第五話 新国家の胎動
地下深くへと引きずり込まれていく巨大触手の内部で、ノブナの胸はまだ熱く滾っていた。
支配と狂気の象徴であった地下施設――その全てを自らの手で崩し去った。
あとは、痕跡すら残さぬのみ。
「地下施設は完全に破壊した! この触手の通った跡も潰していけるか、メーガン!」
「ノブナ様、任せてください!」
メーガンの声は頼もしく響いた。
「全ての触手は回転刃で岩盤を崩しながら潜行中です!
地形ごと道を壊していきますので、メサイアの痕跡は一つも残りません!
あの連中には、どうやって皆を奪還したのか永遠に分からないはずです!」
「そうか……それでいい。」
ノブナは拳を高く掲げた。
闇の中でも、その拳は炎のように眩しかった。
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最後の触手がメサイアに格納され、ノブナが戻ってくると、操縦室には緊張と安堵が入り混じった空気が漂っていた。
「見事だった、ノブナ!」
ヒキガが駆け寄り、その手を固く握る。
エルフィリアも歩み寄り、静かに頭を垂れた。
「ノブナ……本当によくやってくださいました。
女王派の未来を、見事に繋いでくれました。感謝してもしきれません。」
「エルフィリア様。ここはまだ敵国の真下――気を抜くには早いですよ。」
ノブナは丁寧だが力強い声で答えた。
「まずは我らの国、“バース”へ向かいましょう。
未来の話は、そこでゆっくりと。」
「……はい。よろしく頼みます。」
エルフィリアが深々と頭を下げると、セレスティアもその姿にならった。
「さあ、ノブナ様! メサイアはいつでも動けます。号令を!」
ノブナは頷き、メサイアが来た道――バースの方向へ指を伸ばした。
「メサイア! 我らの国バースへ帰還する! 発進だ!」
ガチャリ、と巨大な歯車が噛み合う音。
メサイア全体にふっと浮遊感が生じる。
「メサイア、稼働開始!」
メーガンの声とともに、巨体が静かに、しかし確かな力をもって滑り出した。
「う、動いた……。」
振動に、セレスティアが思わずエルフィリアの手を握りしめる。
「大丈夫ですよ、セレスティア様。」
メーガンが穏やかに笑う。
「最初だけ少し揺れますが、もう安定しました。
メサイアはすでに時速百キロで移動中です。」
「百キロ……?」
エルフィリアも、バルドランも驚愕に目を丸くした。
「本作戦用に窓を無くしましたので外は見えませんが……。バースまでは五時間ほど。
飲み物も食べ物も、お風呂も備えています。ゆっくりとお寛ぎください。」
気が緩んだのか、エルフィリアは座席に深く腰を下ろし、静かに口を開いた。
「……ノブナ。私は正直、死を覚悟していました。
オウルから作戦を聞いた時、本当に成功するとは思えなかった。」
震える声。しかし確かな安堵がある。
「王都の女王派が全員助かった……。本当に、信じられません。
ありがとう。心から……ありがとう。」
その表情には、安堵と、王都に残された民への思いが滲んでいた。
「エルフィリア様。」
ヒキガがそっと言葉を添える。
「あなたは王都の民を思い、胸を痛めておられるのですね。」
エルフィリアはこの作戦による王都の民の死に心を痛めていた。
「エルフィリア様、ご安心ください。」
ノブナはエルフィリアの胸の内を察し、柔らかく言った。
「我は誰一人殺していません。」
「……え?」
エルフィリアの目が大きく開かれる。
「派手な宣戦布告はしてやりましたが、触手を貫いたのは中央公園の大噴水。
破壊したのは長老会の昇降室のみ。
人気の無い場所を選び炎上させましたが――あれはただの演出です。
民は巻き込んでいません。」
「そこまで……考えてくれていたのですか?」
「当然です。」
ノブナは静かに微笑んだ。
「エルフィリア様は、あらゆる人種と共に生きる国の女王となる方。
そのお方を迎える日に、殺生は似つかわしくないでしょう。」
「ノブナ……。」
「我も変わったのです。あなたに命を救われてから。」
メーガンが尋ねる。
「ノブナさん、地下施設の破壊……本当に問題なかったのですか?」
「ああ。念波は地上の民のいない隙間を抜け、地下だけで弾けさせた。
多少、衝撃による揺れで怪我をした民がいるかもしれんが……それくらいは許してもらおう。」
ノブナは気恥ずかしそうに頭を掻いた。
エルフィリアの目から、堪えていた涙がこぼれ落ちる。
「本当に……なんて作戦を……。
ありがとう……皆さん。本当に……ありがとう。」
ノブナはエルフィリアの前に静かに跪き、頭を垂れた。
「あなたは国の頂になる方です。胸を張ってください、エルフィリア様。」
エルフィリアは涙を拭い、強く前を見据える。
「…次は私の番ですね。
“第三国バース”――私が必ず率いてみせます!」
その瞳には、もう迷いも恐れもなかった。
未来だけが、まっすぐに宿っていた。




