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第四章 ルミエールの初市

冬の気配が近づくある朝、俺とリアナは森を抜け、初めての買い出しに向かっていた。

雪が積もる季節に備え、保存食や調味料、日用品をまとめて揃える必要がある。リアナの森の家は、冬になると街へ出るのが困難になるからだ。


「薪割りや畑仕事を手伝ってくれたおかげで、準備がずいぶん早く進んだわ。ひとりじゃ、こうはいかなかった」

リアナが微笑む。


「もっと早くに言ってくれればよかったのに。いつでも手伝ったのにさ」

苦笑しながら口にしたあと、ふと前世の自分を思い出す。

(……あかん、前世では親の手伝いなんて一度もしなかったな。おとん、おかん……最低な息子やった)


リアナには、幸せであってほしい。

俺にできることなら、なんだってする。だって、大切な人だから。



一番近い街とはいえ、片道で丸一日歩きっぱなしだ。リアナの健脚けんきゃくぶりには驚かされる。

初めて彼女が買い出しに出かけた時、三日も帰らず心配になった俺は、森に迷って死にかけた。そのときもリアナが助けてくれた。最初に出会った時と同じように。


街が近づくと、リアナは深くフードをかぶり、俺にも男物のローブを手渡した。

きっと、亡くなった旦那さんのものだろう。


「ショータ、街に入ったら私をリアナと呼ばないでね。この街の人たちは私を“森に住む薬師くすしの娘”としか知らないの。月に二度、薬草を売りに来る薬師として受け入れてくれているの」

「なるほど……じゃあ、なんて呼べばいい?」

「師匠、って呼んでちょうだい。あなたは私の弟子ってことにしておきましょう」

「師匠、かしこまりました!」


リアナは小さく吹き出した。



「さあ、ショータ。あれが街よ」

丘の上から眼下を見下ろす。小さな街と聞いていたが、石造りの家々が連なる立派な街が広がっていた。


道の先には大きな石造りの門。門の上には、精巧な文字が刻まれている。

「師匠、あれ……門に書いてあるのって……?」

リアナは小さく頷いた。


「ええ、この街の名前は『ルミエール』。覚えておくといいわ」


ショータは目を凝らし、文字を読む――あれ、読める。

(……え、普通に読める!?)


この世界の文字、言葉……前世では存在しなかったはずなのに、自然に頭に入ってくる。

森での生活でも、リアナの家の調味料入れに「塩」「砂糖」と書かれた文字を、何の違和感もなく読んでいた。


(なるほど、転生したことで、文字も言葉もこの世界に適応できるようになってるんやな……)

(しかも、めっちゃ適当そうな神が手を加えただけで、こんなに自然に生活できるなんて、感心するわ)


リアナはそんな俺の様子に気づかず、フードを深く被り直した。



ルミエールの街の門は背丈の二倍以上。

槍を持った門番が二人立ち、往来する商人や旅人を一人ひとり確認している。


(……緊張するな)

俺は思わずフードを深く被った。森とリアナの家の中だけで過ごしてきたから、こんなに人が集まる場所は初めてだ。


リアナ――いや、今は「師匠」と呼ばなければならない彼女は、落ち着いた足取りで門へ向かう。

「心配しなくて大丈夫よ。薬師は歓迎される存在だから」

小声でそう告げられ、俺はうなずいた。


門番がちらりと俺たちを見たが、リアナが布袋を少し開け、中の薬草を見せると、表情が和らいだ。

「薬売りか。ルミエールへようこそ」

軽く頷いて通してくれる。


(……なんかすげぇな。リアナ、カッコいい!)



石畳の街道を歩くと、市場の活気が肌に伝わってくる。

子供たちの笑い声、鍛冶屋かじやの炉の熱気、パン屋から漂う香ばしい匂い――冬に向けて街全体が忙しそうだ。


「まずは、しっかりと腹ごしらえをしましょうね」

リアナの行きつけの店なのか、迷いなく街の食堂に入っていく。

「うわあ!良い匂いだ!」

思わず声を出してしまった。


「私、必ずこのお店のミートパイを食べるの。もう、本当に絶品なんだから」


(分かる!匂いで分かる美味いやつやん!)

運ばれてきた、大きなミートパイ。

リアナが待ちきれない様子で、小皿に取り分ける。

「さあ!いただきましょう!」


(こ…これはっ!美味すぎるぅう!)

「リ…いや、師匠っ!これは、美味すぎるよっ!なんなの⁈この肉の旨みは!」

「でしょー!ショータ、びっくりする美味しさでしょ?」

(リアナ、口一杯に頬張ってる。可愛いなあ!いやしかし、分かる!口の中、全部でこの幸せを味わいたいその気持ちが!)

「ルミエールはね、羊や牛の牧畜が盛んで、とってもお肉が新鮮なの。だから、保存用の乾燥肉もこの街の名物なのよ。明日はたっぷり買い込んで帰りましょうね」

「そうか、だから街まで来る途中も羊飼いのエルフがいたんだね。」

「さあ、ショータしっかり食べて、今日は一日働いてもらうわよ」



ルミエールの中央には、様々な露店ろてんや屋台が並ぶ中央市場がある。周りの村からも商売に訪れる賑やかな街には、様々な品物が並んでいる。


一日いくらという貸し露店があり、リアナは人通りの良さそうな区画に露店を借りた。

「さあ、弟子よ。これより、ここが我らの戦いの場所。全ての品を売りさばくべく、力の限りを尽くそうぞ!」

「お…おう!」

「声が小さーーーいっ!」

「お!おーっう!」

(リアナのこういうギャップがたまらん…好き…)


「それと…馴染みのお客さんは、私のことをセレナと呼ぶわ。薬師セレナ、もちろん偽名よ。これも覚えておいて」

「セレナ…分かった」

(薬師セレナ…徹底的に素性を隠さなあかんほどリアナは危険な立場にあるんやろうか…)


リアナは露店の店先に、黄色の星が二つ付いた緑色の三角旗を取り付けた。

すると、それを目印に客が集まり始める。

「師匠!その旗は何?」

「私のお店を表す『店旗てんき』と呼ばれる旗よ。ルミエールの街で、実績のある商人にだけ渡されるの。星三つが信用度最高。私は星二つなので、まだまだね。」

「ほんとだ。旗がついた露店がたくさんあるね。気づかなかった。あれ?赤、青、緑、黄…たくさんの色は何?」

「緑は、私達と同じ薬屋。赤が食料品。調味料も赤よ。青はお酒全般、黄は旗の数が多いでしょ?衣類や雑貨、家具、日用品など様々な品を扱うお店ね。白は武具を表してるの。それに、数は少ないけれど紫の旗もあるわ。あれは、魔法道具を扱う店」

「魔法?魔法なんてあるんだ!」

「ショータ、魔法の話はまた後ね!お客さんがわんさか来たわよ!」



お客様が小さな露店にごった返す中、おばあさんが売り物の薬草を落としてしまった。

「ごめんなさい、セレナさん…」


隣の男客が眉をひそめ、おばあさんを邪魔者扱いしたその瞬間、リアナはすぐさま声をかける。


「スタラさん大丈夫ですよ、落ちたのは私が拾いますから」


俺も慌てて手伝う。


「そちらのお客様も、すみません。スタラさんは足が悪いので許してあげてくださいな。狭い露店でご迷惑をお掛けします」

リアナは客の男の目を真っ直ぐ見つめた。

「……いや、怒ってる訳じゃないからな。ばあさん、すまなかったな。睨んじまって…」


「お客様、ありがとうございます」

素直に謝る客に、リアナは美しく微笑んだ。


(師匠!あなたの微笑みは女神の微笑みや!)


リアナの落ち着いた対応と誠実な態度で大きなトラブルにならなかった。あらためてリアナの人格の素晴らしさに、羨ましさと尊敬の念が湧いた。



その後も次々に客が訪れ、ショータは補助として薬草や煎じ薬の袋を手渡す。

「師匠、次の客はどれを勧めればいい?」

「ええ、これは疲れ目に効くわ。あ、ショータ、袋の底も確認して。ちゃんと数が合ってるか」


一つ一つ丁寧に対応し、午後には売れ残りもほとんどなくなった。

「やった…!全部売れたぞ!」

「ええ、弟子のおかげで大成功ね!」



夕刻、市場を歩きながら、リアナはふと俺の肩に手を置く。

「ショータさんよお、今晩は贅沢に酒でも飲みに行きましょうか?」

(思ってた以上に売れたんかな?リアナはん、顔がニヤケてますぜ。)

「師匠、俺はまだ未成年ですよ。酒は飲めません。でも頑張った師匠はたっぷり酒を楽しんでください。酔い潰れても俺がちゃんと介抱しますから」

「っかーっ!なんて出来た弟子なんだ!」

「もう酔っ払ってるのですか?師匠!」


その時、街角で一人の少年が声をかけてきた。


「そこの強そうなお兄さん!荷物を運ぶの手伝ってくれませんか!」

振り向くと、少年が必死に荷車を押していた。荷車の車輪が石畳の溝にはまり、動かせないらしい。荷車には薪の束や米袋が積まれていて、子供の力ではどうにもならないようだ。


「よっしゃ、任せとけ!」

俺は荷車の後ろに回り、力を込めて押した。石畳に食い込んでいた車輪が外れ、ずるりと動き出す。

「わあっ!すごい!ありがとう、お兄さん!」

少年は目を輝かせて頭を下げた。


「やっぱり!ショータ、さすがね」

リアナが微笑む。

「へへ、俺だってやる時はやるんだよ」

(まあ、内心は腕がパンパンやけどな!)


少年は名をトマスといい、この街の温泉宿で丁稚をしているらしい。

「今日はお使いで荷物を運んでたんですけど、途中で動かなくなって困ってたんです。助けていただいて、本当にありがとうございました!」


トマスはぺこりと頭を下げると、少し恥ずかしそうに続けた。

「あの……今夜泊まる宿は決まってますか?もしまだなら、うちの宿を紹介します。お礼に、女将さんにお願いして良い部屋を用意してもらえると思います!」


「宿?」

「はい!星空が見える露天風呂つきの部屋なんです。普通は旅人じゃ泊まれないんですけど……今日のご恩返しに!」


リアナは目を見開いた。

「露天風呂つき……?そんな贅沢な部屋を、私たちが……?」

俺は思わず前のめりになった。

「師匠!泊まろう!絶対泊まろう!」

(露天風呂つきの部屋やて!?前世なら高級温泉旅館レベルやん!)



その晩、トマスに案内され、俺たちは宿にたどり着いた。


「日本の温泉宿!!」

(これも神のいたずらか?もはや何でもアリの世界やな!)


宿の佇まいは、まるで日本の老舗温泉旅館のような木造二階建てで、外からでも湯気が立ち昇っている。

中に入ると、女将が恭しく迎えてくれた。トマスが事情を話すと、女将はにこやかに頷いた。


「まあまあ、この子を助けてくださったのね。でしたら特別に……星見の間を用意しましょう」

「星見の間……?」

「ええ、この宿でも一番評判のお部屋。お風呂から星空を眺められるのですよ」


リアナが小さくため息をつく。

「……贅沢しすぎじゃないかしら」

「いいじゃないですか師匠!今日頑張ったご褒美ですよ!」

(よっしゃあ!神展開きた!)



部屋に通されると、そこは前世の俺なら到底泊まれなかったであろう超高級な空間だった。

広い和風の部屋に低い寝台、窓の向こうには小さな庭と、湯気を立てる露天風呂。

夜になると、月明かりに照らされ、湯面が銀色に輝いていた。


俺は湯に浸かりながら、思わず声を漏らした。

「はぁ~~っ……生き返る……」

温泉の熱が疲れた体を解きほぐしていく。

(こんなん、最高すぎるやろ……!)


その時、背後から声がした。

「ショータ……わたしも、一緒に入っていい?」


振り返ると、リアナが湯浴み着に着替えて立っていた。

「えっ……い、いいのか?」

「森の家でも、何度か一緒に入ったでしょう?でも……旅先の温泉は、なんだか違って、ドキドキするの」


リアナが湯に身を沈めると、ふわりと甘い香りが漂った。

夜空には無数の星が瞬き、湯気と重なり幻想的な光景を作り出す。


「ショータ……今日はよく頑張ったわね」

「いや、師匠こそすごかった。商売も、接客も……俺、尊敬するよ」

「もう……今日は…リアナって呼んで…」


二人で湯に浸かりながら、言葉を交わす。

自然と距離が近づき、互いの手が触れ合った。

熱い湯に溶けるように、心まで満たされていく。


リアナが小さく笑い、囁いた。

「……幸せね」


俺は、その言葉を噛みしめながら、夜空を見上げた。

満天の星々は、これからの未来を照らすように輝いていた。

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