第十一話 共鳴の白炎
メサイアはラビットの後を追い、すでにバースへ向かっていた。
俺たちは王城メサイアの謁見の間に集まり、魔法鏡を通してバースの通信兵と連絡を取っていた。
「報告します!
ヒキガ公、ツムリ卿の奮戦により、バース入口通路に侵入した蝕人兵は全て、人間へと戻りました!」
魔法鏡の向こうで、通信兵が声を張り上げる。
「バース内部への蝕人侵入は完全に阻止!
ランマル様は限界を超えた力の使用により意識を失っておられます。
現在、治療中ですが――命に別状はありません!」
「……間に合ったか!」
ライラが拳を握り締めた。
「よく耐えたな、ランマル……!」
俺は一歩前に出る。
「後続の蝕人兵はどうなった?
敵の本隊は?」
「はっ。続報です!
バース入口では現在――ノブナ公が盾となり、後続を食い止めています!」
「……やはり、来ていたか」
「敵指揮官は、ノブナ公の言によれば“ファルネウス”とのことです!」
「やはり……!」
さらに通信兵が言葉を続ける。
「ヒキガ公、ツムリ卿もノブナ公に合流!
しかし……新たに現れた異形の蝕人と交戦中――押されている模様です!」
「……何だと?」
「あの三人が押されている⁈
なんなんだ! その蝕人は!」
その瞬間だった。
――視界が、反転した。
「――っ!?」
激しい頭痛とともに、映像と音が、脳内へ雪崩れ込む。
「う……な、何だ……これは……!」
俺はその場に膝をつき、頭を抱えた。
「ショータ殿!?」
ライラの声が遠く聞こえる。
「ショータ!」
リアナの声が、さらに遠く――
『……ノ……ナ……』
誰かの声。
『……ノブナ!
こいつら……五大属性の能力者だ!』
――ヒキガの声。
『速い……! 風の能力者!
私の速さと同じ……いや、それ以上かも……!』
――ツムリの声。
次の瞬間、視界が完全に切り替わった。
「……ここは……」
眼下に広がるのは――バース。
「ノブナ……ヒキガ……ツムリ……!」
激しい戦闘。
五体の角を持つ蝕人。
五大属性――火、風、雷、土、水。
超常の力が、三人を容赦なく攻め続けている。
「……押されている……!」
再び、視界が引き戻される。
「ショータ!
聞こえる!? 返事をして!」
リアナが俺を抱き締めていた。
「……リアナ……?」
「良かった……意識が戻った……!」
「ショータ殿!
突然どうした! 今、何を見ていた!?」
「……夢じゃない……」
俺は、震える声で言った。
「あれは、バースの……“今”だ……」
「そんなこと――」
「いや、間違いない!
ノブナたちが……恐ろしく強い蝕人と戦っていた!」
リアナが、俺の瞳を真っ直ぐに見つめる。
「……あなたの力が、また覚醒したのね」
「……分からない……だが……」
胸の奥に、確かな感覚があった。
「――星牙が呼んでいる。」
俺は目を閉じ、意識を集中する。
(……繋がる……)
別の意識が、流れ込んできた。
『ショータ!
お願い……繋がって!』
「……星牙……なのか?」
『僕だ!
なぜ君と話せるのか、理由は分からない!
でも……ツムリたちが危ない!
それを、どうしても知らせたかったんだ!』
「俺はまだ離れた距離だ。どうすれば……!」
『信じて。
君が僕を受け入れれば……君は“僕になれる”』
「……俺が……星牙に……?」
『見えただろ!? 僕の目を通して。
聞こえただろ? 僕の耳を通して、仲間の声が!
このままだと……みんな、死ぬ!』
俺は、歯を食いしばった。
「……分かった……」
そして――
「星牙……お前を信じる!」
――――
「…ショータの体が……光を放っている!?」
リアナの声が、かすかに聞こえる。
「…ま…意識…失っ…い…のか……!」
ライラの声は、もう途切れ途切れだ。
次の瞬間。
意識が星牙と交わる。
『来てくれたね! ショータ!』
全ての感覚が、星牙と完全に重なっていた。
『――行くぞ、星牙!
俺は……お前になれた』
――――
星牙の意識と繋がった俺は、翼を広げ、渓谷中腹の隠れ家から夜空へと飛び出した。
『行くよ!ショータ、あそこだ!』
『ああ! 天竜の目はよく見える! 急降下だ!』
眼下――バース入口の戦場。
「ノブナさん!!
あれを――星牙です!」
ツムリの叫び声。
「何だと!?」
ノブナが振り返る。
その一瞬の隙に、“角の蝕人”の土石が龍の形を成しノブナを襲う。
「はあああ!」
ノブナの念波が土石を弾き飛ばす。
「《氷槍・那由多!》」
ヒキガの放つ無数の氷槍が五体の蝕人に激しく飛び、体を貫く。
「俺の全力! あれでも、動きが止められないか!」
『みんな! 星牙の白炎で蝕人をまとめて消し飛ばす! その場を離れろ!』
「これは! まさか! ショータさん⁈」
「念話か⁈」
「…とにかく! 離れるぞ!」
星牙の口が開き、白い光が溢れ出す。
しかし。
「…どうして⁈ 動けない!」
ツムリは空中に固まったまま動かなくなった。
「これは⁈ まさか!」
ノブナも動きを封じられている。
「なぜだ! 金縛りの蝕人! お前の首は俺が飛ばしたはずだ!」
ヒキガは固まったまま、叫んだ。
三人の動きを止める六体目の角の蝕人が目に入る。
『星牙! 駄目だ! みんなが止まっている! 白炎を吐けないぞ!』
『ショータ! あの新手の蝕人を狙って! 奴がみんなの動きを封じている!
白炎を細く!みんなを巻き込まないよう、奴だけに集中するんだ!君なら出来るだろ⁈』
星牙の口から漏れ出した光が絞られていく。
刹那、純白の光が一条。
金縛りの蝕人を正確に貫いた。
(……これまでの白炎とは、明らかに違う!)
『星牙! 出来たぞ!』
『ショータ! やっぱり君はすごいよ!』
光を浴びた蝕人は跡形もなく消滅した。
『ショータ! 気をつけて! 狙われている!』
星牙は巨体を翻し、谷を空へと再び駆け上る。
五体の角の蝕人は、一斉に星牙へと攻撃を移す。
迫る焔、水刃、雷槍、真空波、そして土石の龍が星牙を追い、襲いくる。
星牙は夜空で反転し、再び白炎を吐き出した。
蝕人たちの攻撃は強大な白い炎に焼き尽くされる。だが、白炎を避けた土石の龍は、谷底に急降下で戻る星牙をなおも追い立てる。
「《氷縄・縛》!」
ヒキガの氷の縄が土石の龍に絡みつき、動きを鈍らせる。
「《鎌鼬》!」
真空の刃が龍を捉え、土石を氷ごと粉砕する。
『みんな、助かった!』
星牙は蝕人の攻撃からかろうじて抜け出した。
星牙に攻撃が集中した今、ノブナの気が充分に練られた強大な念波が発せられる。
「やっと、隙を見せたな! 喰らえ!!
我が最大念波!」
青く光る巨大な念波が蝕人たちを包みこむ。
五体の蝕人の体は破裂し飛び散った。
「やった! やりましたね!」
ツムリが叫んだ。
「次は、ファルネウスだ! 畳み掛けるぞ!」
ヒキガが遠くに隠れるファルネウスを探す。
「待て! 駄目だ!」
ノブナの声が低く響く。
粉々になった蝕人。
その中の肉片から、みるみる身体が再生していく。
「再生か!
いや…、違う。
我の魂核の写しを必要とする再生とは違う!
此奴ら! この一瞬で、新たに生まれ直しているぞ!」
「そうだ! ノブナ!
此奴らは何度バラバラにしようと、塵ほどの小さな細胞一つからでも新たに生まれてくるのだ!
魂など、すでに必要ない!
魂も自我も、魔王に全て捧げたことで、決して死なない蝕人となったのだ!」
ファルネウスが岩陰から大声で叫んだ。
「なんという罪なことを!」
ノブナの噛み締めた唇から血が滲む。
『ノブナ! その場をすぐに離れろ!
ツムリも!ヒキガもだ!
この哀れな蝕人たちは俺が天に還してやる!』
「星牙…いや、ショータ殿! 任せたぞ…!」
ノブナたちは一斉にその場を離れた。
再び降下する星牙の口は白く輝く光に満たされていた。
「まさか…、あの天竜!
さっきの白い炎で全てを焼き尽くすつもりか?」
ファルネウスが固唾を呑む。
「金縛りの蝕人はどうした?
まさか…、本当に…。
細胞を一つも残さずに消されたというのか⁈」
星牙から巨大な白炎が放たれた。
谷底が真っ白に輝き、周囲の景色が消えた。
そして、ふたたび闇が戻ってくる。
魔法灯の灯りだけが空間を照らす。
「ま、ま、まさか…。
本当に全て消し飛んだというのか?
こんな…。
シルヴァリス様と同じ消滅の力を、あの天竜が…!
ありえない!」
ファルネウスが膝を折り、地面にしゃがみ込む。
星牙は渓谷の中腹で距離を取り、様子を見る。
すかさず、ノブナ、ツムリ、ヒキガがファルネウスの方向へ飛んでいく。
「ファルネウス! 今度こそ、最後だ!」
一番近くにいたノブナの剣がファルネウスに振り下ろされる。
剣は再び、地面を穿つ。
「何ーー! 今度は何だ!」
「ノブナさん! あそこです!」
ツムリが指を差す。
「新手の蝕人! それに…、あれは誰だ!」
ヒキガが叫ぶ。
数体の“角の蝕人”が見える。その隙間を掻き分け、女が一人現れる。
長老会派の幹部が着る真紅の外套を纏い、深々とフードを被った線の細い女だ。
『また、新たな蝕人! それに、あれは…ファルネウスと同じ外套! 女か⁈』
星牙の目は、はるか先の暗闇もはっきりと見える。そして、遠くの声もしっかりと聞こえた。
「あんたたち、ほんっとに…面倒くさいね。
もう、遊びの時間は終わりだよ!ファルネウス!あんたたちも、中途半端だろうけど…、今日はこのジジイを連れて帰るよ。」
「ム、ムシャカ! お前の出る幕ではないぞ!」
ファルネウスは腹の虫が治らないという表情で女を遮る。
「うるさいよ、ジジイ!
あたいだって、面倒くさいんだよっ!
この作戦はもう十分だ!
こんな谷底に、本当に国があったんだ!
それが分かれば十分なんだよ!」
「く…、ムシャカ。
たしかに…、お前の言う通りだ。
戦友のマルヴァリウスをやられ、私は少し熱くなっていたようだ。」
「何が少しだ…。
すかしやがって、クソジジイが。
弓の勇者で一番強かったのは誰だ?
言ってみろ! このハゲが!」
華奢な女の悪態は尽きなかった。
「ム、ムシャカだ…。」
「ムシャカ様だ! クソボケが。 さっさと帰るぞ!」
『ムシャカ…。
あのファルネウスにあの態度、まだ中年期のエルフに見えるが、エルフィリア様より少し上だろうか。一体、何者なんだ…。』
一体の蝕人がムシャカの前に進み出る。
「非常に面倒くさいが、またお前たちに会いに来なけりゃなんねーかな。
あたいはムシャカ。
かつての弓の勇者の一人だ。
年老いてヨボヨボのファルネウスやマルヴァリウスとは違うぜ。まだまだ現役だ。
覚えときな、ゴミカスども。
あたいはもう、いつでもここを狙えるからな。」
角の蝕人の手が淡く光り、シルヴァリスの衛兵、蝕人全てを包み込む巨大な光のドームを作り出した。
『なんだ、あの光は…。』
「ノブナよ。次に会う時を楽しみに待っていろ。」
ファルネウスが言い放つ。
「待て! ファルネウス!」
ノブナが叫ぶ。
「じゃあな! また遊びに来てやるよ! 面倒くせーーがな!」
ムシャカが言うと、光のドームの内側にいたシルヴァリス兵全てが一瞬で消えた。
「おい、消えたぞ。全て…。」
ヒキガは目を丸くしている。
「私たちは…、勝ったのでしょうか?」
ツムリがぺたんと座り込み小さく言った。
「ムシャカ…。
あいつは…、やばい。ただ者ではないぞ。」
ノブナは背筋に冷たいものを感じていた。
星牙は谷底に降り立ち、ノブナたちを見渡した。
『ムシャカは言っていたな。
この作戦はもう十分だと…。
今日、シルヴァリスにバースの位置を知られたんだ。
俺たちは今後…、谷底の守りにも兵を裂かねばならなくなる。』
「ショータ殿の言う通りだ。
“バース軍の戦力の分散”。はじめから、
これがシルヴァリス王の狙いだったんだ。」
ノブナは拳を固く握りしめた。
シルヴァリス軍のバースへの侵攻による被害はほとんど無いに等しかった。
だが、この日、バースに植え付けられた恐怖は計り知れないものとなった。




