第一話 迫り来る王影
未開の地からサンサーラへと続く一本の道。
シルヴァリス王国側からその道に入った最初の要衝──それが密林都市“ジュラ”である。
ジュラは、未開の地を東西に断ち切る巨大渓谷に唯一架かる“橋”の役割を果たす街だ。
深い谷を迂回することは不可能であり、サンサーラを目指すすべての者は、この都市を必ず通らねばならない。
まさに天然の関所である。
だが今のジュラは、昔の粗末な拠点とはまるで別物だ。
バースから派遣された人工人間兵士の力により、人口五万を抱える堅牢な前線都市へと進化していた。
巨大な防壁は鏡面のように滑らかで、金属の光沢を帯びてそびえ立つ。
その外郭全体を、ハクが創り出した魔法結界が淡く包み込み、夜でも街を柔らかく照らしている。
この最前線都市を束ねるのは、暁の環の精鋭部隊“朧”最強の戦士──ツムリ。
小柄な女戦士である彼女は、今や正真正銘ジュラの侯爵だ。
そのツムリと俺は、シルヴァリス王国の方角を城壁上から見据えていた。
「“勇者様”……春の風が暖かくなってきましたね。もう……いつ始まってもおかしくありません。」
「そうだな。ついに来る。
だが──迎え撃つ準備は整っている。
なぁ、ツムリ。」
「はい。“勇者様”。いつでも来い、です!」
「だから、その“勇者様”はやめてくれ。ショータでいい。むず痒いんだよ。」
「そ、そうですか? エルフィリア様からいただいた称号ですし、かっこいいのに……。
……ショータさん。」
「ああ、それでいい。呼び捨てでも構わないぞ。」
「そ、それは無理です! ライラ隊長でさえ“ショータ殿”なのに、私なんかが呼び捨てなんて……!」
「じゃあ、呼びやすいように呼んでくれ。ただし──“勇者様”は禁止な。」
「はい! ショータさん!」
立派な爵位を得ても中身は変わらない。
そこが、ツムリのいちばん愛されるところだった。
そのとき、兵が駆け込んでくる。
「ツムリ様! ……勇者様! 城塞へお戻りください。バースよりヒキガ様とライラ様がお越しです!」
―――
ジュラ北端に築かれた大城塞。
イズファルから初めて連れてこられたあの日の面影は、もはや欠片も残っていない。
谷底の首都バースからは、地上の拠点に繋がる昇降室が完備されていた。
ヒキガとライラはその昇降室でジュラを訪れた。
城塞内の会議室へ向かい扉を開くと、すでにヒキガとライラが立っていた。
「ショータ殿。ツムリ。早速だが魔法鏡を起動してくれ。」
ヒキガが指示をだす。
「は、はい!」
ツムリが鏡面に刻印された文字に触れると、魔法鏡が淡く発光する。
「オウル! 聞こえるか? ジュラとの接続は完了した。映像を頼む!」
ライラの呼びかけに応じるように、鏡面が揺らぎ──
「ショータさん、映っていますか?」
オウルの声が聞こえた。
「ああ、見える。オウル、今どこだ?」
「ルミエールの上空を旋回中です。」
「梟の姿でも会話できるのか?」
「ええ。ハク様が作ってくださった私専用の魔法鏡のおかげです。
私の微弱な念波を直接、音声に変換しているそうですよ。」
「ハクの“魔科学”……もはや別次元だ。」
俺は感心した。
「では、降下します。よく見ていてください。」
映像が高度を下げ、ルミエールの街並みが迫ってくる。
そして──
「街が……シルヴァリス軍で埋め尽くされてる!」
鏡面に映る景色は、ほぼ一面“兵”だった。
騎馬、歩兵、弓隊……見渡す限り、列、列、列。
「オウル、軍勢の規模は?」
ライラが尋ねる。
「五万前後でしょう。
ですが……不気味なのは、蝕人兵が見当たらないことです。
王都のように地下施設に隠れている可能性もあります。」
「蝕人兵が加われば、こちらの数の優位は消える……。」
「ライラさん。ジュラの強みは“地形”です。漏斗状の橋しか侵入口がない以上、攻め込める兵は限られます。ここで叩くしかありません。」
「ツムリの言う通りだ。
蝕人兵が現れたら、俺とツムリで“魂還薬”を蝕人に注入してやる。」
ヒキガはツムリに目で合図した。ツムリは頷きで返す。
そのとき、映像が中央市場付近へ移動した。
「……ん? あれは……
星泉閣の中庭か。誰かいるぞ!」
「ショータさん! あれ……
あれ、シルヴァリス王です!」
ツムリが震える声で指した先──
そこには玉座のような椅子に腰かける、威風堂々たる男の姿。
その左右には、三人の騎士。
どれも、映像越しでも分かるほど尋常ならざる“圧”をまとっている。
「あれが……魔王シルヴァリス王。凄まじい威圧感だ……。」
ライラが目を細める。
「ツムリ。王の横の三人……何者だ? ただ者じゃない。」
「ライラさん、私も初めて見ます。」
「ふむ…。側近のファルネウスやマルヴァリウスでもないな。」
ヒキガも目を凝らすが、誰か分からないようだ。
「奴ら、“エルフの弓”を持っている。まさか──弓の勇者か?」
三人の騎士の背には、確かにエルフの弓が確認出来た。
「弓の勇者⁈ 長老会を作ったのは、かつての弓の勇者ファルネウスやマルヴァリウスだ。だが、若すぎる。」
ヒキガが言った。
「“エルフの弓”はマルダが造った最強兵器だ。サンサーラ滅亡の引き金にもなった。
俺の“月光の弓”も、元はリアナの父・リオレウスのものだ。彼も弓の勇者の一人。」
ライラが息を呑む。
「ショータ殿の弓の威力は私も知っている。それが三本も……?」
「いや、王自身も持っていた。
つまり──向こうには四本のエルフの弓がある。」
「……最初から全力というわけか。」
ライラは映像から目を離さず言った。
「ルミエールからここまでの道はエルフの馬での走破は不可能だ。
それに、あの装備での徒歩なら二日はかかる……。
その間に作戦を詰めるぞ。ツムリ、私もここに参戦する。」
「俺もいるぞ。ツムリ。蝕人が出てきた時、必要だろ?」
「ヒキガ様、ライラさん……! ありがとうございます!」
ジュラの街は二日後の戦に備え、兵達の士気も高まっていた。




