第一話 世界を隔てる壁
ターナを立ち、十日目の朝。
星牙に乗る俺たちの眼前に、山のように盛り上がった雷雲が立ちはだかった。
空を覆い尽くす黒紫の雲。
その内部では、無数の稲妻が獣の咆哮のように蠢いている。
『星牙! この雲は危険だ! 迂回しよう!』
『ショータ! 大丈夫だ!
雷なら、ライラさんがいるじゃないか!』
『ライラさん! 今から雷雲に突っ込む!
だからお願いだ! 僕らを護って!』
『まかせときな、星牙!
安心して突っ込め!』
『いくよ! ショータ! ライラさん!』
星牙は一切の躊躇なく翼を打ち、雷雲へ飛び込んだ。
次の瞬間、視界は白に塗り潰され、天地が激しく揺さぶられる。
激しい風雨。
耳を裂く轟音。
そこはまさしく、雷の巣だった。
『ライラ! 大丈夫なのか⁈』
『星牙! びびって横に振れるんじゃない!
私を信じて、真っ直ぐ飛べ!』
『ライラさん! 信じてるよ!』
星牙は全速力で雷雲を突き進む。
その背で、ライラは大斧を鞭に括り付け、豪快に振り回し始めた。
『さあ! 雷よ!
全部まとめて、私が受け止めてやる!
遠慮せず、全力で落ちて来な!』
――閃光。
――轟音。
四方八方から奔流のように稲妻が走り、星牙を呑み込もうとする。
だが雷は、まるで意思を持つかのように、次々とライラの斧へ吸い寄せられていった。
『雷が……滝みたいだ! あっはっは!
なんて気持ちいい!
——生きてるって、こういうことだろう!』
五大属性――火、風、雷、土、水。
世界を構成する偉大な力。
ライラは母から雷の授力を、父イズファルから火の属性を授かった能力者だ。
今、彼女はその力を、存分に解き放っていた。
『さすがだ、ライラ!
雲の端が見えてきたぞ!』
『行けーーー! 星牙!
一気に突き抜けろーーー!』
雷雲を抜けた、その瞬間。
突如として現れたそれは、
山でも、崖でもなかった。
——空そのものが、断ち切られている。
まるで世界の端に立たされたかのような、異様な光景。
『星牙! 避けろーーー!』
反射的に叫ぶ。
星牙は身体を捻り、急上昇した。
『うぉおおーーーーーー!!』
巨体が空に煽られ、荷台が天を仰ぐ。
『しまった……! 落ちる!』
体勢を崩したライラの身体が浮いた。
『ライラ! 掴め!』
俺は必死に手を伸ばし、ライラの手を掴んだ。
『ライラ! 絶対に離すな!』
『はい! ショータ殿!』
『ぬぉおおっ!』
渾身の力で引き寄せ、ライラを荷台へ引き戻す。
『ライラ! 俺にしっかり掴まれ!
星牙! 体勢を戻すんだ!』
『ショータ!
とんでもない高さの岩山だ!
どこまで昇っても、頂上が見えない!
仕方ない……宙返りで立て直す!
振り落とされないよう、しっかり掴まってて!
いくよ!』
星牙は壁と反対方向へ身体を返す。
『くおおおおーーー!
ライラ! 離すなよーーー!』
『ショータ殿!
私を、離さないで!』
『もう少しだ!
頑張れ! 二人とも!』
やがて星牙の巨体は空中で反転し、
巨大な岩壁と並行する姿勢に落ち着いた。
『はあ……はあ……。
あ、危なかった……。
まさか、空にこんな壁があるなんて……。
ショータ、ライラさん!
大丈夫かい?』
『ああ……。
なんとか無事だ……。
目がひどく回っているがな……』
『ライラさん! 無事かい!?』
『星牙……感謝する……
私は……すごく、幸せだったよ……』
ライラは俺にしがみつき、恍惚とした表情を浮かべていた。
『あはは!
無事で何より!
ライラさんの役に立てて良かったよ!』
『星牙……この壁、どこまで続いてる?』
『ショータ……どこまでもだ。
これは、もしかして……』
『もしかして、じゃない。
間違いない……』
俺は目の前の岩壁を見上げ、言った。
『――“世界を隔てる壁”。
グラムディルだ』
鉱山都市国家――グラムディル。
シルヴァリス王国から遥か南、連なる超巨大山脈の奥に存在する国家。
世界の果てかと思うほどの岩山が連なり、
古来よりその山脈は、こう呼ばれてきた。
“世界を隔てる壁”。
緑豊かな山々とは似ても似つかない。
岩山の拠点ガンロの比ではない。
天に届きそうな切り立つ岩壁。
その端は、どこまで目を凝らしても見えなかった。
この巨大な壁は――
まるで、外の世界を拒絶するかのように、
静かに、そして圧倒的に、立ちはだかっていた。




