第三話 革命の開門
幽閉棟の尖塔の頂で、ランマルは孤独に戦っていた。催眠の術を発動してから二時間が過ぎた。
「母さん…、ヒキガさん…! 思った以上に力の衰弱が早い。三時間、持たないかもしれない! い、急いで…!」
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ヒキガの前に再び魔法壁が現れる。
「ノブナ。バルドラン。
エルフィリア様とセレスティア様を頼む。俺が先に入り、様子を確認する。
問題なければ合図をする。それまで、ここで待機だ。」
ノブナとバルドランは静かに頷いた。
ヒキガはすうっと空間に溶けると同時に魔法壁の結界が消え、扉が開く。
ヒキガは開かれた果てのない白い空間に飛び込んだ。
(これは! やはりかなりの数が囚われている。ここはエルフばかりだ…人間は見当たらない。)
ヒキガは空間を走り回り情報を収集する。
(よし!みんな疲弊してはいるが拘束されてはいない。それに…。守衛の一人もいない。長老会の奴ら、この場所に相当自信があるらしいな。)
(だが! お前たちが目覚めた時、愕然とする姿が目に浮かぶぞ!)
ヒキガは姿を現した。
突然現れた男に、囚われた人々が悲鳴を上げ、ざわつき、怯える。
ヒキガは騒然とするエルフ達に大声で叫んだ。
「俺はお前たちを助けに来たものだ! 間も無くエルフィリア様もここに来る! 落ち着いて時を待て!」
ヒキガは、肩掛け袋から小さなパネルを取り出す。パネル中央で点滅する赤い光と、ヒキガが走る動きに合わせ移動する白い円。
やがて円が赤い光に重なり、ヒキガが止まった。
「ここだ!
お前たち!すぐにここから離れろ!今すぐだ!」
ヒキガの周りにいた人々は訳もわからず逃げ惑う。
ヒキガは背中に背負った改良型の“小型の種子島”を構えた。
「よし。行くぞ!」
宙に舞い、真下の床に狙いを定める。
「一発限りの《黒球》だ! メーガン! 受け取れ!」
種子島から黒い玉が発射され、床に大穴を穿つ。
エルフ達が悲鳴を上げ、子供達が泣き叫ぶ。
地面が震え、轟音が響く。
「よしっ! 来た!」
ヒキガが叫ぶと同時、穴の底から巨大な触手が現れた。
「メサイア!接続完了です! いつでも大丈夫ですよ!」
メーガンの声が響く。
「メーガン! 残りの触手の穴を穿つ! 種子島をこっちへよこしてくれ!」
「了解!ヒキガ様! この触手を通して二分で届けます!」
「分かった! その間にノブナを呼ぶ。頼むぞ!」
ヒキガは入り口に走った。
地下施設内はもはや大混乱だった。
「ノブナ! 行くぞ! ここからは時間との勝負だ!」
「エルフィリア様、失礼!」
ノブナはエルフィリアを抱き上げた。
「セレスティア様も、少し我慢してください。」
ヒキガはセレスティアを抱き上げる。
「バルドラン! あそこの触手まで皆を誘導してくれ!」
「任せてくれ!」
バルドランはすぐに動いた。
「さあ、エルフィリア様。しっかり掴まってください! 行きます!」
ノブナとヒキガは触手に向かい走った。
「エルフィリア様とセレスティア様がここにいる!共に脱出するぞ! 皆、我らについて参れ!」
ノブナはエルフィリアを抱え、叫びながら走った。
触手に着くとエルフィリアは皆に声を上げる。
「女王派の者たちよ! 私は無事だ! これより、シルヴァリス王と長老会に反旗を翻すため、“革命の第三国”を樹立する! 私について参れ!」
エルフィリアの声は、あっという間に人々の心に届いた。彼女はまさに、彼らの神に等しい存在なのだ。
「エルフィリア様。この触手の中、一度に二百人が乗り込める昇降室が順次やってきます。さあ!乗り込んでください!」
ノブナが誘導する。
エルフィリアとセレスティアが初めの昇降室に乗り込む。
「ノブナ、ちゃんと帰ってくるのよ。先に行って待っています。」
エルフィリアがノブナの手を握る。
ノブナは力強く頷いた。
「さあ、あなた方が進めば、民衆は付いてきます。行ってください!」
エルフィリアとセレスティアの昇降室が動き出す。
「エルフィリア様とセレスティア様が行く先に我らの未来がある! 信じて進め!」
囚われの民たちの目に光が戻り、昇降室に入っていく。
触手からメーガンの声が響く。
「ヒキガさん! 残りの種子島を荷運び用の昇降ボックスで送りましたよ! 全ての触手が揃えば四十分で二万人をメサイアに収容出来ます!」
「メーガン! 確認した! 今から残りの五箇所に穴を穿つ!待ってろよ!」
ヒキガは五本の種子島を背負い駆けていった。
ノブナは小さなパネルで時間を確認する。
「ランマルの制限時間は…残り十五分を切ったか! まずい! 全ての民を逃すまで催眠の力は持たないか⁈
ランマル…ここに戻る体力が残っていれば良いが…。」
ノブナはランマルが気掛かりだった。
その時、バルドランが触手に到着した。
「バルドラン!
すまないが、我はランマルの様子を見に行く。ここを頼む!」
「ノブナ。気をつけて行け。」
ノブナは背中に背負った種子島の一本を天井に放った。“黒い玉”が放たれ、天井から地上に穴を穿った。
ノブナは飛び、穴から地上に出ると、真っ直ぐにランマルのいる尖塔に飛んだ。
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ランマルは憔悴しきっていた。だが、作戦完了の合図の種子島が上がらない。
もはや、気力も体力もランマルには残っていないはずだが、最後まで諦めない気持ちだけで術を放ち続けていた。
「か、母さん…。ヒキガさん…。ごめんなさい…。」
ランマルは小さく呟くと、ついに意識を失った。
その大きな体がぐらりと傾き、尖塔の頂から落ちる。
「ランマルーーーーー!」
ノブナはランマルを間一髪、抱き止めた。
「すまない! よく耐えた! 皆のところへ戻るぞ!」
ノブナはランマルを抱えその場をすぐに飛び去った。
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王城内に女王派脱獄の報せが飛び交ったのは、ランマルの術が解け、半刻ほど経った頃である。
長老会派の議場。
ファルネウスの顔は青ざめていた。
「ファルネウス様! 幽閉棟はエルフィリア、セレスティアの二名だけに留まらず、囚人すべてが姿を消しました…。」
「何だと…⁈ 一体、何が起こったと言うのだ! マルヴァリウスはいるか! 報告しろ!」
ファルネウスの肩は震え、拳は血が出るほど握り込まれている。
「マルヴァリウス様は天曜院に向かわれました。間も無く戻られるかと…。」
その時、マルヴァリウスが議場の扉を開き、息を切らせ部屋に飛び込んで来た。
マルヴァリウスの表情もまた、酷く青ざめている。
「ファルネウス様…。天曜院隔離棟の囚人も全て消えました。…嫌な予感がします。
女王派の民どもを閉じ込めた地下施設。あそこへすぐに行きましょう…。」
「まずいぞ…マルヴァリウスよ…。
あの場所の民どもまで逃したとなると、王に示しが付かん…。
しかし、まずは確認せねば! すぐに行くぞ!」
ファルネウスとマルヴァリウスは外套を翻し議場を出ていく。その後ろ姿には初めて見せる焦りが滲んでいた。




