第四話 未来へ導く道
天曜院──
リオレウスの研究室。
「ハク。今日まで付き合ってくれて、本当に感謝してもしきれない。
ファルネウスの仕事が残っているようだが、その後は自由になれる。……良かったな。」
「リオレウス……。君のことが心配だよ。
君と出会ってからの二年間は、僕のこれからの人生に大きな影響を与える時間だった。」
「僕は、エルフのことが嫌いだった。戦争を始めた人間も嫌いだった。
君に出会う前は、もう何もかもどうでもよかった。この首輪がある限り、自由も尊厳もない人生に、転生者として生きている意味を見出せなかったんだ。」
「でも君は──
愛する人のために、自分の道を必死に探して足掻いていた。理不尽な運命に翻弄され、人の道を外すことに悩み、苦しんでいた。」
「僕は、君を見て気づいたんだ。
運命は時に残酷だ。けれど、諦めなければ僕たちは自分の道を選べる。
僕らの人生の選択者は、僕ら自身だって。」
ハクはリオレウスを真っ直ぐに見つめる。
リオレウスは、その言葉を飲み込むように静かに聞いていた。
「リオレウス。これから先は、お互いどうなるか分からない。
でも、一つ約束してほしい。どんなことがあろうと、君自身で選び取った人生を生きると。」
「ハク……。私も君に出会えて良かった。
人間である君と過ごした時間は、私のかけがえのない宝物だ。
私はハーフエルフ。人間の血が混じっているせいか、いつか人間とエルフが共に生きられる世界が来ることを、心から祈っている。」
「僕もだよ、リオレウス。
君の寿命は長い。また、いつか会えるよね。君が願う平和な世界で。」
「ああ。ハク。元気でな。いつか必ず会おう。」
リオレウスは、震えるハクの小さな体を優しく抱きしめた。
「リオレウス……ありがとう……。」
ハクの頬を一筋の涙が伝った。
───
翌朝、リオレウスは早くに天曜院を去った。ハクは研究室に残る。
やがて、あの冷たい男がやって来た。ファルネウスだった。
「ハク。お前に造ってもらいたい物がある。三つだ。これが完成すれば自由にしてやる。」
「何を造ればいいのですか?」
「一つ目は、リオレウスが以前話していた“ロボット”だ。
蝶のようなロボットを床石から造ったというが、もっと小さな物も作れるのか?」
「造れますよ。あの蝶も、小さなナノマシンの集合体ですから。」
「ナノマシン……?」
「小さな虫くらいのロボットです。」
「それで良い。お前が不在でも増産・改良ができる体制を整えろ。用途は農業だ。
花粉や菌を運ばせる、小さな虫型のナノマシンを作れ。」
「用途が農業……ですか?」
「そうだ。
次に、外敵から王城と天曜院を守るための強力な魔法結界を張る。
その結界に必要な魔力を増幅する装置を作れ。」
「魔力増幅ですか。“エルフの弓”の技術でも応用されていますが、マルダ様が関わった技術は増産が難しいと伺っています。」
「マルダの技術は増産に向かない。あの女め、癪に障る。
お前ならできるだろう。むしろ彼女を超える物を作れ。
結界に使う魔術師は、天曜院の者なら好きなだけ使って良い。
だが、くれぐれもマルダには関わるな。」
「分かりました。では、あと一つは?」
「“王の部屋”の昇降機構──あの入り口に使った昇降室の技術を残せ。
天曜院の者が応用できるようにしておけ。」
「この三つを完成させれば、僕の首輪を外してくれるのですね?」
「約束する。その後は王都から出て、好きなところへ行け。
だが、サンサーラには近づくな。王が復活すれば、真っ先に叩きに行くことになる。」
ファルネウスは不気味な笑みを浮かべた。
───
ハクはファルネウスから頼まれた三つの物を、わずか三日で完成させた。
小さな虫型ロボットは小規模な工場で増産が可能となり、
昇降室やロボットの技術も天曜院の技術者が改良・応用できるよう、文献として残した。
そして最後に、ファルネウス立ち会いのもと、王城と天曜院を守る魔法結界を起動した。
「たいしたものだな。これだけのものを、たった三日で創り上げるとは。」
ファルネウスは全て依頼通りに仕上がっていることを確認し、ハクに告げた。
「約束どおり、首輪を外していただけますか?」
「外してやれ。」
ファルネウスは魔術師に指示し、首輪の封印を解かせた。
「ありがとうございます。……さすがはマルダ様が造った魔法具です。」
ハクは首筋を撫でた。
「ふむ。お前の力を手放すのは惜しいが、仕方ない。
自由の身を約束する。我らに利用されるのが嫌なら、目の届かぬ所へ隠れ住むが良い。」
ファルネウスは犬を追い払うように手を振った。
ハクは軽くお辞儀をし、天曜院を後にした。
ーーーー
初めて歩く王都の街並みは新鮮だったが、エルフたちの視線は鋭くハクを射抜いた。
(大戦後に王都を歩く人間は、僕が初めてかもしれないな……。)
人間の子供が一人で歩く姿は、エルフたちには異様に映った。
どこからともなく飛んでくる小石、浴びせられる罵声。
(分かってはいたけど……人間はエルフの敵なんだ……。)
ハクの目に涙が溢れた。
(僕は……これからどこへ行けば……。)
その時、小さな体がふわりと宙に浮いた。
「リオレウス……!」
リオレウスが駆る馬に抱え上げられ、あっという間に街並みが遠ざかっていく。
「大丈夫か? ハク。」
「リオレウス……ありがとう……僕は……」
「自由になったんだろ? 胸を張れ!
君の新たな人生の始まりの日だ。」
「うん……!」
ハクの胸は熱く燃え、溢れる涙は止まらなかった。
───
リオレウスの馬は王都の北門に到着した。
そこには、一人の美しい女性が待っていた。
「あなたは……マルダ様!」
「あなたがハクね。リオレウスを助けてくれたこと、感謝します。」
「いえ……僕の方こそ。リオレウスのおかげで自由になれた。」
「ハク。私を信じてくれるなら、この北門を抜け、未開の地を真っ直ぐ北に向かいなさい。
やがて出会う深い谷底に、あなたの“望む場所”があるはずです。」
「僕が望む場所……?」
「あなたには、シルヴァリスにもサンサーラにも居場所は無い。
けれど、あなたには“力”がある。誰の目も届かない場所で、あなたの“やるべきこと”を見つけるのです。」
「やるべきこと……?」
「シルヴァリスの秘密を知る、あなたにしか出来ないことを見つけ、信じて進みなさい。
あなたを阻むその深い谷こそが、“未来へ導く道”となるでしょう。
人間とエルフの共生を願うあなた、リオレウス、そして私。
進む道は違えども、いずれ道は重なります。」
「マルダ様……。」
「大丈夫よ、ハク。また必ず会えます。」
「はい……自分を信じて。リオレウスやマルダ様のように、強く生きます。」
「そうです。でも、辛い時は泣いてもいいのですよ。
その後に、前を向いて私たちを思い出してください。心は繋がっていますから。」
ハクは子供らしく泣きじゃくった。
先の見えない恐怖と不安が、小さな体にのしかかっていた。
マルダの抱擁は、前世の母を思い出させた。
ハクにとってリオレウスとマルダは、かけがえのない存在となった。




