第二話 地変の檻
王都中央では、ハシバの傀儡となった防衛軍の兵たちが民兵を蹂躙していた。
「あっはっはっは! 私の可愛いエルフの兵たち。数だけの民兵なんて蹴散らしちゃいなさい!」
ハシバは時計塔の展望台から、眼下の地獄を眺めて恍惚の笑みを浮かべた。
「エルフの兵なんて使い捨て。このまま共食いでいなくなっちゃえばいいのよ。ふふふ……ん、ああん、最高の眺め。」
―――
リアナの『慈愛の力』で回復したヒキガは、再び最前線を目指し疾駆していた。
「なんだ、この状況は! エルフ同士で殺し合っているのか⁈ 一体なにが起こっている!」
屋根を跳び駆け抜けるヒキガの眼下では、黒梟の兵だけでなく王都防衛軍までもが中央の兵と剣を交え、魔法で街を焼き払っていた。
「このままではまずい! 天曜院にまで届いてしまう!」
ヒキガは歯を食いしばった。今までアマガと共に動いてきた彼にとって、独断での判断はまだ重かった。
(ここ一帯を凍らせれば止められるか──だが兵も巻き添えだ。どうする…⁉︎)
「ヒキガ! 状況を教えろ!」
低く響く声。三度笠の行商人姿が視界に入る。
「アオダ! 来てくれたのか⁈」
ヒキガは思わず駆け寄り、アオダを抱きしめた。
「黒梟本隊はどこだ? 状況を説明してくれ!」
「奴らは北壁を破って突入。レキル、ヤドク、メレオが今も敵将を抑えているはずだ。
俺とアマガは先陣の武将二人を撃破したが……アマガは死んだ。俺も深手を負った。」
「アマガ……。」
アオダは目を閉じ、短く黙祷を捧げた。
「アオダ。弟はここにいる。」
ヒキガは拳で胸を叩いた。
「ヒキガ、お前の怪我は?」
「ああ。リアナ様の力で癒えた。
だが今、王都は黒梟だけでなく、長老会が糸を引く蝕人事件、そして『王の復活』という陰謀までもが動いている。」
「蝕人のことは聞いた。しかし、王の復活とは……?」
アオダは息を呑み、ヒキガはすべてを語った。
「……想像を絶する状況になっていたのだな。」
「ああ。つまり――
リアナ様が薬を完成させるまで、天曜院と『王の部屋』を死守する。一万の蝕人を戻す薬が完成するまで、あと数日を凌がねばならない。」
「だが最大の目的はその先――『王の復活』を阻止することか。
なんと心震える使命だ! 朧最年長のジジイだが、命を賭けるぞ!」
アオダは武者震いした。
「まずは、この状況をどうにかせねばならんな。ヒキガよ。」
「原因は不明だが、エルフ同士の衝突で戦力が削がれている。このままでは黒梟の進軍を止められない。」
「ならば、王都中央を結界で封じる! 足止めをしつつ、我らで黒梟を叩く!」
「中央ったって、直径何キロあると思ってる⁈」
「お前こそ、ワシを誰だと思っている? “大地のアオダ”を舐めるなよ!」
アオダは王都中央の中心――時計塔の真下へ駆けた。
「全部、ワシの檻に囲ってやるわ!」
―――
「んん〜〜? 誰だ、あの二人組。暁の環の仲間かしら?」
ハシバは展望台から下を覗いた。
アオダは天に両手を掲げ、しゃがみ込むと掌を地に押し当てた。
「《地変創造》――!」
掌から走った光が地脈を伝い、数十キロに及ぶ範囲を覆う。
――ズズズッ!
地鳴りが王都を震わせる。地面から巨大な土壁が隆起し、半球状に空を覆った。
王都中央は闇に包まれた。
「まだまだ。《石化》!」
さらに光が走り、土壁は瞬く間に硬質な石壁へと変わっていく。
「なぁ〜にぃぃーーっ⁈ 真っ暗じゃないの!」
展望台でハシバが叫ぶ。
「傀儡ども! 火を放ってでも明るくしなさい!」
命じられた傀儡の魔術師たちが炎を放ち、街の建物が燃え上がる。
「よし、明るくなった! さっさとこの壁を壊しなさい!」
「ヒキガよ、この上に何かいるぞ。」
「見てくる。」
ヒキガは透明化し、時計塔を駆け上がった。
(やはり。いるな……。透明でも気配で分かる。アマガと過ごした日々で、この手の気配は嗅ぎ分けられる。)
「死にたくなければ答えろ。」
ヒキガはハシバの背後を取り、首筋に氷刃を当てた。
「ひぃぃっ! だ、誰? 暁の環⁈」
「質問はこちらだ。お前は何者だ?」
「わ、私はハシバ! 黒梟四天王の一人よ! は、離して!」
「ハシバ……。お前が衛兵を操っているのか?」
「し、知らないわ! 私はただ見てただけ!」
「傀儡どもに“火を放て”と命じていたな?」
ヒキガの刃がわずかに動き、ハシバの首筋が薄く裂けた。
「ひっ……! は、はい! 私の術です! 助けて!」
「術を解く方法は?」
「わ、私が死ぬと解けないの! 私が自分で解かないと!」
「なら今すぐ解け。」
「や、やだ! 解いたら殺すでしょ⁈」
「解かなくても殺すがな。解けば、生かしてやるかもしれん。」
「あわわ……わ、分かった! 解く!」
「解け!」
「解!」
白い波動が空間を走った。
「と、解いたわ! は、離して!」
「姿を見せろ。」
姿を現したハシバは怯えながらも口を尖らせた。
「あ、あなたも姿を見せなさいよ。」
「生かすも殺すも俺次第だ。そのまま動くな。口を開けば、その首が落ちるぞ。」
ハシバは冷たい刃に震え、動くことすらできなかった。
―――
「アオダ、展望台に四天王のハシバがいた。氷柱を俺と思い込んで固まってる。」
「術は解けたのか?」
「ああ。衛兵たちが正気に戻った。これで戦力は逆転だ。」
「よし。ハシバは生かして捕える。ワシが特別な檻を作ってやろう。」
―――
「ハシバ、お前の檻を用意した。入れ。妙な動きをすれば首を落とす。」
透明のまま、ヒキガはハシバを時計塔地下の石牢に押し込んだ。
壁に張り巡らされた木の根が蠢き、ハシバの体に絡みつく。
「ひいっ! 気持ち悪いっ!」
「術を使えば、その根が瞬時にお前を絞め殺す。覚えておけ。」
扉を閉め、ヒキガは去った。
「な、なんで私がこんな酷い目に……!」
ハシバの叫びが階段にこだました。
「アオダ、奴を閉じ込めた。」
「よし。空気穴以外はすべて塞ぐ。暗闇の中で己の恐怖を噛みしめるがいい。」
「中央の黒梟はほぼ全滅だ。結界を解くぞ。」
「解!」
アオダが唱えると、数キロを囲っていた巨大な石壁が静かに地中へ沈み消えた。
―――
(あいつら……絶対に許さない。絶対に……!)
闇の檻の中、ハシバは怒りに震えていた。




