第三話 重なる未熟者
「しかし……この岩山……
下から見上げると……
改めて、威圧感が半端ないな……」
俺は天に聳える岩山を見上げると、吸い込まれそうな大自然の圧を感じた。
「あの雷雲が、遥か上空に見える。
そのさらに先にも、まだ壁が続いていたんだ。
空から越えられないわけだな」
岩山の麓に広がる密林に足を踏み入れると気候が一変していた。
「……この生暖かく、じっとりした雨……。
ジュラの気候に似ているが、
光が差さない分、どうにも気が滅入る」
俺は体に張り付く湿った空気と雨のせいか、身体が重く感じていた。
「私はな、ショータ殿。
あなたと一緒なら、どんな場所でも心は晴れているぞ」
ライラはそう言って笑い、
俺の手を掴んだ。
「ほら、行くぞ!」
「ちょ、ちょっと待て、ライラ……!
足元が濡れて滑る……っ」
言い終えるより早く、
視界が傾いた。
「――っ!」
「ショータ殿!?」
地面に叩きつけられ、
全身から力が抜ける。
「大丈夫か!?
すまない……怪我はないか!?」
ライラが俺の身体を起こそうとした、その時。
「……ショータ殿……?
なんだ、この熱は……?」
「だ……大丈夫だ……。
少し……休めば……」
「ショータ殿……!」
意識が、闇に沈んだ。
ーーーー
「……うう……」
「ショータ殿……!
気づいたか?」
「……ライラ……?
ここは……?」
「巨木の“うろ”だ。
雨を凌ぐには、丁度いい場所だった」
薄暗いが、雨音は遠い。
湿った木の匂いと、微かな温もり。
「……熱は、下がったようだな。
ほら、雨水を沸かした。飲んでくれ」
差し出された水を受け取り、
俺は一息で飲み干した。
身体に染み渡るようだ。
「私の炎で、濡れた服も乾かした。
この“うろ”の中も、かなり湿っていたが……」
ライラは周囲を見渡した。
敷き詰めた柔らかな葉をぽんぽんと叩き、少し誇らしげに言う。
「どうだ?
ちゃんと乾いているだろう。
なかなか、居心地も悪くない」
「ありがとう……。
すごいな……。
ライラの力って、こんな使い方もあるんだな……」
「……ショータ殿」
ライラの声が、少しだけ低くなる。
「熱は下がったが、
まだ無理はするな」
「ここまでの十日間、
星牙とずっと精神を繋いでいたのだろう。
体への負担は……
あの子以上だったはずだ」
「……少し、ここで休もう」
「ああ……。
そうする……」
俺は目を閉じ、息を整える。
「……ライラ。
ありがとうな……」
「私は……
ショータ殿……」
ライラの声は、柔らかく、震えていた。
「あなたの役に立てるなら……
それだけで……
私は幸せだ」
「だから……
今は、何も考えず……
ゆっくり休め……」
瞼を閉じた、その時。
そっと――
温かな感触が、唇に触れた。
柔らかく、静かで、
祈るような口づけだった。
ーーーー
「ショータ殿。
もう大丈夫なのか?」
「ああ。心配かけた、ライラ。
寝不足だったみたいだ。
ずっと俺を抱きしめてくれてたんだな。
ありがとう。安心して、よく眠れたよ。」
ライラは顔を赤らめた。
「シ、ショータ殿。
朝飯がもうすぐ出来る。食べられそうか?」
「良い香りで、腹が減ったよ。
星牙の背中では暖かい物が食べられなかったからな。ライラは料理も出来るのか?」
「料理はイズファルに教えてもらったんだ。
限られた食材でも調理次第で格段に美味くなるんだ。」
「イズファル…
俺をルミエールから助け出してくれた時、ジュラまでの道のりで作ってくれたあの鍋が忘れられないよ。本当に美味かった…」
「イズファル…父さんは、本当に器用で何でも出来た。私も父さんみたいに…人のために尽くせる人になりたいんだ。」
「ライラは、イズファルの意思をちゃんと継いでいるよ。」
「まだまださ。
私なんて父さんの足下にも及ばない。
未熟者の私は、愛する人を護るのも精一杯。
だが、その想いは何よりも強い。
だから、ショータ殿。
私はあなたの傍を離れない…」
「ライラ…。昨日の夜のお返しだ…」
俺はライラに口付けし、そのままゆっくりと身体を倒した。
「シ…ショータ…殿…。朝飯が…」
「……俺だって、未熟者だ。
だから今は……止められない」
俺はライラを抱き寄せ、巨木の“うろ”の中で重なり合った。
パチパチと言う焚き火の音と、木々の葉に落ちる雨音だけが静かに響いていた。




