第十二話 暁光の剣
俺たちは今、
――“世界を隔てる壁”の向こう側に立っている。
眼前には、どこまでも続く豊かな草原。
その先には、陽光を跳ね返しながら果てなく広がるエメラルドグリーンの海。
燦々と輝く太陽が、この世界そのものを祝福するかのように、すべてを明るく照らしていた。
潮と草の匂いを孕んだ、暖かく柔らかな風が頬を撫でる。
「ショータ殿……
ここは……なんて美しい世界なんだろう……」
ライラの声は、感嘆というより――祈りに近かった。
「シバが……取り戻した世界だ」
俺は、ゆっくりと息を吸い込み、前を見据える。
「ライラ……
俺は必ず、“真理の神”を斃す。
そして――この美しい世界を、守る」
「ショータ殿……
あなたなら……
この世界を照らす、あの太陽のような存在になれる。
私は……そう信じてる」
俺たちは誓った。
かつて、シバが闇から引き上げられたという――
《シバの砦》で。
――――
謁見の間。
俺たちの旅立ちを見送るため、ドウエンをはじめ、近衛兵たちが静かに並んでいた。
玉座を降りたグラムディルは、
まずライラを優しく抱きしめ、静かに口を開く。
「ライラ。
お前の……立派になった姿を見られて、
ワシは本当に嬉しい」
王は、しみじみとライラを見つめた。
「こうして改めて見ると……
本当に、アマネスによく似ておる」
グラムディルは、ゆっくりとライラの頭を撫でる。
「そしてな……
アマネスに似ているということは、
ワシが愛した妻にも、似ているということだ」
「……私が、じいちゃんの奥さんに?」
「そうだ。
お前のばあさんも、アマネスに劣らぬ戦士だった。
病魔には勝てなかったが……強い女だった」
王は、少しだけ目を伏せてから続ける。
「ライラ。
お前に流れる血は、強き女たちの血だ。
イズファル、アマネス、そしてシバ――
その絆が、確かにお前の中にある」
「受け継いだ想いを……
お前が、繋いでいくのだ。
頼んだぞ」
ライラは静かに頷き、グラムディルの胸に顔を埋めた。
王は深く頷き、ライラの顔をまっすぐに見据える。
「また、いつでも訪ねてこい。
お前たちなら――大歓迎だ」
「じいちゃん……
ありがとう!
私も、会えて本当に嬉しかった……
また、必ず来るよ!」
「おう!
楽しみにしておるぞ!」
そして王は、思い出したように声を張る。
「――そうだ! ライラ!」
「これは……ワシからの贈り物だ」
傍らの卓から、布に包まれた大きな物を取り、差し出す。
「布を取ってみよ」
ライラが布を外した。
「こ、これは……!?」
現れたのは、
柔らかな日差しのような輝きを放つ――ライラの大斧。
「この輝き……
本当に……私の斧……?」
「だいぶ使い込まれて、刃も落ちておったからな。
国一番の鍛冶師に頼み、鍛え直してもらった」
ライラは斧を握り、目を見開く。
「……すごい。
まるで……新品みたい……!」
「ライラには、五大属性のうち――
雷と火の力が宿っておると聞いた」
「この斧は元より、属性の力を増幅する伝説の魔法具だ。
そこへさらに魔法石を練り込み、刃を打ち直した」
「加えてな……
この斧の金属は元々、ミスリル鋼だった」
「だが今は、白銀ではなく淡い金色だろう?
シバの魔法具精製技術から生まれた新金属――
《オリハルコン》に生まれ変わらせた」
「オリハルコン……!?
なんて軽さ……それなのに、この硬度……!」
「お前の力、その斧で存分に振るい、
――ショータ殿を護ってやれ」
「……ありがとう!
じいちゃん!」
グラムディルは、満足そうに頷いた。
「そして……ショータ殿」
王は、今度は俺へと向き直る。
「お主は、この世界で最も過酷な運命を背負った人間だ……
世界を救う勇者。
そんな大役を背負わせてしまい……すまない」
「陛下……」
俺は、静かに首を振った。
「この国で、俺は大切なことを学びました。
俺の大切な人が……
なぜ、この世界のために命を使ったのか。
少しだけ、分かった気がします」
俺は、まっすぐグラムディルを見つめる。
「俺も……
陛下が言っていた“愛の力”を得られるよう――
全力で、進みます」
「おう!」
王は、豪快に笑った。
「お主は、ワシの孫が惚れた男だ!
――信じておるぞ!」
「ドウエン!
ショータ殿への贈り物は出来ておるか!?」
「はい!
こちらに……」
差し出されたのは――一本の剣。
「……これは……」
「グラムディルは、酒だけの国ではないぞ」
「ライラの斧と同じ工房で打たせた――
お主の剣だ。
ほれ、持ってみろ」
「剣……!?
……すごい……
とてつもない魔力を感じます……」
「一つ、許してほしい。
預かっていた“月光の弓”を打ち直し、
形を“剣”へと変えた」
「大切な物だったやもしれぬ……すまぬ」
「陛下、顔を上げてください。
構いません」
俺は、柄を強く握った。
「月光の弓の力は……
先の魔王戦で、すでに限界を感じていました」
「それに……
この剣には、確かに月光の弓の力が息づいています」
「餅は餅屋だ。
より純度の高い魔法石を練り込み、打ち上げた」
「その淡い黄金色も、オリハルコン。
お主の底知れぬ力を引き出す魔法具としては、
これまでを遥かに超える」
「……ありがとうございます」
俺は剣を見つめ、静かに言った。
「この剣は――
まるで……太陽だ」
「この世界を照らすための剣。
お前は、この世界の夜を明かす――希望の光だ」
「《暁光の剣》!
それが、お前の名だ!」
「暁光の剣……
良い名だ」
王の瞳に、確かな炎が宿る。
「ワシの娘を奪った、真理の神を――
斃してくれ!」
「頼んだぞ、ショータ!」
俺は剣帯を装備し、
暁光の剣を腰に下げた。
その重みは――
期待と、愛と、託された未来、そのものだった。




