第一話 神の視線
「ショータ殿。入るぞ」
ライラの声とともに、扉が静かに開いた。
「目が覚めたと聞いたが、気分はどうだ?」
「ああ……二日も意識を失っていたとはな。
でも、俺は大丈夫だ」
そう答えながらも、視線は自然と隣のベッドへ向かう。
「……それよりも、リアナが目を覚まさない」
「ショータ殿。
リオンは今も星牙の治療を続けているが、リアナ様については――
“治療は完全に終わった”と言っていた」
ライラは、わずかに言葉を詰まらせた。
「もう、自分にできることはない、ともな……」
「……リーネから聞いたよ。
“魔王の毒”……
リアナは今、何らかの“精神体”と戦っている可能性があるって」
その時だった。
再び扉が開き、ノブナとエルフィリアが姿を現した。
「ショータ。
目が覚めたようですね」
エルフィリアは部屋に入るなり、深く頭を下げる。
「魔王討伐を成し遂げたこと、心より感謝します」
「エルフィリア様……
ノブナ……ライラ……」
言葉を続けようとして、胸が詰まった。
「俺は……
また、多くの犠牲を出してしまった……」
声が、震える。
「シュテンさん、アオダ……
それに、ランドルフも……
ターナの民たちも……」
心臓を、直接掴まれたようだった。
「ショータ殿」
ライラは一歩近づき、そっと腕を回す。
「暁の環の者たちは皆、“御方”の予言に従い、あなたとリアナ様を守ることを使命としていました」
「シュテンも、アオダも、ランドルフも……
これまでに散った仲間たちすべてが、
この世界を混沌から救うために、命を賭けたのです」
「それは……あなた一人が背負う罪ではない」
その温もりに、張り詰めていたものが、わずかに緩んだ。
「……ありがとう、ライラ」
「ショータ殿」
ノブナが一歩前に出る。
「目覚めたばかりで申し訳ないのだが……
女王陛下の命により、あなたに会っていただきたい方がいる」
「この部屋に、お呼びしてもよろしいか?」
「……誰なんですか?」
エルフィリアが、静かに告げた。
「ショータ。
あなたが、よく知る方です」
ノブナが扉を開く。
そこに立っていたのは――
「……マ、マルダ⁈」
「ショータさん」
穏やかな微笑み。
「約束を果たし、魔王を斃してくれましたね。
……ありがとう」
「どうして……
祠から出られないって……」
「あなたのおかげです」
マルダは、はっきりと言った。
「私が視た未来は……
“第二段階”へ移行しました」
「第二段階……?」
かつての言葉が、脳裏をよぎる。
――終わりではなく、始まり。
「この世界に混沌を引き起こした“元凶”が、
いよいよ姿を現そうとしています」
「元凶……?」
「あなたも、すでに会っている存在です」
マルダは、静かに告げた。
「――“神”との戦いが、始まります」
部屋の空気が、一段重くなる。
「……神、だと?」
「私は、この世界に転生した
“はじめのにんげん”です」
マルダの声は、過去を撫でるように静かだった。
「神は、なぜ私をこの世界に呼んだのか……
私は、ずっと考え続けてきました」
「エルフィリア様。
人間が現れる前のこの世界について、ご存知ですか?」
「人間が現れる前……」
エルフィリアは、少し遠い過去を見つめるように視線を落とした。
「この世界は、我々エルフ族だけのものでした。
森に住むエルフ、山岳地帯に住むドワーフ……。
エルフ族は大きくこの二種族に分かれていましたが、
互いの領地を侵すこともなく、穏やかに共存していたのです」
エルフィリアは、静かな声で続ける。
「兵はいましたが、
未開の地から稀に現れる竜や魔物から国を守るための、ごく小さな軍に過ぎなかったと聞いています」
「その通りです」
マルダは頷いた。
「私がこの世界に転生した時代、
“森林都市国家シルヴァリス”と
“鉱山都市国家グラムディル”の二国が存在していましたが、
そこにあったのは争いではなく、
友好的で素朴な暮らしだけでした」
「……まさに、平和そのものの世界でした」
マルダは、そっと目を伏せる。
「私は神から与えられた力を使い、
この世界で生きていく中で……
やがて、あることに気付きました」
マルダは一拍、間を置いた。
「私より先に転生した人間の仲間が、
一人も存在しなかったのです。
それどころか――
人間が、かつて存在した痕跡すら見つからなかった」
「つまり……」
エルフィリアが静かに言う。
「マルダは、エルフと関わりを持った“最初の人間”だったというわけね」
「はい」
マルダは小さく微笑んだ。
「まだ小さな村でしたが、
私はルミエールのエルフたちに温かく迎え入れられ、この世界での暮らしを始めました」
「――ですが、皆さんもご存知の通り……」
その声に、わずかな翳りが差す。
「“エルド”という人間が現れたことで、
この世界に“混沌の火種”が落とされることになります」
「ルミエールで悪逆非道を尽くした……
“よっつめのにんげん”……
“とてもつよくて、こわいひと”か……」
ライラが、低く呟いた。
「エルドが混沌の火種を落とし、
やがてサンサーラに次々と転生者たちが現れ、
エルフとの争いが始まりました」
マルダの声は、どこか悔恨を帯びていた。
「私は……
エルドをルミエールに引き入れてしまった罪を償うため、エルフの姿に身を変え…
魔法使いマルダとして生きてきたのです」
「マルダは、かつての大戦の頃に未来視の力を得たと言っていたな」
「ええ」
マルダは頷く。
「その頃から、私はこの世界の未来が視えるようになり、平和を取り戻すための“未来の道”を探し続けてきました」
「しかし……」
マルダは、深く息を吸い込んだ。
「私が未来を覗くたびに…
“私を覗く何者かの存在”を感じるようになったのです」
「……まさか、それが」
「神、なのか?」
「初めは、分かりませんでした」
マルダは静かに首を振る。
「ですが、その視線はまるで……
この世界全体を俯瞰する、天上からの視線」
「私は、それを
“神の視線”だと感じました」
「だとして……」
エルフィリアが問いかける。
「なぜ、その神が
混沌の元凶だと言い切れるのですか?」
「私が何万通りもの未来から、平和へ至る道を探そうとするたび……」
マルダの声が、低く沈む。
「その視線は…
次第に強く、冷たくなっていったのです」
「まるで……
“邪魔をするな”と、告げてくるかのように」
「……だから、サンサーラの地下へ?」
「はい」
マルダは、はっきりと答えた。
「私は、神の目を欺く必要がありました。
神の目は、私の思念体である“マルダ”を常に監視していたからです」
「ですが――」
その言葉に、確信が宿る。
「祠にいた“本体の私”が、未来を視続けていたことまでは、気付いていなかったようです」
「未来を視続け、やがて…私は、神の目的を知りました。」
「神の目的…?」
「神が私たち人間をこの世界に転生させた目的は…
“神の暇潰し”です…」




