圧倒的に足りないものは……“兵”だ。」
「たしかに。
黒梟の侵攻により、シルヴァリスの軍兵はかなりの数を失ったはずだ。
いかに王国軍が優秀であろうと、その数は一万にも満たない。」
ヒキガが相槌を打つ。
ノブナは続ける。
「奴らがまず動くとすれば、兵の確保――人間の蝕人化だ。」
「蝕人について俺たちはよく分かっていない。詳しく教えてくれないか?」
俺は詳細の説明を頼んだ。
「では、蝕人事件から調査していた私からご説明しましょう。」
ヒキガは、王都での蝕人事件からノブナとランマルが人間に戻るまでを、順を追って説明した。
――――
「蝕人になった人間は自我を失った獣です。
王復活という悪魔の儀式のために生み出された彼らは、まるで悪魔の使いのようでした。」
「なるほど……。
蝕人は“王の復活”の儀式に必要な副産物として生まれたのか……。
それに目をつけた長老会が、人間を素材にした兵をつくる研究を続けていた……。」
俺は背筋に冷たいものを感じた。
「奴ら、一万の蝕人を悪魔に奪われたのは想定外のようだった。
ノブナが言うように、新たな蝕人を準備するために動くのは必然だな。」
レキルは納得したように言う。
「ファルネウスは蝕人を“王の兵”と呼んでいたな。だが、いくら蝕人といえど、たった一万の兵など数のうちに入らぬはず。
おそらく、次の一手は……。」
アオダの表情は暗かった。
「気づいたか?
我がファルネウスの立場なら、すでに動いておる……。
王国全土の人間を蝕人化するためにな。」
ノブナが言い、皆の呼吸が一瞬止まった。
リアナが口を開く。
「なるほど……。
そういうことでしたか。
エルフィリア様が発した“人間の入国規制の緩和”を、長老会が何も言わずに許したことが、私はずっと疑問だったのです。
ノブナさんの言う通りであれば、ファルネウスは最初から“王の兵”のための人間を王国全土におびき寄せていたことに……。」
「今、王国にいる人間はどのくらいなんだ?」
俺はオウルに聞いた。
「全貌は掴みきれていませんが、サンサーラの人間は暁の環の道からルミエールを経由し、シルヴァリス王国全土に拡がっていると思われます。」
「女王の宣言後、僅かな期間で相当な数の人間がサンサーラから我らの道を通り、シルヴァリスへ渡ったのを確認しています。」
シュテンが話す。
「蝕人事件の時、王都にいた人間はすでに一万人以上。
三百ほどある都市や街にも平均して三千人ほどの人間がいるとして……九十万人。
もしかすると、すでに百万人近くの人間が暮らしている可能性もあります。」
オウルは今まで得た情報から概算を出したようだった。
「女や子供を除いたとしても、五十万程度の蝕人兵は見込めるかもしれぬな。」
ノブナは冷静に言う。
「すでに蝕人化に向けて長老会が動いているならば、血清を今から作っても間に合わない……。」
リアナが俯いた。
「リアナ様、我に考えがございます。」
ノブナがリアナを真っ直ぐ見つめる。
「考え?」
「はい。
蝕人兵を広い王国全土から集めるには相当な時間を要します。
それに加えて、これから季節は冬に向かう。」
「暁の環の道は、冬の行軍は厳しいですぞ。」
アオダが言う。
「そうなると……。
シルヴァリス王がサンサーラに攻め入るとすれば、早くとも雪解け後――来年の春だと考えられる。」
ノブナが言った。
「来年の春……。」
「つまり、我らは春までは猶予がある。
今のうちに、シルヴァリス軍を迎撃する準備を整えるのです。」
「どのように?」
俺はノブナに聞いた。
「まず、リアナ様には蝕人化を予防する血清を作っていただきたい。
ヒキガが持ち帰った僅かな血清を増産してほしい。
サンサーラの人間の数はレキルに聞いてください。我は黒梟の人間の数を後ほどお伝えします。」
ノブナが指示を出す。
「リアナさん。
製薬であれば、バースの研究室を自由に使ってください。もし足りない機材や施設があれば、僕がすぐに作ります。」
ハクがすぐさまリアナに進言した。
「分かりました。
リーネ、セリウス、手伝ってください。」
リアナが答え、二人の助手は同時に頷いた。
「リアナ、一つ聞きたいんだが。
ノブナとランマルを人間に戻した薬は作れないのか?
長老会が王国全土の人間を蝕人化した場合、こちらに薬があればかなり有利になると思うが……。」
俺はリアナに聞いた。
「魂還薬の生成には、私の“慈愛の力”と“水晶石”が必要。
水晶石に私の力を流し込むことで、薬の源になる“翠玉”を生成するのだけど、特別な装置が必要よ。」
「その装置は僕が作ったものだ。水晶石も、この渓谷を掘削すれば準備できる。」
ハクが言う。
「だけど、それだけでは駄目なの。
“慈愛の力”を装置に流し続けるためには、奪われていく私の生命力を回復し続けないといけない。
王の部屋にあった一万人の魂は、慈愛の力に吸い取られる生命力を補うためにあった……。」
リアナは魂を利用したことを悔やんでいるようだった。
「リアナ。すまなかった……。辛いことを思い出させてしまった。」
俺はリアナの気持ちも知らず、申し訳ない気持ちになった。
「リアナさん。
あの部屋の装置は、君の父上“リオレウス”の力を使い薬を生成できるように僕が作ったものだ。
君が言った通り、生命力を補完するためには人間の魂を利用する方法しか思いつかなかった……。
これは僕の責任であり、僕の罪だ。
リアナさんは蝕人にされた人間を元に戻すために出来ることをやっただけだ。気に病むことはないよ。」
ハクはリアナに優しく声をかけた。
「あのさ。それってさ、オイラの力は使えないかな?」
突然リオンが口を挟んだ。
「リオンさんの力?」
リアナは驚いた。
「オイラも治癒の力を使える。力の名前は“博愛の力”。
慈愛の力が治癒の力なら、もしかするとって思ってさ。」
「確かに、私の“慈愛の力”は治癒の力です。
ですが、リオンさんの力も生命力が必要ではないのですか?」
「オイラの力は少し違うみたいだ。
“博愛の力”を使う時、オイラはこの世界の生き物から、ほんの少しずつ生命力を分けてもらうんだ。
大地や大気からも。
だから長時間になると気力が減って疲れるけど、オイラ自身の生命力が奪われることはないんだ。」
「すごい! リオンさんの力なら確かに“魂還薬”を作ることが出来るかも!」
「リアナさん、ただ、オイラの力は“慈愛の力”ほど強力じゃない。
リアナさんのように生命力を削られない分、治癒の効果には時間がかかる。
朧の人たちにリアナさんの力のすごさを聞いたけど、どうやらオイラの力の比じゃなさそうだ。」
「リアナの力とリオンの力、似てはいるがそれぞれ特徴があるようだな。
だが、今回の薬作りにリオンの“博愛の力”が使えるならば、ぜひお願いしたい。
薬の生成にリアナより時間がかかるかもしれないが、時間はまだ十分ある。
リオン、長く大変な作業になるが、やってくれるか?」
俺はリオンに頼んだ。
「もちろんだ、ショータ。
シルヴァリス全土の人間が蝕人になっちまったとしても、オイラが魂還薬を生成して、全員人間に戻してやるぜ。」
「さすがだな! リオン!
私に手伝えることがあれば何でも言ってくれ。疲れた時は肩でも腰でも揉んでやるぞ。」
ライラがリオンの肩を叩く。
リオンは顔を赤らめた。
「ライラの指圧は効きそうだな! 何たって剛力のライラだからな!」
アオダが笑う。
「私より、そこのツムリの方がもっと剛力だがな。」
ライラは大人しく話を聞いているツムリを指差し、笑った。
「たしかにな! ツムリ、お前リオン殿が疲れたら指圧してさしあげろ。」
ヒキガも笑う。
「ちょっと! オイラの体、ぶっ壊れるんじゃないか⁈」
リオンは少し警戒している。
「あっはっは! リオン、モテる男はつらいな!」
俺は茶化した。
「おい! ショータ! 弓の師匠に向かって!」
リオンは恥ずかしそうに言った。
「リオンさん、では僕が装置を早急に作ります。
万が一にも何かあっては困りますから、リアナさん達が血清を作る研究室と同じ場所に準備しましょう。」
ハクが話を戻す。
「リオンさん。あなたがいてくれるおかげで、希望が見えてきました。本当にありがとうございます。」
リアナはリオンの手を取り、強く握り、続けた。
「リオンさん……私、あなたを見ていると思い出すのです。私の息子を。
ハーフエルフで、あなたと同じ青い瞳をした子だった……。
亡くなってしまったのだけど、きっと生きていたら、あなたのように優しくて強い青年になっていたんじゃないかと……。」
リアナは気付かぬうちにリオンを抱きしめていた。
「リ、リアナさん……。
オ、オイラ、亡くなった息子さんの代わりにはなれないけど……。
オイラも……リアナさんみたいな人がお母さんだったら嬉しいよ……。ありがとう。」
リオンの肩は小さく震えていた。
「ご、ごめんなさい。変なことを言って。急に抱きしめたりして痛かったわね。」
リアナは謝った。
「大丈夫だよ。オイラ、孤児だから……。
嬉しかっただけさ……。」
リオンは背を向けた。その背中は、泣いているようにも見えた。
「リオン、大丈夫か?」
俺は声をかけた。
「ああ! 大丈夫だ! 魂還薬はオイラに任せてくれ!」
リオンは元気な声で答えた。
「蝕人の脅威に対抗する“血清”と“魂還薬”は、リアナ様とリオン殿にお任せします。よろしくお願いします。」
ノブナは二人に頭を下げた。




