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第六話 肉と涙と月光の弓

深々(しんしん)と雪が降り積もる。

俺はかじかむ指で弓を引き絞り、狙いを定めた。


パンッ――。

乾いた音とともに、二十メートル先の雪ウサギが倒れる。


「よっしゃ!今晩こそは、ウサギ肉のシチューだ!」


雪靴で深い雪を掻き分け、獲物へと歩み寄る。

だが――


「はぁっ、はぁっ……急がないと、またアイツに……」


その瞬間、銀色の影が舞うように獲物を横切った。


「しまった!またやられた!」


影はウサギを咥え、こちらを振り返る。

瞳は雪明かりに反射して、不思議なほど澄んでいた。

――まるで俺を試すように。


新たな矢を銀狐に放つ。

ーーパンッ!

…かすりもしない…。


「くそったれ!忌々しい銀狐ぎんぎつねめ!いつか絶対に鍋にしてやるからな!」


(……まあ、ただの負け惜しみやけど…)


「リアナ、ごめんよ。今日も肉はお預けだ……」


狐は、しっぽをひと振りして林へと消えた。

その後ろ姿には、不思議な規律と品が漂っていた。


ーー時は二週間前に遡る。


ルミエールの街から戻った俺たちは、荷車いっぱいの荷物をほどいていた。


「ほんとに沢山……ショータ、ありがとう。これで冬も安心ね。片づけが終わったら、新しいお布団で一緒に休みましょう❤︎」


リアナはこうして、いちいち俺を誘惑してくる。

(まったく、お主は憂いやつよのお……ウヒウヒ)


「休めるかな?簡単には寝かせないぞっ!」

そんな台詞も今や自然に口から出る。五十年童貞の黒歴史は、もはや遠い過去だ。


……と、その時だった。


森の奥から――ガサッ!


銀色の影が荷車に飛びつき、一番上等な干し肉を奪い去った。


「キツネだ!銀色のキツネだ!」


自分の体と同じくらいの肉を咥え、こちらを見据えながらハムハムしている。

態度が完全に「余裕の勝者」である。


「ショータ!お肉!取り返して!」

「任せろ!」


すかさず庭にあった古い弓と矢を持つ。

走り出す俺。

しっぽをフルンフルンさせながら逃げる銀狐。


だが、こちらが矢を構えた瞬間――狐は不思議なほど正確なステップで、矢筋を避けてみせた。


(あれ……?ただの動物にしては……妙に洗練されすぎてないか?)


「待てー!」

ぺこりと二度、頭を下げてから森に消える影。


……完敗だった。


「うわあああん!一番楽しみにしてたお肉がぁ!」

リアナは膝から崩れ落ち、涙をこぼした。


「ショータ!」

「はいっ!師匠!」


「食べ物の恨みは怖いのよ……。――エルフの弓。明日から猛特訓をはじめるわ!」

「ハイイイッ!」


「声が小さいっ!」

「ハイイイッ!!」


こうして俺は、あの憎たらしい銀狐を仕留めるため――

リアナ直伝の『エルフの弓』修行に挑むことになった。


ーー


リアナが屋根裏から取り出した「エルフの弓」を見て、俺は思わず息を飲んだ。


(こ、こ、これ!NinNinDoにんにんどーの名作『パリタの伝説』の最強の弓、『月光の弓』と瓜二つやないかーー!)


白銀に輝く三日月のような優美な弧。

上品でありながら荘厳さを宿したその意匠に、俺のオタク魂は再び燃え上がる。


「すごい……かっこいい!

リアナ、この弓に名前はあるの?」


「ううん。特別な名はないわ。ただ『エルフの弓』と呼ばれてるだけ。

父が残した世界に一つの弓なの」


「じゃあ俺が名前をつけてもいいかな?」

「もちろん。ショータが大事にしてくれるなら私も嬉しい」


俺は胸を張って弓を掲げた。


「お前は今日から俺の相棒だ。名は――『月光の弓』!」


リアナは微笑み、肩をぽんと叩く。

「素敵な名前ね。ショータの想いが弓に力を与える気がするわ」


……脳内では『パリタの伝説』のアイテム入手BGMが鳴り響いていた。


ーー


そして、修行の日々が始まった。

俺が的に矢を当てるたび、リアナが鬼軍曹のごとく叫ぶ。


「腰が甘いっ!」

「声が小さいっ!」

「ショータ、気迫が足りない!」


(どこの体育会系やねん……)


ところが不思議なことに、森で矢を放つたび、あの銀狐が現れる。

ショータの矢筋を観察したり、時には尾を振り挑発してくる。

しかも、俺が「月光の弓」を構えると、銀狐は微かに耳を立て、しっぽを揺らす――まるで弓に反応しているかのようだ。


「ショータ!現れたわよ!」

鬼軍曹の顔が真剣だ。


銀狐はこちらにお尻を向けたまま、雪に顔を埋めては鼻の穴に詰まった雪をフンッと飛び出させて遊ぶ。

――だが、矢を引くとき、銀狐は一瞬、動きを止める。まるで矢の行方を計り、判断しているかのように。


まるで背中に目が有るかのように、振り向きすらしないで矢を軽やかにかわす。

ゆっくりこちらを振り返り、ペコリと頭を下げた後、去っていく――その動作は、ただの動物の反応とは違って、妙に理知的で、矢の性質や弓の力まで理解しているようにも見える。


(いつもいつも……

…まるで、俺の腕を測っているみたいやん)


ーーー


鬼軍曹の特訓七日目。

ついに矢はすべて的の中央に突き刺さった。


「お見事、ショータ!数ヶ月かかることを一週間で!」

「いやー、なんかこう……弓と一体化する感覚があってさ」

俺はぽりぽりと頭を掻いた。


(前世の俺では考えられない成長力やな。今ならなんだって出来る気がする。これはやっぱり『選択の力』なんかな?)


リアナは目を輝かせて頷いた。

「想像以上だわ…明日は森に出て、実戦よ」


ーー


翌日、森で息を潜め待ち構える俺。

狙うは雪ウサギ。


矢を放つ――パンッ!

見事に急所を射抜いた。


「やったわね、ショータ!」


「今夜はウサギのシチューだね!リアナ!」

「ええ、腕によりをかけるわ!」


――と、次の瞬間。


「……やられた!」


神出鬼没の銀狐がまたしても獲物を横取り。

しかも、余裕のしっぽフリフリ。


俺はすぐに矢を放つが、またもや華麗にかわされる。


(……まるで俺を鍛えるために、まだまだと発破をかけるように現れやがる)


「うわあああん!シチューがぁぁぁ!」

リアナの叫びが森に響き渡る。


こうして俺たちの「銀狐との戦い」は、さらに続いていくのだった。


――だが、俺の中に一つの疑念が残った。

あの銀狐は本当にただの獣なのか?

あの瞳は、まるで人のように……俺の『月光の弓』を見定めている…そんな気がするのだ。

矢を放つ前に、銀狐はいつも微かに耳を動かし、しっぽを揺らす。

まるで「この弓はどれほどの力を秘めているか」と計っているかのようだ。


リアナも銀狐に不思議な違和感を感じていた。

雪明かりに反射して、不思議なほど澄んでいた銀狐の真っ直ぐな瞳…

――どこか懐かしい気がする。胸がちくりと痛むような……。


(……ただの動物じゃない。何か…人の気配を感じる……?)


その夜、俺は焚き火のそばで思った。

あの銀狐は、俺の成長を見守る師匠なのかもしれない――いや、もっと深い意味があるのかも……。


ーーー


少し暖かくなり、雪解けの水が小川を形作る頃、俺と銀狐の攻防はまだ続いていた。


お互いの距離感は今や、師弟関係のようだ。


「銀狐師匠、今日こそは一矢報いてやるよ」

呟く俺の遥か先、

「…およそ80メートル…」

小さく銀色に輝く狐を俺の目はしっかり捉えていた。


キリキリーー


弓を引き絞る。

丹田にこめた力は均等に体に広がり、心身の統一により、周りの一切が無となる感覚。狙うは一点。矢の先はぴたりと止まり…気が満ちる…


プンッーー

微かな音に銀狐が反応する。しかし、遅い!

刹那、矢が狐の脚を掠める。


「ヒャンッ…!」

狐の声が森に響いた。


(初めて届いた!)

手ごたえがあった。

修行を始めてから、幾度となく矢を放ったが初めての感覚を得た。

矢を射る前に、獲物を仕留める光景が浮かんだ。これが、辿り着かねばならなかった境地なのか。


銀狐は、後脚を引きりながら少し歩くと、いつものようにこちらに振り返った。


「銀狐師匠、今日の俺はどうでした?」

俺はいつからか、銀狐を弓の師として仰いでいた。


銀狐は天を少し眺めた後、大きく一つ頷いた。

まるで免許皆伝と言わんばかりに。


「ありがとう、師匠…」

俺は一礼し、銀狐師匠を見送った。


その後、森で修行を続ける俺の前に銀狐師匠は現れなかった。


ーーー


「ショータ、ウサギ肉のシチューが出来たわよ。冷めないうちにいただきましょう。」

「本当に美味そうだね。命に感謝し、いただこう。」


ーー『エルフの弓』の修行を通して、俺はたくさんのことを学んだ。

自分自身を信じ続けること。

心身を鍛えることが新たな境地を切り拓くこと。憎しみ、怒り、焦りは力を振れさせる。

乱れた心を抑えた先にだけ、新たな自分を見つけられる。


あの不思議な銀狐は、様々なことに気づかせてくれた。

たしかに俺の師匠だった。


そして、リアナが俺に語った『選択の力』の可能性。

『守るべきもののために強くなりたい』この選択が俺の成長の力なんだと確かに感じた。


――まだ知らなかったのは、俺たちの運命だった。

銀狐が運んでくる知らせが、リアナと俺を逃れられない大きな渦に巻き込んで行くことを…

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