第六話 建国の朝
王都シルヴァリスは混乱の渦中にあった。
謁見の間。
冬と春の境を思わせる冷たく張り詰めた空気の中、
二人の男が膝を折り、蒼白の面持ちで震えている。
「ファルネウス。何が起こったのだ……簡潔に話せ。」
王座から響くシルヴァリス王の声は、
温度を一切帯びない、氷そのものだった。
「はっ……。」
ファルネウスの声は、普段の豪胆さが嘘のように細い。
「幽閉棟……天曜院隔離棟……そして、王都地下施設に捕らえていた女王派の者ども……
そ、その全てが……」
言葉が喉で詰まる。
「全て……脱獄しました……。」
「……“全て”だと?」
「は、はい……。その数……二万を超えます。
エルフィリア様と、娘のセレスティア様の姿も……見当たりません。」
「ふむ……。では問おう。
この数を、一晩で脱獄させることができる者は誰だ?」
「く、黒梟総大将“ノブナ”であります……。」
「んん? 其奴は確か……蝕人化させ、我が兵とする予定だった者だな。
お前たちが“逃した”……。」
「っ……申し訳ございません!!」
ファルネウスもマルヴァリウスも身体を震わせる。
「どのようにしたのだ? 二万もの脱獄……何か分かったことは?」
「そ、それが……。
夜中、兵が目覚めた時には牢がすべてもぬけの殻……。
地下施設へ向かった時には、ノブナの破壊により、すべての痕跡を失っておりました……!」
マルヴァリウスが続ける。
「ただ……ある警備兵が……急激な眠気に襲われ……
目を覚ましたときには囚人が消えていたと……。
我ら全員、眠らされていた可能性が……。」
「我ら全員が……一度に眠らされていたと?
そのような力が奴らにあるのか?」
「奴ら人間の能力は、我らエルフの想像を超えるもの……
王の力には及ばぬにしても……侮れぬかと……。」
「侮ったのはお前たちではないのか?」
「も、申し訳ございません!!!」
「王都から火の手が上がったと聞いた。被害は?」
「最大の損害は……王都地下施設の全壊です。
春の戦に向け各地から集めた蝕人を拘束する予定でしたので……。
ひとまず蝕人は各地の地下施設に留め置きます。」
「王都の民はどうだ。死者は?」
「それが……。
不思議なことに“死者は一人もいない”のです。
ごく僅かな怪我人のみで……。」
「……黒梟め。舐めおって。
手掛かりも残さず、死者も出さずに二万を脱獄させただと……。」
「ノブナから王に伝言がございます……。」
「申せ。」
「……奴らはエルフィリア女王と共に“新たな国”――“バース”を建国すると……。
そして次に会う時は、“国として”我らと戦う、と。」
シルヴァリスの顔が、怒りで鮮紅に染まっていく。
「お……お……? おもしろいではないか……!
“バース”だと……⁈」
その声音は笑いながら狂気を孕んでいた。
「ふん。一度滅ぼしたサンサーラだけでは、この戦、物足りぬと思っていた。
丁度よいわ……。
親に牙をむく愚かな娘の国など、いくらでも捻り潰してやる!」
ーーガシャァッ!!
シルヴァリスは王座脇の鋼鉄製の花瓶を握りつぶした。
「ファルネウス! 予定通りだ!
雪が溶け次第、サンサーラへ進軍を開始する!
“バース”も否応なく参戦してこよう!」
「御意!!」
「ふははははははは!!
これぞ!! 冥府から蘇ったこの身の、使い道というものよ!!」
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バース――黒梟の“はじまりの地”。
未開の大地の深き谷。その最奥。
外界より完全に隔絶された巨大な都市群が広がっていた。
中心都市バース、
その周囲を守る十の拠点都市。
総人口、五十万。
さらに春の戦に向け培養された“人工人間”五十万。
静かに、しかし確実に育まれた戦力は、
今や総勢百万人を誇る巨大母体へと成長していた。
谷を渡る朝の風はまだ冷たい。
だが、この日は、その冷たさをも溶かす。
——今日、この地は「国」となる。
女王エルフィリアの名のもとに。
ここに、
“第三国家バース”が誕生する。




