第七話 愛を忘れた王
「おい。ムシャカ。
この我に、随分楽しい劇を見せてくれたものだな……。」
俺たちの目の前に降り立ったシルヴァリスの、
大きな手には、一羽の梟が掴まれていた。
(……オウル……!)
あまりの威圧に、
俺は金縛りにあったように動けない。
「ほれ、第一幕の観覧料だ。
受け取れい!」
シルヴァリスはオウルを、
小銭のように投げ捨てた。
「オウル!」
俺は震える足を踏み出し、
地面に転がるオウルを抱き上げた。
(……はっ!
ま、まだ生きている?)
梟の体が青白く光り、人の形を成す。
「オウル!
しっかりしろ!
死ぬな!
俺がリオンのところへ連れていく!」
「人に化ける梟か……。
それとも、梟に化ける人間か……。
まあ、どちらでも良いが、
こそこそと付き纏うからこうなるのだ。
――そこの青年。
お前がどれほど願おうと、
これから始まる“第二幕”は、悲劇だ。
さあ、ムシャカよ。
幕を、上げよ」
「この悪魔野郎!
あたいのシルヴァリスから、出て行きやがれ!」
「んんん? どうした、ムシャカ。
お前のシルヴァリスは――ほら、ここにいるではないか。
もしや、我だけが若返り、
老いた自分が悔しいのか?
……ふむ。
我は老いたお前を、抱いてやらんでもないぞ?」
「くっ……!
つくづく下衆な野郎だ。反吐が出る!
あたいの愛したシルヴァリスは、
お前みたいに“戦を楽しむ変態野郎”じゃなかった!
国を想い!
民を想い!
……あたいを愛して……。
娘を……
エ、エルフィリアを、
愛してくれていたじゃあないか……!」
(な、なんだと……!
エルフィリア様が……娘だと……⁈)
「ムシャカよ。
我は、今でもお前を愛しているぞ……。
……はて?
“愛”とは、どのような感情だったかのう。
我は……
それを、理解出来なくなってしまったのかもしれんな。
こう、だったか?
――こんな風に、するのだったか?」
シルヴァリスは地に座り込んだムシャカの頭を、ゆっくりと撫でた。
「触るんじゃあねえ!
汚ねえ手で、あたいに触るな!」
ムシャカは立ち上がり、シルヴァリスの手を振り払った。
「どうやら……
あたいが惚れた男の魂は、これっぽっちも残っちゃいないようだね。
玉のように可愛がっていた
エルフィリアのことも……
すっかり、忘れちまったか?」
「エルフィリア……。
――はっ!
あやつは、我と袂を分かち、国を追放された身だぞ!
親子の縁も、情も、
とうの昔に断ち切っておるわ!」
「あたいはね、誰にも知られずとも…
賢王シルヴァリスの子を産んだことを、誇りに思っている。
エルフィリアとも、話したよ。
今や、立派な一国の女王だ。
生意気なところも、美しさも……
あたいに、よく似てる。
だけどね――
あたいは、確かに感じた。
あの子の中に流れる、
“賢王シルヴァリス”の、熱い血を!」
「はっ! 笑わせるな!
我の血を引く娘が、
あんな出来損ないであるはずがない!
全ての人種の共生だと⁈
馬鹿馬鹿しいにも程がある!
そんなものは幻想だ!
異分子は、必ず衝突する!
永遠に分かり合える時代など、来ぬ!
――我が!
この虚構の世界を、滅ぼしてやる!!」
「くっ……!
やはり魔王なんざ、話が通じる訳がねえ!
勇者!
――動けるか⁈」
「ムシャカ……。
俺は……
これほどまでに、人を憎んだことはない。
愛を知らない悪魔ごときが……
べらべらと、御託を並べやがって……。
虚構の世界を滅ぼすだと……?
こいつは、
ただ殺戮と破滅を望むだけの魔王だ。
――それが今、
はっきりと理解出来た!」
「ショータ!
その光は、なんだ!」
俺は、白い光に包まれていた。
体は羽のように軽く、
全ての筋肉に、力が漲っていく。
その時――
空から、天竜が現れた。
星牙だ。
俺はオウルとムシャカを肩に担ぎ、空へと翔ぶ。
星牙は、俺を背に乗せた。
――すでに、
俺と星牙は、繋がっていた。
『魔王シルヴァリス。
お前は、俺を怒らせたことを後悔しろ。
俺の力を受けて――
それでも生き延びたなら、
また相手をしてやる。
……生き延びることが出来たならな』
シルヴァリスは空へ舞い上がり、弓を構えた。
「生意気な小僧め!
勇者だと?
天竜ごときで、魔王を倒せると思うなよ!
喰らえ――
《白嵐竜》!!」
“エルフの弓”から放たれた白光が風を巻き込み、
巨大な嵐竜となって襲いかかる。
「ショータ!
あれは、大戦を終わらせた奴の奥義だ!
避けろーーーー!!」
ムシャカが咆哮する。
星牙は、大きく口を開いた。
『《月光昇竜波》――!!』
放たれた白炎は、
嵐竜をはるかに超える巨大な竜となり、
その頭から、喰らい尽くしていく。
「な、なんだとお⁈
我の竜を……喰らうというのか⁈」
「ショータ……!
お前の、この力……!
――魔王を、超えている!」
ムシャカはオウルを抱きしめ、
そのあまりに壮絶な戦いに、震えが止まらなかった。
「こ……こんな……!
我が……力負けするなど……!
だが……
抑えきれぬ……!」
『魔王。
――これで、終わりだ』
星牙の体が、眩く白く発光する。
白炎の巨大竜は、嵐竜を完全に呑み込んだ。
「こ、こんな……!
ば……ばかな……!
か、体が……!
崩れる……! やめろーーーー!!」
その声には、
もはや王の威厳も、魔王の余裕も、無かった。
シルヴァリスは白炎に飲み込まれ、
断末魔の叫びが、天に響き渡る。
「ショータ!
まさか……本当に……やりやがった!」
ムシャカは星牙の背で気を失ったショータに駆け寄り、
その体を支えた。
「おい、天竜!
あたいの声が分かるか!
すぐに、治療出来る場所へ飛べ!」
星牙は背を振り返り、心配そうな表情を浮かべる。
「ショータは気絶しているが、大丈夫だ!
安心しな!」
「だが、急げ! 天竜!
こいつ――
この梟の青年は、まだ生きている!
理由は分からんが……
治癒の力が、ほんの僅かに流れている……。
とにかく!
まだ、生きているんだ!
――急ぐんだ!」
ムシャカの言葉が伝わったのか、
星牙は大きく翼を翻し、ライレンへと向かった。




