第七話 王の陰謀
王城・謁見の間。
銀の燭火が列柱を照らす中、バルドランは玉座の前で静かに片膝をついた。
深紅の絨毯を伝う冷気が、まるで王の威厳そのもののように張り詰めている。
「ルミエール店旗協会代表、バルドランにございます。
この度、女王エルフィリア様に謁見の栄を賜り、心より感謝申し上げます。」
「堅苦しい挨拶は要りません。」
女王の声は澄んだ鈴の音のようだったが、その瞳には一片の揺らぎもなかった。
「あなたの名はよく知っています。
辺境と呼ばれたルミエールを、あれほどの貿易都市に育て上げた功績──私も誇りに思っています。」
「ありがたき幸せ。」
バルドランは深く頭を垂れ、そして静かに顔を上げた。
「……では、早速本題に入らせていただきます。
エルフィリア様、長老会が謀叛を企てております。」
「……何?」
女王の瞳がわずかに細められた。
「確かな情報なのですか?」
「はい。信頼できる筋からの報せです。
彼らは“エルフ至上主義国家”への回帰を掲げ、密かに動き始めています。
先の蝕人事件を引き起こした黒き虫、そして“蝕人”そのもの──
おそらく、その全てが長老会の企てによるものです。」
「目的は?」
女王の声が低く沈む。
「『王の復活』でございます。」
その言葉が落ちた瞬間、謁見の間の空気が凍りついた。
護衛の騎士たちでさえ息を呑む。
「……王を、甦らせる?」
エルフィリアは玉座の肘掛けを握りしめた。
「そんな馬鹿な。シルヴァリス王は、既に——」
「はい。しかし、天曜院の地下には『王の部屋』が存在します。
そこに安置されたシルヴァリス王の亡骸を、長老会は“器”として利用するつもりなのです。
蝕人化した一万の人間を“王の兵”とし、王を蘇らせる儀式を進めております。」
「……それが現実だとすれば、我が国は再び人間との全面戦争で血に染まる。」
エルフィリアは吐息のように呟いた。
「ファルネウス……やはり、お前が裏で糸を引いていましたか…。」
バルドランは深く頷いた。
「女王陛下、暁の環の者たちは既に“王の部屋”への潜入を開始しております。
彼らは亡骸を破壊し、復活そのものを阻止しようとしています。」
「……亡骸を破壊すれば、蘇りも叶わないか…。」
エルフィリアは小さく目を閉じた。
「バルドラン、私に何を望む?」
「王国軍の動員準備をお願いします。
黒梟の進軍は止まりましたが、長老会は次に王都を狙うでしょう。
蝕人兵を使う可能性もあります。戦が始まれば、一刻の猶予もありません。
そして──天曜院裏庭の警護を。あそこが王の部屋への入口です。
暁の環の者たちが亡骸を破壊するまで、長老会を近づけぬようにしていただきたい。
城全体を戒厳令として警備すれば、疑いも避けられるでしょう。」
「分かりました。すぐに手配します。」
エルフィリアは傍らの側近に目配せを送り、低く命じた。
「他には?」
「天曜院のリアナ様の警護です。」
その名を聞いた瞬間、女王の瞳がかすかに揺れた。
「彼女こそ、“鍵”にございます。
蝕人を元に戻す薬を生成しているのは彼女ですが、同時に——
その薬こそが、王の復活を完成させる“触媒”でもあるのです。
長老会は必ず、彼女を狙います。」
沈黙が落ちた。
燭台の炎がわずかに揺れ、光と影が玉座の背を滑る。
「王の部屋、リアナ、そして蝕人の薬……」
エルフィリアはゆっくりと立ち上がり、玉座の階を降りた。
「バルドラン、私はあなたを信じましょう。
共生の未来を願うこの国に、過去の王はもう要りません。」
「感謝いたします。」
バルドランの声には、わずかに安堵が滲んだ。
「ただ、一つだけお願いがございます。
長老会には……今はまだ手を出されぬよう。
リアナ様が一万人の蝕人を元に戻す薬を完成させるまでは。
日の出までと聞いております。その時までは、どうか彼らを泳がせてください。」
「……いいでしょう。」
エルフィリアは短く頷いた。
「リアナの警護は直ちに手配します。
長老会も、私の命令があれば簡単には動けないでしょう。」
「御英断に感謝いたします。」
バルドランは深く頭を下げた。
「明朝までに何が起ころうとも、私は全てを承知の上。
女王陛下の采配に、全てを委ねます。」
彼は一礼し、静かに謁見の間を去った。
扉が閉まる音が響く。
その後の静寂の中、エルフィリアはひとり、残された燭火を見つめた。
「……王が甦る、か。」
炎が一つ、静かに揺らめく。
「シルヴァリス…──あなたの夢は、今もこの国を縛り続けるのですね。」




