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暁光の勇者と運命の指輪  作者: 茶太郎
第十六章
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第六話 静寂の闇

「――記憶の深海から戻ってきたシバはな……」


ドウエンはすずの杯を高く掲げ、底に残った酒をためらいなく喉へ流し込んだ。

ごくり、と湿った音が、静まり返った酒場の空気を沈ませた。


「……憤怒ふんどほのおを瞳に宿しておった。

だがな……その奥にあったのは、怒りなどでは覆いきれぬほどの、深い悲しみじゃ」


杯を卓へ戻す音が、やけに大きく響く。

ドウエンは一拍置き、言葉を慎重に選ぶように続けた。


「シバは、“破壊と再生の神”。

“真理の神の分身”……

そして、“真理の力”を与えられし存在だったのだ」


「……だが、やはり…」


俺は息を呑み、言葉を絞り出す。


「壁の向こうの世界を消し去った力は……

“真理の神の仕業”だったのか?

歯向かったシバを、絶望に突き落とすために……」


「ワシらも、最初はそう考えた」


ドウエンは、ゆっくりと首を振る。


「だがな……

“真理の神”が彼に与えた絶望は、そんな単純なものではなかった」


声が低く沈む。


「むしろ――

この先こそが……

シバにとっての“本当の絶望”の始まりじゃ」


「……本当の、絶望……」


その言葉だけが、酒場の空気に沈み、誰も拾えぬまま残された。


ーーーー


シバは記憶を取り戻して以降、ほとんどの時間を研究室で過ごしていた。

笑顔は減り、代わりに思索しさくの影がその横顔に常に差していた。


――自分が消した世界を、取り戻す方法はあるのか。


その問いだけが、眠れぬ夜も、明けぬ朝も、彼を動かしていた。


二年が過ぎたある日、誰もが言葉を失う出来事が起きる。

文献に名を残すのみだった絶滅種の動物が、完全な“無”から生み出されたのだ。


それは魔法でも奇跡でもない。

創造主――神の所業そのものだった。


そして、その十日後。


シバは決意する。


壁の向こう側――闇に沈んだ世界そのものを、再生させることを。


ーーーー


謁見えっけんの間。

重厚な石壁に囲まれた空間で、グラムディル王は玉座に深く腰を下ろし、長く息を吐いた。


「シバが“地球”という星の“破壊と再生の神”であったとは……

正直、初めは信じ難い話であった」


王の視線が、ドウエンを越え、遠くを見る。


「だが、“真理の神”が与えたという“真理の力”。

この世界を消し去った力が“破壊”であるならば……」


視線が鋭くなる。


「――逆も、また然り、か」


「事実ですな」


ドウエンは重く頷く。


「記憶を取り戻してからの二年……

魔法石と彼の力で生み出された数々の技術は、

我らの常識を根底からくつがえしました」


「うむ」


王は小さく頷き、玉座の肘掛けを掴むように拳を握りしめた。


「だが、ワシが最も驚愕したのは……

先日、シバに発現した“無”から“有”を生み出す、本来の力よ」


「……完全な無から、生命を生み出す力。

あれこそが、“真理の力”の本質……」


わずかに生き延びた動植物を基に再生した時点でも、理解を超えておりましたが……」


ドウエンは苦笑を浮かべる。


「完全に絶滅した動物すら、再生させてしまうとは……」


「……やはり」


王は静かに断じた。


「彼には、“再生の神”としての力も確かにある」


「しかし……」


ドウエンの声に、不安がにじむ。


「闇に沈んだ世界そのものを、丸ごと再生させるなど……

本当に、可能なのでしょうか」


「それを成さねば…」


王は、目を閉じた。


「シバは、“真理の神”と相対するための“一歩”を、永遠に踏み出せぬのだろう」


「……我らに出来ることは…」


「うむ、ドウエン」


王は静かに頷いた。


「ワシらは信じるしかない。

シバを……」


ーーーー


「……僕が、消した世界だ」


壁に残る砦の縁から、シバは闇を見下ろしていた。

かつて海があり、命が満ちていた場所には、今は音も色もない。


「必ず……元に戻してみせる。

僕には……出来るはずなんだ」


「……怖いか、シバ?」


アマネスが、静かに隣へ歩み寄る。


「怖くないと言えば……嘘になる」


シバは、視線を逸らさずに答えた。


「世界を消した、あの力と同等の力を使おうとしている。

もし……逆に作用したら――」


拳が、無意識に震える。


「僕の中に……

とても恐ろしい――

僕自身が、もう戻れなくなる“別の未来”が、ちらつくんだ」


「それでも」


アマネスは強く言った。


「お前が前に進むため、神にあらがうためには、この闇を戻さなければならないんだろ?」


「お前には、私たちが付いている。

安心して、力を試せ」


「そうだ」


イズファルも、穏やかだが揺るぎない声で続ける。


「何かあれば、私が必ず君を止める」


「……ありがとう」


シバは、二人を見て微笑んだ。


そして、アマネスへ視線を移す。


「でも……アマネス。

もう、僕の大切な人は、君たち二人だけじゃないだろ?」


アマネスは少し照れたように微笑み、無意識に腹部へ手を当てた。


「……ああ」


「生まれてくる、この子のためにも……

美しいグラムディルの海を、取り戻してやってくれ」


「……ああ」


シバは、深く頷く。


「だから、君たちにお願いがある」


声が引き締まる。


「もし……

僕の力が、間違った方向に作用したら――

ドウエンさんや近衛兵にこの場を任せて……

アマネスはすぐに安全な場所へ逃げてくれ」


「イズファル、君もだ」


「危険を感じたら、アマネスを連れて迷わず離れてほしい」


「約束してくれ……

君たちにとって、一番大切なものを、間違えないことを」


三人の間に、闇が運ぶ静寂だけが流れた。


あまりにも静かで、

その静寂こそが――

三人の絆に訪れる悲劇の、確かな始まりであることを、まだ誰も知らなかった。

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