第六話 眠り姫
ターナの湖畔に上陸した王城メサイア。
治療室は、かつてないほどの慌ただしさに包まれていた。
セリウスが、治療班の陣頭指揮を執る。
「リオンさんは、緊急を要する星牙の治療に入りました!
怪我人は、我々だけで対処します!
薬を切らさないよう、薬庫から在庫を運び込みなさい!」
「バース治療班!
重傷者を最優先で治療を!
メサイアの治療室は収容人数に限りがあります!
軽傷者は応急処置後、地竜隊、天竜使いと連携し、
ターナの各治療施設へ回しなさい!」
鋭い指示が、次々と飛ぶ。
担架に乗せられた者たちが、流れるように治療室へ運び込まれていく。
血と汗、薬の匂い。
戦いが終わったという実感は、
まだ誰の胸にも落ちていなかった。
「……リアナ様……」
セリウスは、思わず唇を噛みしめる。
「大丈夫でしょうか……。
リーネ……絶対に……絶対に、リアナ様を死なせないで……」
それは、指揮官ではなく――
師を想う、一人の弟子の祈りだった。
ーーーー
集中治療室。
音のない静寂が、耳を刺すほどに重い。
眠りから覚めないリアナの傍で、
リーネもまた、祈り続けていた。
「リアナ様……」
ベッドに横たわるリアナの表情は、穏やかだった。
血も、傷もない。
リオンの治癒によって、身体は完全に回復している。
それでも――
目を、覚まさない。
「……リオンさんは、命に別状はないって……
ちゃんと……そう言ってくれました……」
リーネの声は、かすかに震えていた。
「なのに……どうして……」
返事はない。
リアナは、ただ静かに眠り続けている。
「……リアナ様……
戻ってきてください……」
その時だった。
――バンッ。
扉が開き、
ノブナが気を失ったショータを抱えて飛び込んできた。
「リーネ!
ショータ殿を……リアナ様の隣に寝かせてくれ!」
「ショータさん……!」
駆け寄ったリーネは、その顔を見て息を呑んだ。
顔色は悪く、呼吸も浅い。
「気を失っているだけだ」
ノブナは静かに言う。
「だが……気力を使い果たし、
かなり衰弱している」
一瞬、言葉を区切り――
そして、はっきりと告げた。
「リーネ。
ショータ殿は……魔王を斃したぞ」
その言葉が、胸に落ちた瞬間――
リーネの視界が、滲んだ。
「……っ……」
「リアナ様の隣で、ゆっくり休ませてやってくれ」
「それが……今の、最善だ」
そう言い残し、
ノブナは振り返らずに部屋を出て行った。
「……はい……!
任せてください……!」
リーネは涙を拭い、
ショータをリアナの隣へと寝かせる。
二人の手が、ほんのわずかに触れ合った。
「リアナ様……」
リーネは、二人を見つめながら、声を震わせる。
「あなたの王子様は……
運命に、打ち勝ちました」
「だから……」
「だから……あとは……
あなたが……戻ってくるだけです……」
治療室の静寂の中、
リーネの祈りだけが、確かにそこに残っていた。
ーーーー
メサイアの前に広がる柔らかな草地に、
傷ついた星牙が降ろされ、
リオンによる懸命の治療が続いていた。
「ほぉおお! これが治癒の力⁈
噂には聞いていたが、これほどとは!」
ファルゴが、目を見開く。
「バース国、近衛隊長のライラだ。
ファルゴと言ったか?
星牙の生命が尽きる前に、よくここまで運んでくれた。
礼を言わせてくれ……」
ライラは深く頭を下げた。
「あなたは、以前サンサーラでお会いしましたな。」
「ああ。まさか、あの時会った商人が、この戦場に現れるとは…。誰も予想していなかっただろう。」
「ショータさんも、驚いてましたな。
私は、“商の力”を持つ能力者でして。
この戦に商機を見出していたのです。」
「さすが…
サンサーラ経済を動かすほどの影響力を持つ“サンドリッジ商団”の長だな。」
「よくご存知で…。
我らは、あなた方の国とも友好的な関係を結びたく。是非、女王エルフィリア様にも取り計らいいただけますと…」
「うむ。今回の恩もある。
少し落ち着いたら必ず謁見の場を設けてやろう。」
「ライラ殿、ありがとうございます。」
「また、それとは別に何か褒賞もあるだろう。その時は、伝令を出す。」
「誠にありがたき。
しかし、ショータさん。
よく、あのような化け物を倒しましたな。
あれは…聞いていたシルヴァリス王ではなかったですぞ。」
「あれは…。シルヴァリスの中で育った悪魔だ。
“完全なる魔王”と名乗っていた。」
「完全なる魔王…。
悪魔なんてものが本当に存在するとは…。
まあ、転生者をこの世界に呼びこむ“神”もいるくらいです。
悪魔がいても不思議ではないですな。」
「神…か。
そんなものがいるのなら、この世界の悪意を全て消し去って欲しいものだ。」
「たしかに…。そうですな。
私ら商人も平和な世界で商売を続けたいものです。」
「お! 星牙が目を覚ましたぞ!」
「おお! 素晴らしい! 血が止まっておりますなあ!」
「リオン! 星牙は大丈夫なのか⁈」
「ライラ! ああ! もう大丈夫だよ!
でもまだ、血が足りない。
この世界の力を分けてもらって星牙の血を作らなきゃいけない。
僕は、もうしばらくここを動けなさそうだ。」
「分かった! リオン! 頼んだぞ!
……今、あいつ。
“僕”って言ったか?」
「では、ライラ殿。
我らはサンサーラに戻ります。
伝令をゆっくりと待っております。」
「ああ。ファルゴ! 楽しみに待っててくれ!」
ファルゴたちサンドリッジ商団の天竜は、サンサーラに向け天へと消えた。




