第二話 創造の少年
リオレウスは、天曜院から離れた場所にある捕虜収容施設に来ていた。
目的はただ一つ——「ハク」と名乗る人間を探すためだ。
「衛兵。ここにハクという人間はいるか?」
「ハク……。一人おりますが……」
衛兵は言い淀んだ。
「どうした? 何か問題でもあるのか?」
「そのハクというのは、まだ幼い少年です。リオレウス様の探している人間に間違いないでしょうか?」
「少年……? とにかく会わせてくれ。」
⸻
捕虜収容施設は二層構造になっていた。
地上の区画には、特殊な能力を認められた者たちが千人以上収容されている。
彼らは天曜院の研究に強制的に参加させられ、シルヴァリスのために能力を提供する代わりに、三食の食事と最低限の生活が保障されていた。
だが、地下に広がる巨大な収容区画には、一万人を超える“無能者”が閉じ込められていた。
そこでは食糧も乏しく、空気も淀み、死体が毎日のように運び出されていた。
「ハクという少年は、地上区画の研究に参加している能力者です。」
衛兵が説明する。
「ですが言葉を発さず、意思疎通ができません。研究でも大した成果を上げられず……。次の研究が終わり次第、地下の収容区へ移す予定です。」
「この部屋になります。今、鍵を開けます。我々は念のため外で待機しております。何かあればすぐお呼びください。」
重々しい扉が軋みを上げて開いた。
中は暗く、湿った小部屋。
その片隅に、一人の少年がうずくまっていた。
歳は十にも満たない。骨ばった小さな体に、白い肌に浮かぶ大きな瞳だけが異様に印象的だった。
「君がハクか?」
返事はない。
「君は話ができないと聞いたが、私の問いに首を振って答えてくれ。いいな?」
ハクは小さく頷いた。
「君は“能力者”として天曜院の研究に参加しているそうだ。その力を、私に見せることはできるか?」
ハクはまた頷くと、掌を床に置いた。
すると——
掌の下の床石が、わずかに震え、生き物のように動き出した。
少年が手を持ち上げると、石は粘土のように掌に吸い付き、形を変えていく。
その動きはまるで、無機物に命が宿る瞬間のようだった。
「物質を操る能力か?」
リオレウスが問うと、ハクは静かに首を横に振った。
少年は両手でその小さな塊を包み込む。
しばしの沈黙——
そして、掌をゆっくり開いた。
そこから、一羽の蝶が羽ばたいた。
淡い光を散らしながら、蝶は小部屋を一巡し、リオレウスの肩に舞い降りる。
「これは……? 石が蝶に? 君が生み出したのか?」
ハクは頷いた。
「生命を、創ったのか?」
再び首を横に振る。
そして、かすかな声が空気を震わせた。
「……ロボットだよ。」
リオレウスは目を見開いた。
「ロボット? 君は話せるのか?」
「うん。話したくなかっただけ。……話す理由が、なかったから。」
その声には、幼さの中に妙な落ち着きがあった。
「ハク。教えてくれ。その“ロボット”とは何だ?」
「正確には“ナノマシン”と呼ぶべきものだよ。」
ハクは淡々と続けた。
「原子や分子のレベルで機能する、極小の機械。僕はそれを組み合わせて、蝶の形を“創造”したんだ。」
「……機械、だと?」
「うん。生命ではない。でも、命のように見せることはできる。」
リオレウスは息を呑んだ。
この少年の語る内容は、理解の範疇を超えていた。
だが、彼の目に宿る確信だけは、本物だった。
「君の力は“機械を造る”力なのか?」
「僕の力は“創造の力”。
僕の前世で“科学”と呼ばれていた技術の記憶を、現実に具現化する能力だよ。」
「前世の……記憶、だと……?」
リオレウスは唇を噛んだ。
理解できぬ言葉の数々が、なぜか胸の奥で不吉な輝きを放つ。
「ハク。その力を私に貸してほしい。」
リオレウスの声が低く響く。
「協力してくれれば、君を自由にしてやれる。」
ハクの瞳がわずかに輝いた。
「……本当に? それは嬉しいな。
脱獄なんて簡単だけど、逃げたらこの首輪が爆発するんだ。魔法具で首を吹き飛ばされちゃう。」
「その首輪を外せばいいのだな。約束しよう。
だが、自由にするのは——君が私との約束を果たした後だ。」
「いいよ。」
ハクは微笑んだ。
「僕は何を創ればいいの?」
「……君の力で、ある“機械”を造ってほしい。」
リオレウスの瞳に、野望の炎が宿る。
「どんな機械でも大丈夫。僕が“想像”できれば、“創造”できるから。」
暗い牢の中で、少年の声だけが静かに響いた。
それは、世界の理を揺るがす力の、はじまりだった。




