第六話 地獄の扉
シルヴァリス王国の心臓、王都シルヴァリス。
白き城壁は陽を受け鈍く輝き、五百年もの間、外敵を一度たりとも通さなかった。
だが、その夜明け。静寂はあまりに重く、凍りつくほどだった。
鳥は鳴かず、風は息を潜め、木々の影が息を詰める。
戦場には既に、死の気配が満ちていた。
⸻
北防壁。
朧の五人は霧の中に佇み、視線は森の奥に集中していた。
朝日が僅かに差す中、彼らの装束は忍びのものとは思えぬ鮮やかさを放ち、まるで死を前にした戦舞台の役者のようだった。
レキルが低く息を吸い込む。
「……来るぞ。」
森の向こう、地が呻く。
ドン……ドン……地脈ごと震わせる低音が迫り、枝葉が軋む。
振動が胸にまで響き、戦場に緊張の空気が張り詰めた。
「待ち構えるのは性に合わねぇ。先手必勝といこうか!」
ヤドクが右手を掲げ、眉間に指を当てる。
指先に火が宿り、静寂を裂いた。
「《炎弾・連》!」
轟音が空を震わせ、十連の炎弾が森を引き裂く。
紅蓮の柱が立ち上り、朝光を呑み込むように燃え上がる。
熱風が旗を焦がし、防壁に震動が走る。
「さあ!祭りの始まりだァ!!」
ヤドクが刀を抜き、咆哮する。
「衛兵ども!起きろやぁあああ!!」
「ヤドク、燃やしすぎだ! 俺たちまで焦げる!」
アマガが跳ねながら叫ぶ。
ヒキガが隣で印を結ぶ。
「《漠雨・豪》!」
「《氷結・門渡》!」
轟く雨が降り注ぎ、氷の刃が無数に走り、炎を凍てつかせる。
燃え盛る森が瞬時に樹氷の海と化す。
湯気と氷煙が渾然一体となり、白と朱の戦場を作り上げた。
「おおー!消火完了!完璧だ兄者!」
アマガが笑う。
ヒキガの瞳は冷たく光り、深く息を吸う。
「……静かに。来ます。」
メレオの声が低く響く。
警鐘が王都全域に鳴り渡る。
カン、カン、カン……。
衛兵たちが防壁に走り、騎兵が整列する。
氷の森の向こう、影が揺らめく。
それはやがて、蠢く黒い波となって迫った。
土煙が舞い上がり、視界を覆う。
「速い!」レキルが叫ぶ。
その瞬間、空が黒く染まり、数千の矢が降り注ぐ。
「《雷槍・那由多》!」
レキルが防壁に手を触れる。
地脈から閃光が噴き上がり、雷の槍が幾重にも空を貫く。
落ちる矢はすべて焼き尽くされ、灰すら残らない。
轟く雷鳴。
王都が昼のように白く照らされる。
その直後。
ーーードゥンッ!
防壁が震え、石が砕け、砂が降る。
衛兵が悲鳴を上げる。
「槍です! 二本!」
メレオが叫ぶ。
視線を上げると、二本の巨大な黒槍が防壁に突き刺さっていた。
槍身が脈打ち、石壁が音を立てて崩れ落ちる。
裂けた壁の隙間から、轟音とともに土煙が押し寄せる。
「来たぞ……!」
ヤドクが笑う。
槍が壁を貫き、上空へ跳ね返る。
その先に立つは、地竜にまたがる二人の巨漢武将──双槍鬼の名を持つ双子。
後ろにはそれぞれ一万の軍勢を引き連れていた。
「我らが名はカッツェとトッシェ──黒梟軍の双槍鬼とは我らのことよ!」
低く響く声が防壁を震わせる。
王都の騎兵が突撃し、弓兵が矢を放つ。
五千の矢が夜空を染め、敵陣を覆う。
だが、双子は声を揃え、槍を振るった。
「しゃらくさいわァァーーーッ!!」
真空の刃が飛び、騎兵は一瞬で切り裂かれる。
矢の雨もろとも、兵士たちが宙を舞い、血の霧が地を染める。
「衛兵ごときでは……歯が立たんか」
レキルは冷たい眼差しで戦場を見据える。
「敵先陣、大槍の巨将二名。ヒキガ、アマガ、任せる。」
その声に、二人は頷く。
――ヒキガとアマガ、双子の刃が双子の槍に挑む。
「ここから先は──一歩も通さん!」
ヒキガが低く言う。
「兄者、やるぜ!」
アマガが笑い、拳を鳴らした。
轟音の中、戦場は血と鉄の匂いに満ちる。
振動する地面、刃の震え、そして二組の双子の瞳が互いを貫く。
空気が歪み、戦場が一瞬静止した。
地獄の扉は、すぐそこにあった。
双子の戦いが、王都を揺るがす最初の一撃となる。




