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第一話 旅の仲間

イズファルと進む森は、湿気をはらんだ熱気が体にまとわりついてくる。

ルミエールを出てから、もう丸一日。道なき道を歩き続けて、足は棒のようだった。


「ショータ殿、少し休憩しましょう」

(……助かった。もうクタクタで、泣き言を吐く寸前だったよ……)


イズファルはちょうど良い倒木を見つけ腰を下ろすと、背負っていた大木箱を地面に下ろした。

――ドスッ。

(うわっ……地面が揺れたぞ!? あの箱、一体どれだけの重さなんだよ……)


「その木箱、一体何が入ってるんだ?」

「旅の必需品が色々ですよ。物が揃っていないと不安なタチでして」

(“必需品”であの重さ? とんでもない奴だな……)


イズファルは大木箱から竹筒を二つ取り出し、一つを俺に手渡した。


「ショータ殿、見ておいてください」

近くの竹に短刀で切り込みを入れる。

「――み、水だ!」

切り口から透明な水が溢れ出し、思わず声が出た。


「どうぞ、竹水ちくすいです。お飲みください」


――ガブガブッ。

我慢できず、顔を突っ込むようにして水を飲む。

(生き返る……! 冷たくはないけど、美味い……!)


「はっはっは。まだ竹はたくさんありますぞ。ゆっくりお飲みなされ」


胸に沁みる水の味。

(……リアナと旅していた頃も、こんな風に助けられた。今は隣にいないけど……俺は、一人じゃない)


――


休憩の間に、イズファルは森を軽やかに歩き回り、あっという間に山菜やキノコを山ほど集めてきた。

木箱から鉄鍋を取り出し、干し肉で出汁だしを取り、採れたての具材を放り込む。味噌を溶かすと、森にたまらない香りが広がった。


「ショータ殿、簡単な物で悪いが我慢してくだされ」

「いただきます!」


一口。塩気と出汁の旨味が体に染み込んでいく。

「……美味しい! 本当にありがとう、イズファル」


人と一緒に食べる飯が、こんなに温かいなんて。

(思えばリアナと別れてから、ずっと一人だったな。あの人は今……どこで何をしているんだろう)


――


「ふーっ! 美味かったよ、イズファル」

「口に合ったようで良かった」


その時。


――カサッ。

木立こだちの影が揺れた。


「……誰だ」

イズファルが杖に手を添える。


姿を現したのは、白銀の髪に青い瞳を持つ青年。耳は長いが、純粋なエルフにしては短い――人間の血を引いた、ハーフエルフだ。


「お主、ハーフエルフだな。何者だ?」

イズファルが低く問う。


青年は答えず、ただまっすぐ俺を見つめてきた。

(……どこかで見たことがある。この眼差し……)


彼は背の布包みを静かに降ろし、俺の前に置いた。


「ショータ殿、気をつけなされ!」

イズファルの声に緊張が走る。


ゆっくりと布を解く。

――銀光が溢れた。


「これは……! 『月光の弓』……!」

俺がマルダに預けた、大切な弓。なぜ、ここに……?


「なぜ……お前が、この弓を?」


問いかけた瞬間、青年の姿が淡く揺らぎ、光に包まれる。


そこに立っていたのは――銀狐。


「し、師匠……!」

胸が熱くなる。言葉より先に、涙が溢れそうになった。


銀狐は再び青年の姿に戻り、口角を上げて告げた。

「オイラはリオン。魔法使いマルダの使い魔だぜ。お前の『月光の弓』を届けるよう、ばっちゃんに頼まれてな。匂いを辿たどってきたんだ。

それと――お前と共に旅をせよ、だってさ」


「共に……?」

「ああ! お前はリアナ様の運命を背負う奴だ。ハーフエルフのオイラも、放っとけねえんだよ」


弓を強く握りしめる。

(……リアナと、また繋がれた気がする。きっと一緒に戦える。そんな気がする……)


「ありがとう、リオン」


構えていた杖を下ろし、イズファルが笑った。

「ほう……狐にして人。あの大魔法使いマルダの使い魔であれば信ずるに足る。

しかも気配を消して追ってきたのか。並の従者ではなさそうだな。……どうやら賑やかな旅になりそうだ」


こうして――俺とイズファル、リオン。

三人での旅が始まった。


――


「ところで、イズファルのおっちゃん。どこに向かってんだ?」

ハーフエルフに変身したリオンは、本当によく喋る。

(銀狐の姿と今の姿、どっちが本当の姿なんだ?)


「最終目的地は『サンサーラ』の首都。しかしそこへ辿り着くまでが長い道のり。シルヴァリスとサンサーラの間は未開の地ですからな。遠回りになりますが、途中の拠点を辿りながら向かいます」


「サンサーラって、そんなに遠いのかよ?」

「はい。サンサーラは険しい山々と海を越えた先。砂漠の国とも呼ばれております」

「海だぁ? 湖よりデカいって聞いたことあるぜ!そりゃキツいな」


「ご心配無用。我々『あかつき』の者達はサンサーラとシルヴァリスを行き来しております。……もちろん、徒歩以外の移動手段もありますゆえ」


「ははっ、そりゃそうだ。馬かなんかだろ? 少し安心したぜ」

リオンは屈託くったくなく笑い、とがった耳がピンと立った。


「最初の拠点は、あと半日ほど歩きますが、到着したら少し休みましょう」


――


「なんだぁ⁈ こいつらは!」

リオンが大声を上げる。


到着した『暁の環』の拠点には、見たことのない竜にまたがる人間がいた。


「はっはっは。リオン殿の声に地竜ちりゅうが驚いておりますぞ」

「竜だとぉ⁈ マジかよ!」

「もしや、これから先、こいつに乗るのか?」


「こいつらは地竜と言いましてな。昔は未開の地に生息していた野生の竜を、人間が飼い慣らしたのです。荷を運ぶ中型の地竜をロンバ種、人を乗せる小型の地竜をサラブ種と呼んでおります」


「へー! すっげえな……! 早く乗ってみてえ!」

リオンは目を輝かせて地竜に近づく。


「おー! イズファル! 無事だったか!」

斧を背負った赤褐色せっかっしょくの肌のハーフエルフが、地竜に跨ってやって来た。――女性だ。


(……この人、イズファルの古い仲間か)


赤褐色の肌は夕暮れの陽光を受けて輝き、筋肉質ながらも彫刻のように引き締まった肢体したいは圧倒される美しさだ。


背に戦斧せんぷ、腰にむちを携え、地竜に跨るその姿は、まるで戦場の女神のようだ。


(リアナとはまた違った美しさだな…。)


「ライラか! お主こそ元気そうで何よりだ。暫く見ない内に、また美しくなったのではないか?」


地竜から降りたライラが歩み寄る。

「なーに、照れ臭くなるようなことを言ってんだ! 私はこれでも優秀な戦士だぞ」


「そうだったな! すまぬ、すまぬ」


「で、イズファル。そいつらは? ハーフエルフもいるようだが……」

「ライラ、ひとまず皆を広場に集めてくれ。この方達が、『リアナ様の運命を左右する者』だ」


「まさか……こいつらが……!」

ライラの瞳が一瞬鋭く光る。

「十五分後に皆を集める! お前たちも頃合いを見て広場へ来てくれ!」


ライラは身をひるがえし、再び地竜に跨ると駆け去っていった。


木立に囲まれた広場の先に、三人の影が揺れる。夕立の雨で濡れた大地が静かに香り、遠くから竜の低い息づかいが聞こえてくる。イズファル、リオン、そして俺――ショータ。互いを確認する視線の先に、新たな試練の予感が漂っていた。


「さあ、進みましょう。旅はまだ始まったばかりですぞ」

イズファルの声が、森の奥深くに吸い込まれていく。


俺は背中の弓を握り直し、二人と歩み出した。


(リアナ……。きっと、君に辿り着くための道なんだ)


――この道の先に、何が待っているのか。

胸に高鳴るのは、不安と期待が混じった冒険の鼓動だった。

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