第三話 蘇る弓の勇者
シルヴァリス軍が進軍を開始して二日。
ジュラの目前、密林の奥から地響きのような足音が迫ってくる。
湿り気を帯びた風が、兵たちの肌にざわりと不吉な気配を運んだ。
「ついに来たな……」
防壁の上で、ライラが低く呟く。
「ツムリ……いよいよだ。頼んだぞ」
俺は眼下に広がる陣を見下ろした。
小柄な身体に武具を固め、臨戦態勢に入るツムリを中心に、ジュラ軍が静かに息を潜めている。
――ジャーン! ジャーン! ジャーン!
砦の銅鑼が響き渡る。
「撃てーーーーーッ!」
門前の兵たちの“種子島”が一斉に火を噴いた。
未開の渓谷を越えて唯一ジュラへ続く自然橋。その細い導線へ雪崩れ込むシルヴァリス兵の先端に、真紅の火線が走る。
爆音とともに前衛が吹き飛ぶ。
「す、凄まじい! 一撃で二千は沈んだぞ! これなら橋で食い止められる!」
兵長の声に歓声が上がる。
だが、ライラは鋭く目を細めた。
「いや、甘い。今のは斥候だ。本隊は――次に来る」
種子島の煙の向こうで、三条の稲光が咆哮した。
閃光が一瞬で三百の砲兵を貫き、焦げた匂いと悲鳴が風に乗って渦を巻く。
「《鎌鼬》ッ!」
ツムリの鋭風が稲光の中心へ飛ぶが、切り裂かれたのは大樹だけだった。
敵はまだ森の奥だ。姿を見せない。
俺は“月光の弓”を構え、閃光の中心へ狙いを定める。
心を研ぎ澄まし弓を引く。三本の光矢が現れる。
「姿を見せろッ!」
炎を宿した光矢が龍となり放たれた。
だが――森の奥から三頭の水龍が舞い上がり、炎龍を呑み込む。
「な……俺の矢が消えた!?」
「ショータ殿! あれは――“弓の勇者”だ!」
ライラの叫びが戦場を震わせた。
「防壁兵、一斉砲火! 撃てーッ!」
橋に現れた三人の騎士へ向けて火線が集中する。
しかし――。
煙が晴れる。
三つの影は、不死の亡霊のように立ち続けていた。
「そんな……砦を砕く威力だぞ……?」
「……人間じゃ、ないのか……?」
恐怖が兵の喉を凍らせる。
次の瞬間、三人が天に向け弓を引いた。
無数の氷矢が空へ昇り、防壁へと降り注ぐ。
ツムリが舞い上がる。
「《風翁の盾》ッ!」
小柄とは思えない風圧。
透明な風輪が氷の奔流を弾くが、それでも兵の半数が倒れた。
続けて豪火の矢が“ジュラの門”へ降り注ぎ、炎が渦を巻く。
「まずい! 《局雨・豪》ッ!」
ヒキガの豪雨が火炎を飲み込み消す。
「ショータ殿! 歩兵どもが押し寄せてきたっ! “弓の勇者”、奴らを止めねば!」
ライラが叫ぶ。
(奴ら……俺の炎龍を容易く掻き消した……
やはり、コウブを消し去った白光の矢でないと…。撃てるのか……俺に…。
いや、やるしかない!)
「ツムリ! もう一度、俺の前に“風の盾”を!」
「は、はいっ! 任せてください!」
「ライラ! 一瞬で良い! 奴らの注意を散らしてくれ!」
「ああ、任せろ!」
「ヒキガ! 門を氷で塞げ! 歩兵どもを一歩も通すな!」
俺は防壁から飛び降りた。
「ま、待て! ショータ殿!」
ライラが飛び降りてくる。
「お、驚いた……
ショータ殿、いつの間にこんな高さから……」
「今は驚いてる場合じゃない。あの化け物を倒すんだ。」
「そうだった。ショータ殿は、いつも戦いを通じて強くなるのだな。」
視界が開ける。
橋の中央――三人の騎士がはっきりと見えた。
弓を構えている。
「ツムリ、来るぞ!」
光が閃く。
「《風翁の盾》ッ!」
風輪が雷矢を受け、雷鳴が轟く。
ツムリの小柄な身体が震えながらも支え続ける。
その横で、ライラが疾駆する。
「こっちを見ろ、化け物ども!
《爆苦無》ッ!」
分身とともに三方向から襲いかかる。
苦無が爆ぜ、血飛沫が舞う。
だが、まだ死なない。
騎士たちは剣を抜き、ライラへ斬りかかる。
「今だ! 消し飛べ!」
俺の白矢が弧を描く。
光の矢が三人の鎧を貫く。
「その矢は簡単に抜けないぞ。」
白い光が輝きを増し黄色から赤へと変わる。
騎士の二人は瞬時に焼け散った。
ただ一人だけが、生き残る。
「浅かった……!
無意識にライラを守り、威力を弱めてしまったのか……!」
「ショータ殿! こいつ! 傷が塞がっていく!」
ライラが叫ぶと同時に飛びかかる騎士。
剣が唸る。
「くっ…何という力! 膂力さえも上回るか!」
ライラは大斧で防ぐも、弾き飛ばされ地面に叩きつけられる。
「《颶風ノ檻》!」
ツムリの風牢が騎士を捕える。
「今のうちに!」
ライラが跳ぶ。
「《火遁・大爆炎竜》ッ! 父から受け継いだ奥義だぁ!」
巨大な炎竜が騎士を飲み込む。
「ショータ殿! とどめを!」
白く輝く矢。準備は出来ていた。
「今度こそ!」
矢を放つ――だが。
巨大な白光の矢が、俺の矢を相殺した。
「な、なんだと⁈」
ツムリが指差す。
「シ、シルヴァリス王だっ!」
閃光。
「《分身・守護の陣》ッ!」
「《風翁の盾》ッ!」
風の盾が豪雷を受け止める。
だが雷の矢は止まらない。
ライラの鋼の分身が次々に砕け散る。
「ショータさん! 逃げてぇ!」
稲妻が迫る。
――逃げられない。
その瞬間、雷を纏う大斧が雷光を受け止めた。
「ライラ!」
「諦めるのは……まだ早いっ……!
雷で押し負ける訳にはっ!!
《雷撃斧》……跳ね返す……ッ!」
ライラが雷光を跳ね飛ばす。
ツムリが叫ぶ。
「ショータさん! 上! まだ生きてる!」
ライラの巨大炎龍に喰われた騎士が、傷を再生し弓を構えて落ちてくる。
ツムリが跳ぶ。
「疾風奥義――
《煌風穿刃》ッ!!」
天を裂く閃風。
ツムリの刃が騎士の胸を貫く。
「ショータさん……再生する前に……!」
気力を使い果たしたツムリが落下する。
「うおおおおおっ!」
三本の光矢が放たれ、白光が騎士を貫く。
眩い光が黄から赤に変色し、最後の弓の勇者を焼き尽くした。
だが。
シルヴァリス王が放った更なる炎龍が俺を襲う。
(くそっ! 避けられない!)
「ショータ殿ーーー!《鋼化》!」
ライラが捨て身で走り寄る。
「《氷壁・地走》ッ!」
氷が走り、俺の前に壁を作る。
だが大炎はそれを砕いた。しかし、俺は無事だ。
「ショータ殿…無事か? 鋼化しても…この様だ…。だが…ヒキガ……お前のおかげで……私は……」
ライラは気を失った。
「ライラーーー!」
ライラの腹には大穴が開き、焼け爛れていた。だが、まだ息がある。
「ショータ殿! 遅くなってすみません!
俺は一刻を争うライラを運びます!
ショータ殿はツムリを頼みます!
彼女も、もはや限界だ。
一旦、要塞へ退避しましょう!」
ヒキガがライラを抱え、門前の敵軍を吹き飛ばしながら後退する。
俺は、気力が尽きてもなお敵軍を薙ぎ倒すツムリのもとに走る。
ツムリは俺の腕の中で気を失った。
(畜生! なんてことだ! 俺の力はこんなものなのか⁈)
俺は退却しながら、不甲斐ない自分に怒りを覚えていた。
こうして――
緒戦はシルヴァリス軍の“弓の勇者”によって、完全に出鼻を挫かれる形となった。
ーーーー
シルヴァリス王は、自然橋の上を静かに歩む。
その背後には歩兵・重装兵が続々と進軍していた。
「ふむ……三張目はここにあったか。」
手には、落ちていた三張のエルフの弓。
「一人……気になる力を持っていたな。
エルフの弓――リオレウスの弓か」
三張を地面に並べる。
「しかし、あの白光……我と同じ力。
威力は足下にも及ばんが……面白い。
あれを連続で撃てる人間など、放置できぬ」
「歩兵ども、足を止めろ!
力に自信ある者、前へ!」
立ち並ぶ歩兵の額へ次々と手を翳し、三名を選び出す。
「恵まれた体格と潜在魔力に感謝するがいい」
シルヴァリスの指が歩兵の額に突き刺さる。
周囲は恐怖で動けない。
「我が力を分け与える。
今より――魔王の忠実なる臣下、“魔人”となれ」
歩兵の瞳から光が抜け一瞬意識を失う。そして、赤く染まった瞳がゆっくりと開く。
「お前は、新たな“弓の勇者”だ」
三人すべてが同じ儀式を受けた。
こうして――
“三人の弓の勇者”が、再び蘇る。




