第十話 沈黙の真実
その黒鉄の車体は重厚で、機関部を司る魔法石から魔導の流れが脈打つように淡く光っている。
心地よい魔力の振動が、低く空気を震わせていた。
「これが……魔法機関車か」
思わず声が漏れた。
「そうですぞ。
これに乗って、イズファルも宮殿を目指したのです」
「どれくらい掛かる?」
「この街は、グラムディルの中心に近い。
半日もあれば、宮殿に着きます」
俺は隣に立つライラを見た。
その横顔はこわばり、視線は機関車の先――まだ見ぬ王城へと向けられている。
「……ライラ。大丈夫か?」
「ショータ殿……」
少しの間を置いて、彼女は正直に言った。
「私は……怖いんだ。
グラムディル王に、会うのが……」
「ライラさん」
ドウエンが、柔らかな声で割って入る。
「陛下は厳格ではありますが……とてもお優しいお方です。
ご心配には及びませんぞ」
「半日の道中……また酒でも飲まれますかな?」
「いや」
俺は苦笑する。
「昨晩はたらふく飲んだ。
今日は、少し静かに過ごしたい」
「でしたら、なおさら好都合ですな」
ドウエンは頷き、俺の耳元に声を落とした。
「お二人は同じ特等客室をご用意しております。
ショータさん、ライラさんを頼みますぞ」
「あ、ああ……任せてくれ」
⸻
魔法機関車の特等客室は、まるで走る高級宿だった。
重厚だが、過度に華美ではない。
ドワーフらしい機能美に満ちた調度品が整然と並び、昨晩の宿屋よりも、むしろ心が落ち着く。
「ライラ……昨晩、あまり眠れなかったみたいだな」
彼女の目の下に残る、かすかな影が気になった。
「まだ時間はある。
少し休んだらどうだ?」
「うん……」
ライラは小さく笑う。
「ありがとう、ショータ殿。
でも……今は、眠れないんだ」
「そうか……」
少し迷ってから、俺は言った。
「……こっちへ来るか?
ライラ」
彼女は一瞬だけ躊躇い、それから小さく頷いた。
静かに歩み寄り、俺のベッドに身を預ける。
「ショータ殿……」
囁くような声。
「……私を、抱きしめてくれないか」
俺は何も言わず、彼女を抱き寄せた。
肩に腕を回し、艶やかな髪を撫でる。
唇が触れ合い、確かめるように重なった。
「……ショータ殿」
ライラの声は、かすかに震えていた。
「シバは……一体、何者なんだろうか……」
「……」
「私は父から、何も聞いていない。
ジュラに、そんな人物がいたという話も……聞いたことがない」
「俺も、ずっと引っかかっていた」
天井を見つめ、言葉を選ぶ。
「俺がこの世界に来る前の世界……
地球と呼ばれる星の神だった存在。
その神が人の姿を取り、この世界に来た……
それが、シバだ」
「この国に来て、人や街を見て……
グラムディルが自国の文化を守る、
閉鎖的な国だと知った」
「だから……
グラムディルから、シバやイズファル、アマネスの話が外に出ないのも、理解はできる」
ライラは、俺の胸元に額を寄せた。
「もし父さんが……
シバの存在を、意図的に世界から隠したのなら……
暁の環が、その存在を知らないのも、分かる」
「だが……」
ライラの声が、わずかに低くなる。
「“御方”……
予言者マルダが……
シバの存在を見落とすとは、思えない」
「……俺もだ」
俺は静かに頷いた。
「だから考えていた。
マルダが、イズファルに口止めした可能性を」
「そうなんだ……私も、そう思う」
「グラムディルの外の世界に、
シバの痕跡が無さすぎる。
……これは、あまりにも不自然だ」
「それに……」
ライラは続ける。
「父さんも、シバも……
グラムディルで真実を知った。
未来に起こる、この世界の混沌の元凶が……
“真理の神”であることを」
「だがイズファルは……
あくまで暁の環の、マルダの予言に従っていた」
「そう……まるで、
そうしなければならないように」
「ああ」
俺は、はっきりと肯いた。
「この二人の動きには、
まだ明かされていない秘密がある。
そして……二人にマルダが関わっているのは、ほぼ確実だ」
ライラは、俺を見上げる。
「シバではなく……ショータ殿。
あなたが、予言の“二つ目の鍵”だったこと」
「父は、シバこそが二つ目の鍵だと……
信じていたはずなのに」
「……俺である理由」
息を吐く。
「シバは、生きているのか……
もし、すでにこの世にいないのなら……
彼は、この世界に何を残した?」
「ショータ殿……」
ライラの瞳が、強い光を帯びる。
「リアナ様の身体を乗っ取った神……
あれが“真理の神”ならば……
神を殺せる力を持つシバの秘密を、
必ず解き明かさねばならない」
「ああ」
俺は、彼女を抱く腕に力を込めた。
「やはり、グラムディルには……
俺たちが知らなければならない秘密がある」
「俺たちが、この国に辿り着いたのも運命なら……
きっと、イズファルとシバの真実にも辿り着く」
「……私は」
ライラは、静かに言う。
「ショータ殿を護る者だ。
どこまでも……ついて行く」
「頼りにしてる、ライラ」
迷いなく答えた。
「俺には……お前の力が必要だ」
魔法機関車は、低く唸りながら走り続けていた。
半日後――
二人は、沈黙する世界の真実に、さらに近づくことになる。




