第十話 本当の切り札
バース入口前。
ノブナは二丁の種子島を脇に抱え、爆炎を振り撒いていた。
「衛兵! ノブナを殺せ!
蝕人兵! 一斉にかかれーーー!」
ファルネウスの裏返った甲高い叫び声が、戦場に響き渡る。
「あっはっは! ファルネウスよ!
種子島はこう使うのだーーー!」
ノブナは襲いかかる蝕人も、衛兵も、種子島から放たれる凄まじい爆炎で次々と焼き払っていく。
「あの威力は……な、なぜなのだ!」
「種子島で作った大砲ごときが、本当にお前たちの切り札だったのか?
ファルネウスよ、甘いぞ!」
ノブナは嘲るように笑った。
「この砲は我らの魔法具だ。
使い手が雑兵ごときで、この力を引き出せる訳があるまい!」
「……マルヴァリウスよ……許せ……。
私は、此奴らを甘く見ていたようだ……」
ファルネウスが、力なく呟く。
「我も、元人間の蝕人を殺したくはないが…。
バースを傷つけるならば仕方ない!全力で迎え撃つぞ!
しかし!
このままでは、お前の大切な蝕人兵がいなくなってしまうぞ?
それに!衛兵どもはもう尻尾を巻いて逃げ出しておるわ!」
ファルネウスは、ゆっくりと指揮棒を振った。
「蝕人兵よ……攻撃をやめい」
その声と同時に、蝕人兵たちはぴたりと動きを止めた。
「……良い判断だ、ファルネウス。
所詮、能力の薄い人間を蝕人化した兵など、我らの足元にも及ばん。
数がいかに多かろうとな」
ファルネウスは俯き、肩を小刻みに震わせる。
ノブナは警戒を解かぬまま、ファルネウスのいる高台に飛んだ。
そして、ゆっくりと歩み寄った。
「さあ……ファルネウス。
ここがお前の最後の舞台だ。
痛みも感じぬまま、冥府へ送ってやる」
ノブナは剣を構えた。
その時だった。
俯いていたファルネウスの顔が、ゆっくりと上がる。
「……な、なんだ……その顔は!」
ノブナは本能的に飛び退った。
そこにあったのは、死を前にした怯えではない。
狂気と愉悦に満ちた、歪んだ笑みだった。
「お前こそ……私を舐めすぎだ、ノブナよ」
次の瞬間、ノブナの身体が強張る。
「な……!? 動けぬ……!」
「“本当の切り札”を、こんな所で披露するつもりはなかったのだがな……
特別だ、ノブナ」
いつの間にか、ファルネウスの背後に一体の異様な蝕人が立っていた。
山羊のような角。
額には、何かを突き刺されたかのような傷跡。
ひときわ悍ましく醜悪なその姿は、生理的な嫌悪感を否応なく掻き立てる。
蝕人の眼が、不気味な光を宿した。
「こ、こいつ……能力者か⁈」
「そうだ。
シルヴァリスに入り込んだ人間の中にはな……能力を持つ者もいたのだよ」
ファルネウスは、愉しげに語る。
「お前は思い込んでいたのだろう?
蝕人など、所詮は能力も持たぬ獣だと」
ノブナは必死にもがくが、指一本動かせない。
「確かに、シルヴァリスには、お前たちや暁の環のような優れた能力者はいなかった。
だがな……こちらには“魔王の力”がある」
「魔王の……力だと⁈」
「シルヴァリス王がその気になれば、
どれほど小さな能力であっても、限界まで引き出したーー
“強力な蝕人兵”を造ることが出来るのだ!」
「それが……此奴か……!」
「そうだ。
こいつはな……今のお前を、私自身の手で処刑するために選んだ蝕人だ」
ファルネウスは、口角を吊り上げる。
「まだまだいるぞ?
愉快な蝕人能力者がな。
どうだ……絶望だろう?」
「……く、くたばれ! ゲス野郎が!」
「ほう……そんなに死にたいか。
まあ良い。死ぬ前に、絶望を味わわせてやりたかっただけだ」
ファルネウスはノブナの手から剣を抜き取る。
「私はかつて、弓の勇者と呼ばれた国の英雄だ。
剣の腕も、そこそこなのでな。安心しろ」
剣先が、ノブナの首元に定められる。
「痛みなく、冥府に送ってやるわ!」
剣が振り下ろされた。
――だが、刃は地面を抉った。
「なっ……!?」
「ノブナさん! 大丈夫ですか⁈」
ツムリがノブナを抱え、一瞬で距離を取っていた。
「た、助かったぞ……ツムリ!」
「全く……油断は禁物だぞ、ノブナ!」
空間が揺らぎ、ヒキガが姿を現す。
「あの異様な蝕人……。
どうやら、“金縛りの術”を使えるだけだったらしいな……」
ノブナに術をかけていた気味の悪い蝕人は、すでにヒキガの苦無で喉を裂かれ、首が飛び、地に崩れ落ちていた。
「な……まだいたのか!
小賢しい忍びどもがーーーー!」
ファルネウスが、完全に理性を失い叫ぶ。
「すまない、ヒキガ、ツムリ。
我は確かに油断していた」
ノブナは剣を構え直す。
「だが、もう大丈夫だ。
ここで必ず、ファルネウスを仕留める!」
「ああ。俺たち三人なら、やれるさ」
ヒキガが静かに言った。
「あの気味の悪い蝕人どもも含めてな」
ファルネウスの背後ーー
五体の“角を持つ蝕人”が、音もなく姿を現していた。




