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暁光の勇者と運命の指輪  作者: 茶太郎
第十六章
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第四話 記憶の海

イズファルが、シバとアマネスと生活を始めて一ヶ月。


二人は、イズファルの指南しなんのもとで体術とぜんを学んでいた。


岩肌を踏みしめる足運び、呼吸に合わせた型。

アマネスは元より優秀な戦士で、体術は水が染み込むように身についていく。

だが、精神を磨く禅となると、どうにも落ち着きが続かない。


一方のシバは、まるで逆だった。

体術はからっきしで、何度転んでも動きは覚束おぼつかない。

それでも禅の時間になると、彼は目を閉じ、必死に自分自身と向き合っていた。

揺れる心を押さえ込み、逃げたい衝動に歯を食いしばって耐える――

その姿を、イズファルは何も言わずに見守っていた。


師弟していという言葉では収まらない距離。

気づけば、歳も立場も違わぬ三人の間には、

親友と呼べる絆が、静かに芽生えていた。


そして――

焚き火を囲む夜が、いつの間にか当たり前になっていた。


硬い岩壁に反響するまきぜる音。

微かに漂う焦げた木の香り。

夜気やきに冷やされた空気の中、

その穏やかな静けさが、三人の距離をゆっくりと縮めていく。


イズファルが語る世界の広さに、

シバとアマネスは、少年のように心を躍らせていた。


「エルフの国シルヴァリス、人間の国サンサーラ。

それぞれ文化は違うが、とても興味深いです」


焚き火を見つめたまま、シバは続ける。


「僕は……シルヴァリスの研究機関『天曜院てんよういん』に行って、

魔法具や薬学なんかを勉強してみたいな」


「エルフの国は、まだ人間を受け入れる寛容さが無い」


イズファルは、静かに言った。


「だが、女王エルフィリア様のような柔軟な考えを持つ方が、

いずれ国を変える時が来ると、私は信じている」


「ドワーフは国を出たがらないが、私は違う」


アマネスは薪を焚き火にくべながら言う。


「いつか他の国を見たいと思っていた。

イズファルの話を聞いて、その気持ちは益々強くなったよ」


一瞬、言葉を切り――


「父上は……

私が世界を知りたがっているのを分かって、

イズファルに学べと言ったんだ。今なら、分かる」


イズファルは、わずかに首を振った。


「私の話など、この世界のほんの一部分だ。

いつかは、二人自身の目で確かめるといい」


少し間を置き、声の温度が変わる。


「だが――

今、世界の中心は大戦の勝利国シルヴァリスだ。

この平和も、仮初かりそめに過ぎない」


「……世界は混沌に向かっている、という予言か?」


アマネスが、低く呟く。


「その混沌から世界を救うと言う“三つの鍵”。

あかつきに伝わる予言か……」


シバが、静かに言葉を継いだ。


焚き火の炎が揺れ、

石壁に映る三人の影が、ゆらりと歪む。


「そうだ」


イズファルは炎から目を離さずに言う。


「暁の環は、その予言に従い“三つの鍵”を探している。

父上のめいを受け、世界を知る旅に出て――二年」


火の粉が、ぱちりと弾けた。


「そして、このグラムディルに辿り着いた」


ゆっくりと振り返る。


「この国で――

シバ、君の話を聞いた時に感じたんだ」


一拍。


「この国に……いや、

君の存在そのものに、

世界の未来に関わる“何か”がある、と」


「……イズファル」


シバは唇を噛みしめた。


「シバが……鍵だと言うのか?」


アマネスの問いに、イズファルは首を横に振る。


「まだ、分からない。

だが、“迷いの転生者”と呼ばれる二つ目の鍵――

その条件に、君は当てはまる可能性がある」


「……僕が?」


声が、かすかに震えた。


「僕が……世界を救う転生者であるはずがない。

だって……」


拳が、膝の上で強く握られる。


「僕は……

世界の一部を、消し去ってしまったんだ……」


沈黙。

焚き火の音だけが、重く流れる。


「シバ」


イズファルは、低く、確かな声で言った。


「君と過ごして、一ヶ月。

私は、君の中に“善”を見た」


「二年前――

君が世界の一部を消した日。

それは、君自身の意志ではなかったと、私は信じている」


「そうだ、シバ」


アマネスが腕を組む。


「最初から言ってるだろ。

お前には世界を消し去る度胸なんて、ねえ」


「……アマネス」


シバは小さく笑い、すぐに視線を落とした。


「シバ」


イズファルの声が、わずかに強まる。


「何か、思い出せないか?

あの日のこと……

君の記憶が、今は頼りなんだ」


「君がこの世界に現れた“目的”。

そして、“神”という存在について」


「……やめろ、イズファル」


アマネスが割って入る。


「シバは、何度も思い出そうとしている。

無理だっただろ。もう、よせ……」


「アマネス」


イズファルは、視線をらさない。


「これは、シバのためでもある」


「辛いこと、苦しいことから逃げ続けていては――

人は、前に進めない」


炎が、大きく揺れた。


「シバの心は、あの日にとらわれたままだ。

その呪縛じゅばくが、君の足をからめ取っている」


一歩、近づく。


「シバ。

君の記憶の“深い部分”に、心を開け」


「恐怖を受け入れろ。

それが――今の君に、必要なことだ」


シバは、深く息を吸った。

胸の奥が、きしむように痛む。


「……イズファル。君の言う通りだ」


「僕は……

世界を消した“力”を思い出すことに、怯えていた」


「何のために、この世界に来たのか。

それを知るのが……怖くて、逃げていた」


一瞬、うつむき――

ゆっくりと、顔を上げる。


「だけど……

君やアマネスと一緒に過ごして……

僕にも、夢が出来た」


「この世界を、もっと知りたい。

自分の足で、この広い世界を歩いて――

見て、感じて……

たくさんの人と、出会いたい」


焚き火の光が、揺れる瞳に映る。


「だから……もう、逃げない」


「前に進むために……

僕は、自分の“記憶の海”に、潜ってみるよ」


声が、わずかに震えた。


「もし……

僕がまた……

世界を消すような僕に、なってしまったら……」


視線が、二人を結ぶ。


「アマネス……イズファル……

友として……

その時は、僕を止めてくれ……」


沈黙。


そして――

アマネスが、力強く笑った。


「ああ。大丈夫だ。

そんなことには、ならねえさ」


イズファルと、短く視線を交わす。


「だが、もし……万が一、そうなったら」


「私とイズファルで、

お前を引き戻してやる」


「心配するな」


焚き火が、ぱちりと音を立てた。


その炎は、

深く暗い記憶の海へ潜るための、

小さくも確かな――

灯台だった。

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