第十一話 愛の王
グラムディル王国の宮殿――
《エル・ドゥラ》は、“世界を隔てる壁”の中でも最も高く、最も広い岩山を丸ごと掘り抜いて築かれた巨大建造物であった。
掘削の際に生まれた鉱石は、そのまま柱や壁、床へと加工され、
宮殿そのものが山の一部であり、山がそのまま王宮となったかのような造りをしている。
華美な装飾はない。
だが、無駄を削ぎ落とした直線と、計算し尽くされた構造が放つ威厳は、
見る者に“抗えぬ重み”を感じさせた。
――これこそが、ドワーフの機能美。
そのエル・ドゥラの最奥、謁見の間に、イズファルとドウエンは並び立っていた。
天井は高く、太い石柱が幾重にも連なり、
玉座の背後には、淡く輝く魔法石の脈動が静かに流れている。
「陛下。
連れて参りました。
こちらがイズファルと申す人間でございます」
「うむ、ドウエン……
ご苦労だった」
低く、しかしよく通る声だった。
ドウエンは一歩退き、イズファルを前へと促す。
イズファルは紅い絨毯を進み、
玉座の前で静かに跪いた。
「遥か北、砂漠の国サンサーラより参りました。
イズファルと申します」
一拍、間を置き――
「グラムディル王。
このような、素性の知れぬ人間に謁見の機会を賜り、深く感謝いたします」
「うむ……」
王は、じっとイズファルを見つめていた。
グラムディルは他のドワーフより一回り、いや二回りほど大きな体躯に、立派な長い髭をたくわえている。
その鋭くも、どこか温もりを宿した瞳に、イズファルは吸い込まれそうになった。
「サンサーラより、この辺境の国まで一人で辿り着いた人間……
どのような者か、ワシもこの目で見ておきたくてな」
玉座から、わずかに身を乗り出す。
「そう固くなるでない、イズファル」
「……はっ」
顔を上げた瞬間、
イズファルは“見られている”と感じた。
――ただ見られているのではない。
測られているのだ。
「良い目をしておる。
若いが……熟練の戦士の光を帯びた瞳だ」
王は、ゆっくりと言葉を続ける。
「相当、厳しい修行を積んできたな?」
「……陛下は、ご存知でしょうか」
イズファルは問い返した。
「シルヴァリスとサンサーラを取り巻く、今の情勢を」
「うむ……」
王は深く頷く。
「かの大戦以降、サンサーラは急速に力を取り戻し、
今やシルヴァリスに匹敵する大国となったと聞く」
「共生を掲げていると聞くが……
実際は、どうだ?」
「……ご懸念の通りです」
イズファルは迷いなく答えた。
「政府は共生を掲げておりますが、
人間至上主義を掲げる“黒梟”なる組織が暗躍しております」
「政府内部にも……
腹に一物抱える者がいる可能性は否定できません」
「なるほど……」
王は、低く唸る。
「サンサーラは、すでに火種か」
「火種というなら……
より危ういのは、シルヴァリスです」
イズファルは言葉を継いだ。
「エルフ至上主義、人間排斥を唱える長老会派が勢力を伸ばしております」
「若き女王エルフィリア様は聡明ですが……
“弓の勇者”が築いた長老会の力には、まだ及びません」
「……女王の夫が亡くなられた件か」
王の声が、わずかに沈む。
「シルヴァリス王の後継が……
残念なことだ」
「その死にも、長老会が関与しているとの噂があります。
シルヴァリスの内情は……
サンサーラ以上に、深い闇を抱えています」
「一度、燻り始めた火種は……
容易には消えぬな」
王はそう呟き、視線を戻した。
「イズファル。
お主はこのグラムディルに、何を求め来た?」
イズファルは、静かに息を整える。
「私は、“暁の環”という組織の者です。
その創始者は予言者であり、我らに使命を遺しました」
そして、予言を語る。
『――この世界に再び混沌が訪れる時、三つの鍵が現れる』
語り終えた時、
謁見の間には、重い沈黙が落ちていた。
「……なるほど」
王は、ゆっくりと頷く。
「その鍵……
この国に、一つあるかもしれぬ」
イズファルの胸が、強く脈打つ。
「はい……
道中、ドウエンより話を聞きました」
「“神の力”を持つ転生者……」
「聞いておるなら話は早い」
王は、静かに告げた。
「ワシがお主を呼んだのは、そのためだ」
そして、低く――しかし確かな想いを込めて言った。
「ワシは……
あの青年を助けたい」
「同じ人間であるお主なら、
何か出来るのではないかと思ってな」
「……陛下」
イズファルは、正直に問い返す。
「世界を消し去る力を持つ者を……
それでも、助けたいと?」
「ドワーフとは、そういう種族だ」
王は迷いなく答えた。
「一度、内に迎え入れた者は……
友であり、家族だ」
「子が苦しんでおるなら、
守りたいと思うのが親心であろう」
その言葉に、
イズファルは胸の奥が、熱くなるのを感じた。
「……この国から、学ばねばならぬことが多いようです」
そして、深く頭を下げる。
「陛下。
私に何が出来るか分かりませんが……」
「出来ることなら、何でもいたします」
「その転生者に――
会わせてください」
イズファルは、
運命の渦に足を踏み入れたような、確かな感触を感じていた。




