第六話 ドワーフの血
長い隧道を越えた、その先――
俺たちの視界は、一瞬で塗り替えられた。
煌めく光が、波のように押し寄せてくる。
地下とは思えない、途方もない巨大空間。
その“天”には、まるで幾千万の星々が散りばめられたかのような光が浮かんでいた。
白く、澄み切った輝き。
昼の空そのものが、岩の内側に封じ込められているようだった。
思わず、息を忘れる。
「……ドウエン。ここは……地下都市なんだよな?」
「じゃあ……あの空は……?」
声が、自然と小さくなる。
「ショータさん。あれは空ではありませんぞ」
ドウエンは誇らしげに、しかし静かに言った。
「“世界を隔てる壁”をご覧になったでしょう。
あの天にも届く岩山――
それを、内から掘り上げ、削り、広げて生まれた巨大空間。
それがグラムディルです」
「では……」
「ええ。あの空に見えるものは、
無数の魔法灯を埋め込んだ岩壁。
昼の太陽の代わりとなる、我らの“天”ですな」
「……あの、縦にも横にも果てしない山脈を……
ドワーフたちは、内側から掘り上げたというのか……?」
自分の声が、どこか現実味を失って聞こえる。
「先ほど通った隧道は、入口の一つに過ぎませぬ。
“世界を隔てる壁”には、
あのような隧道が……何千と存在しておるのです」
「……何千……」
数字を聞いた瞬間、感覚が追いつかなくなる。
「ワシらドワーフは、
魔法石、鉄鉱石、金、銀……
岩山が与えてくれる恵みを掘り続けてきました。
長い時を掛けてな」
ドウエンは歩きながら、静かに続ける。
「そして、気づけば――
このグラムディルという国が、そこに在った。
それだけのことです」
「……一体、どれほどの時間を……」
「今も、国は広がっておりますぞ。
ドワーフの暮らしと共にな」
ドウエンが、耳を澄ませるように顎を上げた。
「ほれ……聞こえるでしょう?
鉱夫たちの歌と、
岩を砕くツルハシの音が」
遠く、低く、重なり合う響き。
この国が“今も生きている”証だった。
「……ハクが造った谷底都市バースにも驚いたが……」
俺は、正直な感嘆を口にする。
「この国は……
ツルハシだけで築かれた都市なんだな……」
「恐れ入るとは、こういうことだな」
ライラは吐息混じりに小さく呟いた。
「ショータ殿。
さあ、暗くなる前に街へ入りましょう」
「……暗くなる?」
「星のような魔法灯は、
昼は太陽のように輝き、
夜は美しい星空へと変わります」
ドウエンは、少し笑った。
「地下にあろうとも、
地上と同じ時の流れで、
同じ暮らしを営む。
それがグラムディルです」
「……谷底都市バースも、
時間に合わせて明るさが変わっていたな……」
人は、どこにいても太陽を求める。
その事実が、胸に静かに染みていく。
「さて――」
ドウエンが前を指す。
「国王の宮殿は、まだまだ先ですぞ。
今宵は街で宿を取りましょう」
「グラムディルの街……」
ライラの声が、弾む。
「どんな街なんだろうな!
ショータ殿!」
「酒は飲めますかな?」
ドウエンは酒を煽るそぶりをした。
「もちろんだ!」
ライラは即答だった。
「ショータ殿。
今日は付き合ってくれよな。
酒好きで有名なドワーフの街だぜ?」
「分かった、分かった!
だから引っ張るなって……!」
「わっはっは!」
ドウエンの豪快な笑いが響く。
「これはこれは……
ショータさん、完全に尻に敷かれておりますな」
「さすが……ドワーフの血」
「……ん?」
その言葉が、胸の奥で小さく引っかかった。
周囲のざわめきが遠のき、
一瞬、空気が止まる。
「……ドワーフの血?」
「……おっと、失敬。
つい、口が滑りましたな」
ドウエンは、誤魔化すように長い顎髭を撫でる。
「ライラさん。
街の民を、ようく見てみなされ」
「……民?」
俺も、周囲へと視線を巡らせる。
行き交うドワーフの女たち。
女たちは皆、背が高く、
彫刻のように引き締った美しい体躯に、長い手脚。
凛とした眼差しが魅力的だ。
「……あ……」
ライラの歩が遅くなる。
そして、足が、止まった。
「……今、気づいた……」
声が、わずかに震える。
「……ドワーフの女たち……
私に……そっくりじゃないか……?」
言葉を失った彼女の横顔を、俺は黙って見つめていた。
「ふふ……気づかれましたかな」
ドウエンは、穏やかに頷く。
「ライラさん。
あなたはハーフエルフですな。
耳はワシらより少し短く…
肌の色も少し淡い」
一拍、置いて。
「ですが――
どう見ても、ドワーフの血が流れておる」
断言だった。
「……私に……
ドワーフの血が……?」
驚きと戸惑いが混じった声。
だが、その奥には――
どこか、納得にも似た響きがあった。
「今宵の酒場で、ゆっくり話しましょう」
ドウエンは、にやりと笑う。
「ドワーフなら誰もが知る……
ライラさん、あなたの出生の秘密を」
「……私の……出生の……?」
ライラの視線は、
煌めく地下の街へと向けられていた。
その背中が、ほんの僅か――
これまでよりも近く感じられた。




