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暁光の勇者と運命の指輪  作者: 茶太郎
第十六章
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第九話 奇跡の子

酒場には、重く沈んだ空気が漂っていた。

杯の触れ合う音も、誰かの笑い声もない。


ただ、言葉にならないざわめきだけが、逃げ場なく場を満たしている。


ドウエンの語った真実を前に、

さすがのライラも、それをすぐには受け止めきれずにいた。


「……ドウエン……」


かすれた声が、喉からこぼれる。


「私は……

シバに……造られた存在、なのか……」


視線は宙を彷徨さまよい、焦点を結ばない。


「ライラさん」


ドウエンは、慎重に言葉を選ぶように口を開いた。


「ワシは、真実を包み隠さずお話ししました。

……この話を聞いて、あなたは、どう感じられましたかな」


ライラは唇を震わせ、言葉を探す。


「私は……

イズファルの娘……

そして……

アマネスの娘であり……生まれ変わり……」


そこで、こらえていたものが、静かに決壊した。


ぽろり、と。

一滴の涙が頬を伝い、床に落ちる。


「ライラ……」


俺は、黙ってライラの手を握った。


「ライラさん……」


ドウエンの声は、静かだが、確かな温度を帯びていた。


「あなたは、確かにシバによって生み出された生命です。

しかし――」


一拍、置く。


「あなたの中を流れる熱い血は、

紛れもなく、アマネス様とイズファルのもの」


「そして……」


ドウエンは、まっすぐにライラを見据えた。


「アマネス様の心も、

あなたには受け継がれているはずです。

……シバが、そう強く願っていましたから」


ライラは、自分の手を見つめる。


「……私の膂力りょりょくと雷は……

母の死による授力じゅりょくでは、なかったのか……」


「あなたの膂力も雷も、アマネス様の力そのもの。

生まれ変わりとして授かった力でしょう」


ドウエンは、静かに頷いた。


「膂力も雷も、ドワーフであれば誰しもが持つ力。

しかし……アマネス様の力は桁違けたちがいでした」


「その力を、ライラさんはそのまま受け継いでいるのです」


ライラは、小さく息を吸う。


「……そして、私の“忍びの力”は……」


言い終わる前に、答えは分かっていた。


「……疑いようがない。

父イズファルの死によって……

血の繋がりから授かった力だ」


「その通りです」


ドウエンは、はっきりとうなずいた。


「ライラさん、あなたは――

三人の絆が生んだ、“奇跡の子”」


その言葉は、祝福であり、同時に重い責任でもあった。


「そして……

イズファルとシバにとって、生きる希望だったのです」


「……私が……生きる、希望……?」


「ええ」


ドウエンの視線が、遠くを見る。


「ワシが最後に見たイズファルとシバは、

グラムディルを旅立つ日の二人でした」


「イズファルの胸には……

あなたが、しっかりと抱かれていた」


その光景を、噛みしめるように語る。


「アマネス様の死は、

二人に深い悲しみを植え付けました。

……それでも」


ドウエンは、微かに笑った。


「前に踏み出す二人の顔は、

強い意志に満ちていた」


「ライラさん……

あなたを連れて、三人で世界を旅すること。

それが、アマネス様の夢を叶える一歩だと、

イズファルも、シバも、分かっていたのです」


「アマネス様の夢……」


ライラは、静かに呟く。


「……世界を……知りたい、という夢を……」


酒場の重苦しい空気の中で、

その言葉だけが、確かな重みを持って残っていた。


ーーーー


旅立ちの日。

イズファルとシバは、王城の奥深く――謁見えっけんの間を訪れていた。


高い天井を支える石柱。

磨き上げられた床に、二人の足音だけが静かに響く。


玉座に腰掛けるグラムディルは、いつもより背を深く預けていた。

その目は王としての厳しさをたたえながらも、どこか柔らいでいる。


「……サンサーラへ戻るのか、イズファル」


低く、落ち着いた声が響く。


「はい」


イズファルは一歩進み、深く頭を下げた。


「グラムディル様。

約三年……身に余るお世話になりました」


「……ふむ」


短く息を吐き、グラムディルは言った。


「ライラのこと、頼んだぞ」


その一言に、王としての命令ではない、祖父としての願いが滲む。


「お任せください」


イズファルは顔を上げ、まっすぐに答えた。


「アマネスのように誇り高く、強く……

そして、誰よりも優しい女性に育ててみせます」


「うむ……」


グラムディルは小さく頷いた。


「ライラはどうやら、ドワーフの血が濃いようだ。

アマネスに似たら……お転婆てんばが過ぎるやもしれぬな」


わずかに口元が緩む。


「だが、それでよい。

愛嬌も、強さのうちだ。

あまり……固く育てるな、イズファル」


「はい」


イズファルは静かに応じた。


「ライラが立派に育ちましたら、すべてを話します。

そして、この国へ旅をさせましょう」


一瞬、言葉を選ぶ。


「娘が訪れた際は……どうか、可愛がってください」


「当然だ」


グラムディルは、はっきりと言い切った。


「イズファル。

ワシはお前の父だ。

ライラは、ワシの孫だ」


玉座から立ち上がり、一歩前に出る。


「家族を愛するのは、当たり前のことだ。

いつでも……戻って来い」


「父上……」


イズファルの声が、わずかに震えた。


「ありがとうございます」


「……そうだ!」


思い出したように、グラムディルが声を張る。


「例の物を忘れておった!

ドウエン! 持って参れ!」


「はっ!」


ドウエンが慎重に運んできたのは、布に包まれた巨大な物体だった。


「こ、これは……?」


「王家に伝わる大斧だ」


布が外され、年月を刻んだ鈍い光を放つ刃が姿を現す。


「本来は……アマネスに受け継がせるつもりだった。

だが――」


視線が、揺り籠に眠るライラへ向く。


「ライラに授ける」


「しかし……ライラは、まだ赤子です」


「よいのだ」


グラムディルは、迷いなく言った。


「ライラは赤子とは思えぬ膂力と、雷の力を持っておる。

泣き声とともに雷を落とす赤子など……ワシは初めて見た」


低く、誇らしげに笑う。


「この子なら、物心がつく頃には――

この大斧を振るえるようになるだろう」


「……そして、シバ」


「はい」


シバは一歩前に出た。


「お主の背負う宿命の重さは……

ワシにも、計り知れん」


一瞬、言葉を詰まらせる。


「だが……ワシは、お主を信じておる。

アマネスが信じた友、シバ」


「“真理の神”から……世界を護ってくれ。

頼んだぞ」


「グラムディル様……」


シバは深く頭を下げた。


「お世話になりました。

必ず……この世界の未来を救ってみせます」


「うむ」


グラムディルは、二人を見据えた。


「世界は、お前たちを待っている。

お前たちが動けば、世界も動く」


その声には、王の覚悟と、父の祈りが重なっていた。


「ワシは……そう信じておる」


そして、力強く告げる。


「行け!

世界を救う男たちよ!」


謁見の間に、その声が響き渡った。


――こうして、二人と一人の未来は、確かに動き始めた。

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