第八話 創造の歪み
「ハク様。ありがとうございます。皆さんにも、この“始まりの地”の歴史を知っていただくことが出来ました。」
「私は……ハクギに瓜二つのお前を見て、憎しみを抑えられなかった。
お前が目覚めた時は、すまなかった。」
ライラは深く頭を下げた。
「仕方ないですよ。ライラさんは何も悪くない。
あなたのお父さんをハクギが殺した――その事実は消せない。
そして、そのハクギを生み出したのは僕です。」
「だけど、ハクは眠らされていた。
ハクギはなぜお前を眠らせたんだ?」
リオンはオウルが淹れたお茶を飲みながら尋ねた。
「そこから先は、私がお話しいたしましょう。」
オウルが一歩前に出た。
「ハクギが何を考え、何をしてきたか――
ハク様にも知っていただかねばなりません。」
「オウル。頼む。聞かせてくれ。」
ハクは座り直し、オウルに体を向けた。
オウルは静かに話しはじめる。
「大戦時、サンサーラの兵はシルヴァリス侵攻のため、“未開の地の道”を切り拓きました。
私はハク様の命を受け、その道の行方を探していたのです。」
「僕が捕虜として連れ出された時、たしかにその道を通った。
けれど目隠しされていて、場所は分からなかった。」
「今、暁の環が拠点を構えるあの道のことか?」
俺はオウルを見つめた。
「はい。
あの道は大戦後しばらくシルヴァリスの管理下にありました。
ですが百年ほど前、サンサーラが“エルフとの共生”を宣言したことで、
シルヴァリスはその道をサンサーラへ返還したのです。」
「なるほどな。
暁の環がターナを拠点として築き、天竜で資材を運べるようになるまでは――
あの道の維持はかなり厳しかっただろう。」
シュテンが頷いた。
「返還された後、サンサーラの開拓者たちがその道を広げ、やがて“暁の環の道”と呼ばれるようになりました。
未開の地は過酷でしたが、そこに希望を見出した人々もいたのです。」
「だが――ハクギもまた、動いた。」
ハクの表情がわずかに強張る。
「ハクギは、“地上へ出る計画”を立てていたのです。」
「地上へ……?」
「彼は、地上の世界に強い憧れを抱いていました。
私は地上調査を行い、その情報をハク様とハクギに報告していましたが……
彼は話を聞くたびに、暗い谷底で生きる自分を“囚人”のように感じていったのです。」
「……ハクギ。」
ハクの目に哀しみが宿る。
「ハク様が研究に没頭しておられた頃、
ハクギは谷底の道を整備しながら東へ進み、拠点を増やしていきました。
闇を切り裂くように、まるで光を探すかのように。」
オウルの声が沈む。
「ある日、私はハクギが密かに入っていく施設を見つけました。
そこには――“ハク様のクローン室”と同じ構造を持つ部屋がありました。
そこには、彼自身のクローンが並んでいたのです。」
「……ハクギが、クローンを?」
「はい。
彼はあなたの手法を学び、模倣していたのです。」
「僕は一年ごとにハクギの肉体を更新していた。
そこから技術を得たのか……。」
「おそらく。
私は彼がその部屋で“魂の移し替え”を行う瞬間を目撃しました。
新しいハクギが目を覚ました時、こう呟いたのです。
『やっとリミッターを外せた……僕は自由だ』と。」
「まさか――魂核のプログラムを書き換えたのか⁈
僕の制御が効かないように!」
ハクは椅子から立ち上がり、手を振るわせている。
「どういうことですか⁈」
シュテンが身を乗り出した。
「僕らの“創造の力”は、生命さえも創り出すことができる。
それは神にも等しい力だ。
だからこそ、倫理観と道徳観を“魂核”に刻み、暴走を防ぐ仕組みにしていたんだ。」
ハクは拳を握った。
「オウルを創造した時も、僕は悩んでいた。
あの時、キメラ細胞を使った新生命を“兵”として利用しようとしたが……
彼にも命があると気づいた。
その瞬間、自分が禁忌に触れていると悟った。」
「だから、ハクギとオウルを創って以降は、生命創造を封印した。
国造りはサンサーラやシルヴァリスから集めた民で行うつもりだった。
時間をかけて、共生できる国を築こうとしたんだ。」
「だが、ハクギは……耐えられなかったんだろうな。
一度も空を見たことがない者には、憧れは毒にもなる。」
「おそらく彼は、魂核から“倫理と制御”の部分を削除したクローンを造り、その肉体へ移ったのです。」
オウルの声が重く落ちた。
誰も言葉を発せなかった。魔法灯の灯がわずかに揺れた。
「その時生まれた“新しいハクギ”は、何事もなかったかのようにバースのハク様のもとへ戻りました。
そして――茶を淹れたのです。」
オウルはカップを持ち一口飲んだ。
「……覚えている。
ハクギが初めて淹れてくれたあの茶。
あの時、僕は心の底から嬉しかった。
まさか……あれで眠らされるとは。」
ハクは自分のカップの揺れる茶に視線を落とした。
「その後、ハクギはハク様をバースの地下深くに封印しました。
私は反抗を許されず、逆らえばハク様を殺すと脅され、監禁されました。」
「そして……ハクギは地上へと出ました。
暁の環の道で人間を攫い、実験体として連れ去ったのです。」
「……実験体?」
「ハク様が諦めたキメラ兵の研究です。
最初に生み出されたのは、“コウシュ”――
狼と人間のキメラ兵でした。」
闇が沈黙を孕んだ。
ハクの瞳に、深い悲しみが宿っていた。
「ハクギの望む世界は、もはや人間とエルフの世界ではなかった…。
作られた人間“人工人間”の世界を地上に造ることが彼の使命となっていました。」
「黒梟は人間至上主義の組織ではなかったのか。まさか、人工人間の世界を目指した組織だったとは。」
これが――後に黒梟と呼ばれる組織の、始まりであった。




