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暁光の勇者と運命の指輪  作者: 茶太郎
第十二章
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第九話  血よりも深きもの

ライレン軍議室。

部屋を囲むように並べられた魔法鏡の向こうには、エルフィリアをはじめ、各都市の当主たちが顔を揃えていた。


誰も言葉を発さない。

張り詰めた空気だけが、重く、逃げ場なく部屋を満たしている。


「皆、揃ったようだ。

では――ムシャカ。よろしく頼む」


沈黙を切り裂くように、レキルが口火を切った。


ムシャカは一歩前に出た。

真紅の外套がいとうに包まれた背は堂々としていたが、握り締めた拳には、かすかな震えがあった。


「シルヴァリス王国。

長老会派幹部のムシャカだ」


一呼吸置く。

視線は、正面の魔法鏡――エルフィリアの姿に向けられている。


「まずは……

女王陛下。こんな素性の分からぬ女の戯言ざれごとを信じ、この戦を任せてくれたこと……

心から、感謝している……」


ムシャカは深く、深く頭を下げた。


魔法鏡の向こうで、エルフィリアは動かなかった。

その沈黙が、かえって場の緊張を高める。


「……エルフィリア」


ムシャカは、ゆっくりと顔を上げた。


「あたいとシルヴァリスの会話を、聞いていたようだな。

もう、隠す意味もない」


一瞬、言葉に詰まる。

それでも、逃げずに続けた。


「まずは――

お前が一番気になっていることを、話してやるよ……」


魔法鏡を覗く誰もが、息を止めた。


「エルフィリア。

お前は、シルヴァリスとあたいの……

たった一人の、可愛い娘だ」


言い切った瞬間、

エルフィリアの表情が、目に見えて崩れた。


「ムシャカ……!

なぜ、今頃にそんなことを……!

なぜ……もっと早くに、教えてくれなかったのですか?」


声が、わずかに震えている。


「すまなかった……」


ムシャカの声もまた、低く揺れた。


「言えなかったんだ。

あたいが……お前の母などと……」


「どうして⁈

父は……あなたを、愛していたのでしょう?」


問い詰めるような言葉。

だがその奥には、すがるような感情が滲んでいた。


ムシャカは、短く息を吐く。


「あたいは、ただの農民の娘だった。

口が悪くて、学もねえ」


自嘲じちょう気味に、肩をすくめる。


「ただ……少し、人と違う力を持っていただけさ。

魔力ってやつだ」


語りは、過去へと滑り落ちていく。


「あたいは、勉強以外なら何でも出来た。

力も強かった。男にだって、負けないくらいにな」


「あたいの人生が変わったのが、かつての大戦だ」


淡々と語る声とは裏腹に、

その記憶の重さが、場の空気を沈ませる。


「王国は、“エルフの弓”の使い手になれそうな、魔力の高い者を集め出した。

それに選ばれて、あたいは田舎から王都へ移ったのさ」


「たまたま……才能があったみたいだ。

“弓の勇者”の中でも、最強と呼ばれた」


一瞬、苦笑が浮かぶ。


「まあ……

エリート出のファルネウスとマルヴァリウスとは、最初から馬が合わなかったがな」


「王から認められた、ハーフエルフのリオレウスとは、気が合った」


そして――


「王は……シルヴァリスは、本当にいい男だった」


その名を口にした瞬間、

ムシャカの声が、わずかにやわらぐ。


「国を愛し、民を愛し、仲間を愛する。

愛に溢れた男だったよ」


「あたいは、そんなシルヴァリスに惚れた。

シルヴァリスも……あたいを受け入れてくれた」


魔法鏡の向こうで、エルフィリアが目を伏せる。


「あたいに子が出来たと知った時、

シルヴァリスは、あたいを王妃に迎えると言ってくれた」


一拍。


「……嬉しかったよ」


だが、すぐに首を振る。


「でも……断ったんだ。

こんな田舎者の女が、王妃になんてなれねえ」


「ファルネウスは、露骨に反対していたしな」


「あたいが王の子を宿したことは、

シルヴァリスと、弓の勇者たちしか知らない」


「あたいは、エルフィリアを産んで、すぐに身を引いた」


「シルヴァリスは国民に告げた。

――病弱な妻は、表に出ぬまま、

愛しき子を産み、命を落とした、と」


その言葉が、胸に突き刺さるように沈む。


「エルフィリアは、生まれた時から

“母親はいない”ことになった」


「あたいが、お願いしたんだ。

王家の血筋に、農民の血なんて流れてちゃ、いけないって」


「シルヴァリスは関係ないと言ってくれたさ。

でも……あたいが、許せなかった」


声が、かすれる。


「こんなあたいが……王妃になるなんて……」


ムシャカは、深く頭を垂れた。


「あたいの我儘わがままで、

シルヴァリスにも、エルフィリアにも……

寂しい想いをさせた」


「……すまなかった。エルフィリア……」


長い沈黙。


やがて、エルフィリアが静かに口を開いた。


「私に、母はいません」


その声は、りんとしていた。


「だからこそ……

その寂しさを味わわせたくないと思い、

セレスティアには、母の愛を注いできました」


「これは……運命なのでしょうか」


一瞬、視線が揺れる。


「――あの子の父。

私が愛した人は、死んでしまった」


「私は……気づいていました」


「夫は病死とされましたが……

ファルネウスに、殺されたのだと」


「気づいていたか、エルフィリア」


ムシャカの声が、低く響く。


「お前の夫――

お前に代わり、王になるはずだった男を殺したのは……

ファルネウスだ」


「シルヴァリスも、お前の夫も……

ファルネウスに、弄ばれた」


エルフィリアは、ゆっくりと首を振った。


「ムシャカ。

私は……今さらあなたを母と呼ぶことは出来ません」


一瞬の間。


「しかし……

あなたが、魔王となったシルヴァリスに語った言葉は、

確かに……私の中の穴を埋めてくれました」


「全てを話してくれたあなたに……

私は、感謝こそすれ、

もはや、恨みはありません」


そして、はっきりと告げる。


「どうか……

これからも、“愛”を信じる勇者でいてください」


ムシャカは、何も言えなかった。

顔を伏せ、その肩が、静かに震える。


「エルフィリア女王……

ありがたき、お言葉……」


絞り出すような声。


「あたいの心も……

今までの人生も……

報われたよ……」

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