第三章 選択と欲望の実験室
朝の光が木々の間から差し込む。
目を覚ました俺は、ふかふかのベッドで大きく伸びをした。
体は十八歳、心は五十歳のまま――だが、それでも森の朝の空気は格別に清々しい。
「おはよう、ショータ。朝ご飯にしましょう」
リアナの声が柔らかく響く。金色の髪が朝日に揺れ、透き通るように輝いていた。
テーブルには森で採れた果実と、ハーブの香るスープ、そしてライ麦パンにたっぷりの蜂蜜。
一口食べるたびに、自然の甘さと滋味が体に染み渡っていく。
(ああ、なんて幸せなんや)
前世での孤独で味気ない食事は、もう遠いモノクロの記憶のようだ。
「美味しそうに食べてくれると、作り甲斐があるわ」
リアナの笑みはやさしく、俺の胸の隙間を満たしてくれる。
「リアナ、本当にありがとう。大好きだよ」
「ありがとう、ショータ。私もあなたが大好き」
リアナが涙を見せた夜から、俺たちは互いの孤独を埋め合うように寄り添っていた。
親子と言うよりは、やはり恋人同士に近い関係性になりつつあった。
⸻
「しかし……『選択の力』って何なんだろうな」
神から授かったと言われる力。けれど、未だに正体はわからない。
「選択、というからには……選ぶことで力が出るのか?」
そう考えて、俺は日々いろんな方法を試してきた。ジャンケン、カード当て、左右どちらの手に小石があるか――。だが結果は散々だった。
今日もリアナに小石を隠してもらい、当てるゲームを試す。『選択』と言う意味で、シンプルに分かりやすいゲームだからだ。
十回挑戦して、正解は三回。
(相変わらず運が悪すぎやないか?)
「ショータ、面白いくらい当たらないわね」
リアナが呆れ顔で笑う。
そこで、ふと気づいた。
実は俺には、密かな“得意分野”がある。
――リアナの下着の色当て。
稀に外すことはあっても、かなりの確率で当てられている。
要は、俺の「絶対にパンティを見たい」という執念が、何かを呼び寄せているのではないか。
(適当に選んでも力は働かん。けど、欲望をかけたときだけ、信じる力が底上げされるんちゃうか?)
試すなら今だ。
「リアナ、次の勝負……もし当てたらご褒美が欲しい」
「ご褒美?」
「そう、ご褒美。俺が五回以上当てたら――胸を触らせてほしい」
リアナは一瞬目を丸くし、それからため息をついた。
「……仕方ないわね。でも条件をつけるわ。五回なら片方だけ、六回なら両方、七回以上当てたら――大サービスで……」
頬を赤らめ、視線を逸らす。
「好きにしてもいいわ」
「……っ!」
思わず身を乗り出す。
(こ、これはガチや! 今度こそ本気を出すしかない!)
俺は小さく深呼吸して、胸の内で呟いた。
「俺は絶対にリアナを好き放題触りまくる。YES or NO? もちろんYESだ!」
その瞬間、胸の奥で何かがカチリと噛み合う感覚があった。
⸻
最初の一手。
「こっちだ!」
リアナが手を開く。
「……当たり」
「よし!」
続けて二手目も正解。三手目も。
「ど、どうして? さっきまで全然当たらなかったのに!」
「リアナさん。俺は目標があると燃えるタイプなんですよ」
(前世からずっと、エロ限定やけどな!)
リアナの額に、焦りの汗が浮かぶ。
「本当に、当ててばかり……」
「リアナ、これは俺の選択の力なんだ。欲望に従ってYESを選ぶとき――力が働く」
リアナは唇を噛み、胸元を両手で押さえた。
「……本当に、さっきまでのショータは何だったの⁈」
「本気のショータ様は止められないってね」
俺は笑みを浮かべ、次の手に集中する。
だが七回目。リアナの両手から、ふっと気配が消えた。
「……?」
(あれ、選択の気配がせぇへん。これ、もしかして……)
俺は目を細め、リアナを見つめる。
彼女はわずかに視線を逸らした。
「……リアナ。俺はどちらも選べない」
「な、なぜ?」
リアナが両手を開くと、小石はどこにもなかった。
「やっぱりな」
俺は笑う。
「リアナ、ズルはなしだ。選択の力は、本気の二択でしか働かない。ごまかしは通用しないんだ」
リアナは赤面し、悔しそうに唇を噛む。
「……わかったわ。降参よ。好きにして」
⸻
その夜。
森に満ちる静けさの中で、リアナのかすかな吐息が重なっていった。
触れれば震え、目を逸らしながらも拒まない。
恥じらいとやさしさが入り混じったその姿は、何よりも俺の胸を熱くした。
(ほんまに……俺は、この人を大事にせなあかん)
互いに笑い合い、抱き合う。
その声は長い夜を越えて、森の奥に溶けていった。
二人だけの静かな時間――互いの存在を確かめるように、体温と心がゆっくり溶け合う夜だった。