第二話 神の器
未だ、リアナは目を覚まさない。
その意識は、己の内側――
精神世界と呼ぶほかない場所で、ひとつの存在と対峙していた。
そこには、地も空もない。
色も、音も、温度すら存在しない。
あるのは、ただ一つ。
魂を押し潰すような、圧倒的な“圧”だけだった。
「お前のように、私のエネルギーを負荷なく受け入れられた者は、初めてだ」
響く声は、男でも女でもなく、年齢すら判別できない。
感情の起伏を一切持たない、語るためだけに在る声。
「シルヴァリスでさえ、私のエネルギーを一部融合しただけで――
魂は侵食され、姿形をエルフのまま保つことすら出来なかった」
リアナは、ぎゅっと奥歯を噛みしめた。
恐怖か、怒りか、自分でも判別がつかない。
「……だが、お前なら違う」
空間が、きしむ。
圧が、明確に強まった。
「その姿のまま、私の精神をこの世界に留めることが出来る」
「……魔王の正体は、あなたなの?」
声が、かすかに震える。
それでも、視線だけは逸らさなかった。
「シルヴァリスを蘇らせた悪魔も……
すべて、あなたの仕業なの?」
「私を……どうするつもりなのです!」
沈黙。
だが、それは思考の間ではない。
最初から、答えは決まっている。
「私は、知る必要がある」
淡々と、告げられる。
「私だけでは、知り得ぬものを」
「……何を」
「お前たちが“愛”と呼ぶものだ」
「――愛?」
思わず、声が裏返った。
「私がお前たちを生み出し、観察し続ける中で、
幾度となく遭遇した不可思議な力。
それが、愛だ」
「私はそれを……
自分自身で体験したい」
「……だから、私の中に?」
怒りが、胸の奥から一気に噴き上がる。
「あなた自身の姿で、この世界に降り立てばいいでしょう!
なぜ、私を――」
「私は、形を持たぬ」
言葉が、刃のように落ちる。
「エネルギー体であり、精神体。
幾度も試みた。人間の世界で、エルフの世界で」
「だが――
形を持たぬものが、この世界の者と“交わる”ことは出来ない」
「……だから、器が必要だった」
低く、断言される。
「それが、お前だ。リアナ」
リアナは、ゆっくりと首を振った。
「……あなたが、私の姿を得たとしても……
この世界の愛に、辿り着けるとは思えない」
「そうか」
一切の感情を含まぬ返答。
「それなら、それで構わない」
「この世界など、所詮――
私が戯れに創造したものだ」
「……あなたが神だなんて……
私は、認めない……!」
叫びは、魂そのものから絞り出された。
「神……?」
かすかな、嘲り。
「何度も言うが、私を神と呼んだのは、お前たちだ」
「私は、単なる存在だ。
生命体ですらない。
……いや、肉体を持たぬ精神体、か」
「私自身も、自分が何者なのか分からぬ」
「……なら、何がしたいのですか」
「無限の命を持つ私が、何を望むと思う?」
一拍。
「――暇つぶしだ」
次の瞬間。
リアナの視界が、白く弾けた。
眩い光。
世界が、消える。
やがて光は圧縮され、凝縮され――
黄金に輝く人型となって、果てのない闇の中に現れた。
『見えるか、リアナ』
『あれが、私だ』
『人間たちが“宇宙”と呼ぶ、この闇の中に――
私は、突然生まれた』
リアナは、神の創り出した精神世界の暗闇の中、
声に導かれるまま、ただ一つの光を見つめていた。




