第十一話 消えた真実
宮殿 《エル・ドゥラ》――
そこはまさに、グラムディル王国の中心と呼ぶに相応しい威厳を湛えていた。
天にも届かんばかりの高さを持つ、“世界を隔てる壁”。
その内側を掘り抜き、上へ上へと積み上げられた宮殿は、
まるで神が棲まう城そのもののようにそびえ立っている。
その最奥、謁見の間に――
俺たちは、ついに辿り着いた。
「ショータさん、ライラさん。
この扉の先に、陛下がお待ちです。
……心の準備は、よろしいですかな?」
「ライラ……大丈夫か?」
「大丈夫だ……。
行こう。グラムディル様に、会いに」
重厚な扉が、低い音を立てながら、ゆっくりと開かれた。
高い天井を支える石柱が幾本も並び、
その中央には、紅い絨毯が一直線に玉座へと伸びている。
俺たちは、その紅の道を進み、
やがて玉座の前で跪いた。
玉座の背後では、淡く輝く魔法石の脈動が、
まるで巨大な心臓の鼓動のように、静かに流れている。
「陛下。
連れて参りました。
こちらが、魔王を斃した勇者ショータ。
そして――勇者を護る戦士、ライラであります」
「うむ、ドウエン……
ご苦労であった」
低く、しかし芯の通った声が、謁見の間に響いた。
ドウエンよりも一回り、いや二回りは大きい体躯。
ドワーフの王は、ただそこに座しているだけで、
他のすべてを圧する威厳を放っていた。
「まずは、勇者を名乗る者に問おう。
お主は、何を求めてグラムディルへ来た?」
「ショータと申します。
俺は“選択の力”を持つ転生者。
暁の環に導かれ、予言者により、“魔王を斃す者”と認められた存在です」
「暁の環……
ドウエン、イズファルが属していた組織の名であったな」
「はい。
暁の環は、イズファルがいたサンサーラの独立組織。
ショータさんは、その暁の環と共に旅をし、
悪魔との契約で蘇った魔王シルヴァリスを討ち取られた勇者であります」
俺は、一歩前へ出た。
「俺がこの国に来た理由は、一つです。
俺が救わねばならないこの世界――
その、すべての種族を知るため」
「ドワーフという、俺にとって未知の種族。
その生き方と価値観を、
俺は……知らねばならないと感じました」
「……ふむ」
グラムディル王は、短く息を吐き、ゆっくりと頷いた。
「見ての通り、我が国は保守的だ。
我らドワーフの歴史、文化、そして民そのものが、
外界との繋がりを望んでおらぬ」
「世界の流れに逆らっていると、
そう映るかもしれんな」
「……そうかもしれません。
ですが、その中にある厳格さと美しさは、
俺にも、確かに理解できました」
「多様性が、必ずしも正義だとは……
俺は、思いません」
「ほう……」
王の口元が、わずかに緩んだ。
「なかなか、柔らかい頭をしておるな。
そうだ、勇者よ。
この世界の正義など、時の流れと共に姿を変える」
「だが――
ワシが、ただ一つ信じておる正義がある」
「信じている……正義?」
「不変の力。
それは――“愛”だ」
「……愛?」
「愛は、人間だけのものではない。
他者を思いやる心だけが、愛でもない」
「愛とは、この世界を形作る、
大いなるエネルギーの流れだ」
「……エネルギー?」
「そうだ。
この世界に生きる全てのものは、
命の繋がりによって生かされておる」
「お前たちが口にする食べ物もそうだ。
動物も、植物も――
すべてが命だ」
王は、杯に口をつけず、俺たちを見据えた。
「命は、他者の生命エネルギーへと変換され、
繋がっていく。
では、なぜ“種を残す”という本能があると思う?」
「ワシは、こう考えておる。
命とは、他者を生かすために在る――
“愛の力”なのだと」
その言葉が、胸の奥に、静かに染み込んだ。
「ワシの娘の命は……
ライラ。
お前を生かすための、“愛の力”となったのだ」
ライラが、はっと息を呑み、顔を上げる。
「よく来てくれたな……
可愛い孫よ」
「その顔……
アマネスに、よく似ておる」
「グラムディル王……」
「“じいちゃん”と、呼んではくれんか?
ライラ」
「そ、そんな……
急に……」
「ドウエンから、聞いたのだろう。
お前の父イズファルと、母アマネスの話を」
「……はい。でも……」
グラムディルは、ゆっくりと玉座を立ち、
確かな足取りで歩み寄った。
そして、その大きな体で、
壊れ物を扱うように、ライラを抱きしめた。
王の顔は、驚くほど穏やかだった。
「ずっと……会いたかったぞ。」
「ワシの我儘だ。
少しだけ……このまま、抱かせてくれ」
「……うん。
おじいちゃん……
ただいま……」
その光景を見つめながら、俺は思う。
今、この場に流れている力。
それは――
紛れもなく、“愛”の力だった。
ーーーー
その夜、宮殿では盛大な宴が催された。
石造りの大広間には長卓が並び、
肉と酒の香り、そしてドワーフたちの豪快な笑い声が満ちている。
「うわっはっはっは!
どうだ、ショータ!
この国の酒は、格別であろう!」
「はい!
正直……ここまでとは思っていませんでした。
最高に美味しいお酒です!」
「だろう?
この酒を飲まずして、グラムディルを語るなかれ、だ!」
豪快に杯を打ち鳴らし、王は満足そうに笑う。
「それに――どうだ?
グラムディルの女たちは。
皆、美しかろう?」
王の視線が、あからさまに卓を一巡した。
「は、はい……とても。
皆さん、本当に強くて、美しい……」
「うむ!
良い答えだ!」
グラムディル王は、にやりと目を細めた。
「さて、ショータ。
色々と話を聞きたいところだが……
まずは、一番気になっておることがある」
「な、なんでしょう?」
「ライラのことを、どう思っておる?」
「じ、じいちゃんっ!
そんなことを、いきなり聞かないでくれ!」
ライラは慌てて立ち上がり、顔を真っ赤にする。
「なんだ?
お前がショータ殿を好いておるのは、
見ればすぐに分かるぞ?」
「そ、それは……!
ショータ殿には……大切な人がいる……
だから……」
言葉を濁し、ライラは視線を逸らす。
「陛下」
俺は、ゆっくりと杯を置いた。
「俺は、ライラのことを大切に思っています。
命を預け合える、かけがえのない仲間です」
「それに……
いつも傍にいてくれる、
とても頼りになる存在でもあります」
「ふむぅ……」
グラムディル王は、腕を組み、しばし考え込む。
「まあよい!
二人とも、まだ若い!」
「これから、どうなるかなど分からぬ!
愛というものは、育つものだからな!」
「頑張れよ! ライラ!」
グラムディルはライラの背を叩いた。
「なっ……!?
も、もう……!」
ライラは耐えきれず、杯を掴んで一気に煽った。
「……ぷはっ」
その様子に、周囲のドワーフたちがどっと笑い声を上げる。
ーー
宴がひと段落し、
笑い声が少しずつ落ち着いた頃。
俺は、真剣な表情で口を開いた。
「陛下。
実は……聞いていただきたい話があります」
「ほう。
その顔……冗談ではなさそうだな。
話してみよ」
「“真理の神”が、現れました」
「……なに?」
杯を持つ王の手が、ぴたりと止まる。
「真理の神が……?
それは……
アマネスに入り込んだ、
あのエネルギーの一部か?」
「いいえ……
真理の神、そのものです」
「……なんだと?」
大広間の空気が、目に見えて変わった。
「真理の神は、
俺の大切な人の身体から魂を消し去り……
その身体をこの世界での“器”として、乗っ取りました」
「……目的は何だ」
「この世界を、混沌に陥れること。
永遠の存在である神の――
“暇つぶし”のために」
「……ふざけた話だ」
王の低い声に、怒りが滲む。
「シバにこの世界を作り直せと言ったのも、
混沌を生むため……
それが、ただの暇つぶしだと?」
「マルダという予言者がいます。
彼女は“地球”という星に生まれ、
幾度も転生を繰り返してきた存在だと言われています」
「彼女が暁の環を創り、
予言を広め、
世界を救う未来へ導いてきました」
「そのマルダが言ったのです」
「真理の神が執着する力――
“愛の力”こそが、
神を斃す唯一の鍵だと」
「……愛、か」
「アマネスの時と同じではないか……」
グラムディル王は、深く息を吐いた。
「あの時、真理の神はシバに言った。
“愛の力なら、私を斃せるかもしれない”と……
楽しみに待っている、と……」
「……シバはどうした?
暁の環に、いなかったのか?」
「ドウエンから話は聞きました。
ですが……
ライラも、俺も、
シバの存在をまったく知らないのです」
「……何?」
王の眉が、深く寄る。
「そうか……
では、イズファルは……」
「父さんは、一年前の戦いで命を落とした……
そして、その力は私が受け継いだ」
ライラは、拳を握りしめた。
「でも……じいちゃん。
おかしいんだ」
「おかしい、とは?」
「人が授力を受け継ぐ時、
重要な記憶も一緒に流れ込むと聞いた」
「でも……
父さんの記憶の中に、
シバも、母さんも……
この国の記憶すら、なかった」
「記憶が消されていたとすれば……
そんなことが出来るのは……」
「やはり……マルダ」
俺は静かに頷いた。
「間違いないな」
「真理の神の存在に気づいたマルダが、
世界を救う未来へ導くため、
イズファルの記憶を消した……
そう考えれば、辻褄が合う」
「もしかすると、シバも……
神の目から逃れるため、
その存在を隠されたのかもしれないな」
グラムディル王は杯を煽り、言った。
「ワシも思い出した」
小さく呟いた王は、遠い目をした。
「四十年ほど前……
イズファルとシバが国を立った直後、
魔法使いマルダを名乗る女が、
ワシの前に現れた…」
「“この国で起こったことは、
決して他国へ口外してはならぬ。”」
「“いつか、
真実を求める者があなたのもとに現れた時、
全てを伝えなされ。”」
「“それが、この世界を守ることになる”
そう言い残してな……」
「やはり……
この国にも、マルダが……」
「ショータ殿」
ライラは、静かに杯を置いた。
「次は、マルダだな。
彼女から、
父さんとシバの真実を聞き出さねばならない」
「ああ。
そして、三つ目の鍵。
“愛の転生者”…
何か手がかりは得られているだろうか…」
俺たちの前にはまだ隠された真実がある。
だが、確実に近づいている実感があった。




