第二話 翠光の誓い
辺境都市ルミエール。
魔法使いマルダは静かに水晶を覗き込んでいた。
「ショータは……徐々に覚醒に近づいておるな。だが、ワシが見る未来はほんの一端にすぎん。どう転ぶかは、ワシにも分からん…。
リオン、これからもあの子を導いてやっておくれ。それがお前の使命じゃ。」
マルダは水晶をゆっくりとシルヴァリスの方角に向ける。
「……なんと。黒梟め……! エルフを傀儡に変えるとは、あまりに残酷じゃ。
リアナよ……お前は無事なのか? 王城の結界に阻まれ、このワシでも天曜院の様子がまるで見えん……。
――ん? こ、これは……⁉︎」
水晶の中に、ひびのような光が走った。
「傀儡が……結界に穴を開けたのか? ……見える! 見えるぞっ!」
マルダの目が輝く。
「見つけた……! リアナじゃ!」
――――
天曜院・隔離病棟。
西側の窓から差し込む茜色の光が薄れ、部屋の魔法灯が代わりに暖かな光を灯し始めていた。
「リアナ様、翠玉の光を溶かした液体が抽出されました。まだ、ほんのこれだけですが……。」
助手が慎重に差し出したのは、親指ほどの小瓶。
中では翠色の液体が、まるで生き物のように静かに輝いていた。
「ありがとう。……文献によると、この量で蝕人を十人は元に戻せるはず。でも、まずは効力を確かめないとね。
隔離棟の蝕人を一人、ここへ運んで。」
二人の助手が頷き、別室から拘束具に繋がれた蝕人を運び入れた。
その姿はまるで獣。歪んだ顔、鋭い爪、牙のような歯――。
猿轡で塞がれた口から漏れる唸り声が、床を震わせる。
リアナは静かにその姿を見つめた。
「蝕人……あなたたちは飲まず食わずでも生きているのね。でも、こんなの……人間とは言えない。
――あなたを今から、人間に戻すわ。」
彼女は小瓶を傾け、翠の液体を注射器に吸い取る。
手が震えていたが、その瞳は迷いなかった。
「行くわよ……。」
リアナは蝕人の心臓に針を刺し、一気に薬を押し込んだ。
蝕人の身体が激しく跳ね、目を見開く。
牙をむき、喉を裂くように息を吐くが――声にならない。
そのまま、動かなくなった。
「し、失敗……⁈」
リアナの心臓が早鐘を打つ。
「リアナ様! 見てください!」
助手の指差す先で――蝕人の爪がボロリと崩れ落ちた。
コロン……カラン……と音を立てて、歯も床に転がる。
「歯が抜けています! 身体が……崩壊を――」
「違うわ! 再生しているのよ!」
リアナの声が震える。
崩れ落ちた爪の下から新しい指が伸び、腐食した皮膚の下で細胞が蠢く。
異常な筋肉はしぼみ、再構築され、やがて人間の姿を取り戻していく。
歪んでいた顔も――やさしい表情を取り戻した。
数分後、完全に人間へと戻ると同時に、リアナは震える声で呟いた。
「お願い……息をして……。」
――ぶはぁっ!
男は唾液を吐き出し、深く息を吸い込んだ。
その瞳に、確かな光が戻る。
「リアナ様!」
助手が思わずリアナを抱きしめた。
「良かった……。」
リアナは力が抜け、膝が床についた。
助手が椅子を持ってきて、彼女をそっと座らせる。
「リアナ様、この人の看病は私たちがいたします。
それに、この薬を一万人分――必ず作ってみせます。少しお休みください。」
リアナは微笑んで頷いた。
「ありがとう……。それと、一つお願いがあるの。」
引き出しから、翠色の大旗を取り出す。
「これを……天曜院の屋上、一番高い旗竿に掲げて。
今も戦っているヒキガさんとの約束なの。急いで、お願い。」
「はい! 任せてください、リアナ様。」
二人の助手は力強く頷き、部屋を駆け出していった。
リアナは窓の外を見上げる。
夜空の端に、かすかに――翠の光が滲んでいた。




