第六話 動き出す歯車
王城メサイア。
謁見の間には、重苦しい沈黙が流れていた。
バース国幹部たちが集まり、治療中の者と各都市には魔法鏡が繋がれた。
そして、
リアナとショータがいた集中治療室での出来事が、ノブナの口から静かに淡々と伝えられた。
「神が、本当の敵だと? そんなことが…!
我らの世界が…神の戯れで造られたおもちゃだと言うのか!」
魔法鏡の中からルーサ侯爵ラシードが吠えた。
「落ち着け。ラシード。みんな同じ気持だろうよ。
しかし…ライラ。
暁の環の御方が表に出てこられた今、我らに出来ることは何だ?」
シオラ侯爵エースが問う。
「マルダ様は、私たちのことを“抗う者たち”と言った。
我ら暁の環に、まだ、出来ることはあるのでしょうか?」
「ありますよ、ライラさん。
まず、あなたには辛いことかもしれませんが…
リアナがいなくなり、空っぽになったショータさんを癒してあげてくれませんか?
頼めるのは…あなたしかいないのです。」
「私が…ショータ殿を…」
ライラは口を噤む。
「私なんかに…
ショータ殿を癒すことなど出来るだろうか…」
ライラは自信なさげに俯いた。
「……ライラ。
ショータ殿の様子は?」
エルフィリアの問いに、ライラはゆっくりと首を横に振った。
「駄目だ……。
部屋から一歩も出てこない。
私が声をかけても……届いていないようだ……」
言葉の最後が、かすかに震え、
ライラは、無意識に自分の腕を抱きしめていた。
「ライラ…。
マルダの言う通り、ショータ殿の傍にいたお前に任せるしかない。
難しいことだが…頼む。」
ノブナがライラに頭を下げる。
「そして…。暁の環の皆さん、今まで私の祠を守ってくださりありがとうございました。
あなた方にお願いしたいこと…。
それは、“三つ目の鍵”を見つけることです。」
マルダは言った。
「三つ目の鍵とは、マルダ様。
“愛の転生者”か?」
ラシードが言う。
「はい。“愛の転生者”…
その姿は私にも分かりません。
男なのか…女なのかさえ。」
「それで、どうやって探せば良いのか…」
魔法鏡の中で、騒めきが聞こえる。
「転生者であることは間違いないのです。
とすれば、現れるのはサンサーラである可能性が高い。」
「なるほど、サンサーラに新たに現れた転生者がいないか調べれば良いのだな!」
ラシードは言った。
「ショータ殿のように、サンサーラではない場所に転生した者がいないかも徹底的に調査しよう。
各都市に流れている転生者も片っ端から調べてくれ。」
ライラが指示を出す。
続いてバルドランが口を開く。
「エルフィリア様。
魔王討伐後、シルヴァリスは混乱を極めております。このままでは、混乱に乗じてサンサーラが新たな戦を仕掛けてくるやもしれませぬ。」
「バルドラン。
シルヴァリスは、バースに併合する。
セレスティアを領主とし、直ちに動きなさい。
ムシャカ、あなたの魔蝕人は使えます。
バルドランとともにシルヴァリス併合に力を貸しなさい。」
「はっ。女王陛下、あんたの言うことなら何でも聞いてやるよ。任せときな。」
「ムシャカ! 私たちをシルヴァリスの僻地に飛ばしてくれ。」
魔法鏡から声をあげるのは、治療室にいたレキルだった。
「私も、ヒキガも、ツムリも。もう動ける。
シルヴァリス領地の転生者を片っ端から調べてみせるよ。」
「母さん、僕も。」
ランマルが声を上げる。
「ランマル。
お前には重要な役目がある。
バース国の首都をターナに定める。
シルヴァリスとサンサーラの中心に位置し、天竜や地竜の育成も出来る要衝だ。
この首都の長、お前に頼みたい。」
「ランマル。
あなたがバースを守り国民を守る姿勢は、誰もが認めています。
ランドルフ亡き後、民を想いこの地を守る重要な役目、担ってくれますか?」
エルフィリアが言った。
「御意。命を賭けて、この地を護ります。」
「オウル! いるか?」
ノブナが言う。
「はい。ここに。」
オウルがライレンの魔法鏡に姿を現す。
「オウル。サンサーラへ飛べ。
サンサーラ政府におかしな動きが無いか調べろ。」
「それと…
“サンドリッジ商団”のファルゴをメサイアに招聘する。
先日の褒賞と、一つ頼みがあると伝えてくれ」
「はい。直ちに立ちましょう」
オウルは魔法鏡から姿を消した。
「マルダ様、“三つ目の鍵”はバース国が総力を上げて見つけ出してみせます。」
ノブナは力強く告げた。
「……マルダ。
いや、卑弥呼と呼べば良いのか?」
エルフィリアが落ち着いた声で語りかける。
「マルダで結構ですよ、エルフィリア様。
この世界で“卑弥呼”と呼ばれることには……まだ、慣れていませんので」
「そう……」
エルフィリアは一度、目を伏せた。
「あなたは……
リアナが、こうなる未来を視ていたのですね」
「……はい」
短く、しかし重く頷く。
「リアナにも……見せた未来の断片です」
「では……
リアナ自身も、こうなることを……?」
「はい」
マルダは、静かに息を吐いた。
「リアナは……ずっと覚悟を決めていました。
ショータさんと出会う前から……」
「私は神の目を避けながら、
何度も、何度も未来を探りました。
けれど……この未来だけは、変えられなかった」
言葉に、悔恨が滲む。
「まるで……
私が目指す未来――
世界を平和へ導くために、
どうしても必要な“犠牲”であるかのように……」
「……」
エルフィリアは、拳を握り締めた。
「ショータさんが現れ、
リアナと愛を育み始めた頃……
二人は、ルミエールの私の店を訪れました」
「その時、私は……
ショータさんに“未来を変える力”があるかを確かめるため、
あえて未来を見せたのです」
「しかし……結果は同じでした」
「リアナを失う未来を……
ショータさん自身も、視てしまった」
「……」
ライラが、歯を噛みしめる。
「ショータ殿は言っていた……
リアナ様が死ぬ未来など、必ず変えてみせると……」
「だが……叶わなかった……」
「……いいえ」
マルダは、静かに否定した。
「完全に、ではありません」
「私は未来への道を見つけた時……
“三つの鍵”を視ました」
指を折る。
「導きのエルフ――リアナ」
「迷いの転生者――ショータさん」
「そして……
愛の転生者」
「この最後の鍵に……
リアナの力が、必ず関わっているはずなのです」
「私はこの最後の鍵のためにも、
リアナとショータさんを、ここまで導く必要がありました」
「もし私の視る未来を神に知られていれば……
リアナは、神に抗うほどの力を得られなかったでしょう」
「……」
「時は、満ちました」
マルダの声が、静かに区切りを告げる。
「ここから先……
私は未来を視ることが出来ません」
「神に……覗かれてしまいますから」
「……なるほど」
エルフィリアは、ゆっくりと頷いた。
「あなたが祠から姿を現した理由……
それは、神に宣戦布告し、
時間的猶予を得るため……」
「その通りです、エルフィリア様」
マルダは、真っ直ぐ前を見据えた。
「だから……待ちましょう」
「ショータさんが、自ら動き出すその時を」
「そして――
“三つ目の鍵”が、現れるその時を」
この世界のあらたな歯車が動き出す音が聞こえるようだった。
しかし、誰もが、その先に待つ不確実な未来の行先を口にしなかった。
「母さん…」
静かに話を聞いていたリオンは最後に小さく呟いた。




