表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/227

第九話 皆殺しの序曲

俺たちは拠点ガンロを目指し、慎重に地竜の歩みを進めていた。

「砂漠の国『サンサーラ』と森の国『シルヴァリス』の間、広大な未開の地…。

ここは、先住種族のエルフでさえ足を踏み入れぬ危険な領域。くれぐれも気をつけてくだされ。」

先頭のイズファルも岩山の細い道を、地竜の背にしがみつきながら進む。

俺が跨る松風の甲高い呼吸が手綱に伝わる。

足元の石が崩れ、地竜が短く鳴いた。緊張が一行に走る。


イズファルが低い声で語り始めた。

「五百年以上前、人間はこの地を越え、砂漠に『サンサーラ』を築きました。

やがて転生者が最初に降り立つ地として栄えましたが、痩せた大地は人口を支えきれなくなったのです。」


彼は一度、手綱を強く引き、地竜を制してから続ける。

「そこでサンサーラの王は命じました――未開の地を越え、豊かなエルフの国『シルヴァリス』を奪え、と。」


岩の間を進む地竜が、鉤爪で石を砕き、硬い音を響かせた。

イズファルの声がそれに重なる。


「こうして人間とエルフの大戦争が始まりました。結果はご存知の通り。『シルヴァリス王』と『弓の勇者達』の返り討ちに遭い、人間は敗北。

しかしあの戦で切り拓かれた道こそ、我ら『暁の環』が守る拠点と交易路なのです。」


俺は崖に爪を立てながら進む松風の背に身を預ける。胸の奥がざわついた。

(人間は欲深い…だが、俺は今、エルフと共に歩む者たちと進んでいる。人間を信じ、エルフを信じ――リアナと再び暮らす日は来るのだろうか…。)


「なあ、ライラ。黒梟ってのも人間の集団だろ?奴らはどうやってサンサーラからシルヴァリスへ来たんだ?」

リオンの声が緊張を破る。


ライラは険しい顔で答える。

「よく気づいたな。暁の環が守るこの道を黒梟が使えるはずはない。過去、何度も拠点を襲ったが落とせなかった。だから奴らは――自分たちで新たな道を切り拓いたんだ。」


イズファルが補足する。

「黒梟は人間至上主義を掲げる武闘派。犠牲を厭わず未開の地を拠点に変えた。ルミエールでの襲撃、王都への侵攻……奴らの道は既に完成している。」


リオンは白銀の髪を逆立て、呟く。

「なるほど…この未開の地は黒梟の巣か。こりゃやべえな。」


イズファルが洞窟を指さす。

「次の拠点『ガンロ』まではあと一日。今夜はここで野営する。」


泉を湛えた洞窟に差し込む月光。地竜が喉を鳴らす。仲間たちの緊張が少し和らぐ。


「腹が減ったぜー、イズファルのおっちゃん!」

リオンの声に笑いがこぼれる。


「この辺りは食料の調達が難しい。今夜も保存食で我慢だ。拠点に着いたらたらふく食わせる。」

イズファルは微笑む。


ライラも笑顔で言った。

「育ち盛りには辛いだろうが…まずは眠ることだ。」


高い岩山から見る星空は、まるで宝石を散りばめたよう。

俺は空に指輪を翳し、リアナを想った。

(リアナ…。必ず君を迎えに行く。)



夜が深まり、シルヴァリス王都から百キロ離れた未開の地の森。

鬱蒼うっそうとした木々の影で、一羽のふくろうが執事姿の青年に戻る。


「ノブナ様、ただいま戻りました。」

「オウルか…。」


天幕てんまくの奥、女武将“ノブナ”が冷たい視線を向ける。

オウルはひざまずき、ふところから一枚の地図を差し出した。


「七つの拠点を確認しました。流砂の谷『ルーサ』、海上補給地『シオラ』、湖と地竜の里『ターナ』、雷の山『ライレン』、霧の湿原『ミラ』、岩山の『ガンロ』、密林の『ジュラ』。砦も複数ございます。」


地図が広げられる音が天幕に響く。

ノブナの瞳が細く光った。


「兵は?」

「少なくとも一万四千、全貌は二万規模と見られます。」


ノブナは唇をゆがめる。

「ルミエールで取り逃がした転生者の行方は?」

「拠点ジュラからサンサーラへ。今はガンロ付近かと。」


「よし。」ノブナは低く呟く。

「ハン。暁の環の殲滅はお前に任せる。武将を三人選べ。兵二万を与える。」


ハンは巨体を揺らし、目を開ける。

「御意。“ハクギ”、“コウブ”、“ソウゾ”を。」


「好きに使え。ただし――失敗は許さん。」

ノブナの声は刃のように冷たい。


「ノブナ様こそ、王都進軍に失敗なさらぬよう…。」

ハンが軽口かるくちを叩く。


「首をねられたいか。さっさと行け。」

ノブナの視線は獣のような光を放った。


ハンが去ると、ノブナは奥へと沈み込む。

「オウル、各拠点に地図をけ。暁の環と王都、両面へ進軍を伝えろ。」

「御意。」

梟の影が夜闇に消える。


残された天幕に、ノブナの低い笑いが響いた。

「ようやく時が来た…。神も悪魔も関係ない。エルフも軟弱な人間どもも…すべてを踏みにじり、皆殺しだ…。」



同じ夜。

未開の森の闇を抜ければ、そこにはまばゆい光の海。

辺境都市ルミエールは魔法灯に照らされ、夜でも人々の喧騒けんそうが絶えなかった。


ルミエール店旗てんき協会の応接室。

代表バルドランは、二人の商人と卓を囲んでいた。


蝕人しょくじんですか…。一体、王都で何が起きているのでしょう。」

彼の額に刻まれたしわが、灯火ともしびに影を落とす。


「黒梟の仕業しわざではないようですが…。」

メレオが言う。

「リアナ様はおぼろが護衛を続けています。蝕人の目的も調査中です。」


アオダが椅子から立ち上がり、外套がいとう羽織はおる。

「王都では何か大きな計画が進んでおるな。嫌な予感しかしない。ワシは『ジュラ』に報告に向かう。疾風のツムリなら、イズファル様にもすぐ届くであろう。」


「アオダ殿、お気をつけて。黒梟は既に未開の地に拠点を築いています。暁の環への侵攻も時間の問題でしょう。」


「承知しておる。」

アオダは頷き、窓から夜の闇に溶けた。


メレオは視線をバルドランに向ける。

「店旗協会としての情報収集は引き続き頼みます。リアナ様も既に、あなたが暁の環の者であることは知っている。」


「かしこまりました。私には戦う力はありませんが、エルフにしかできぬやり方で必ず役立ちます。」


「信じています。バルドラン。」

メレオは鷹となり、窓から飛び立つ。


静かになった部屋で、バルドランは星明かりを仰いだ。

「リアナ様、ショータ殿。あなた方は人間とエルフの共生を望む我らの希望。何があっても、お守りしますぞ…。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ