第二話 起動する革命
冬の間に積もった雪が薄っすらと残るシルヴァリス王都の夜。月の明かりが街を青白く染めている。空気はまだ冷たかった。
幽閉棟。
コツコツと石の廊下を歩く音が聞こえた。
その気配は暗い廊下を進み最奥のエルフィリアの牢で立ち止まった。
エルフィリアは眠っていた。
牢の扉が“ぱちっ”と音を立て、ゆっくりと開く。
人の姿は見えない。
しばらくすると微かな月明かりに照らされ、空間が揺れた。
その者の姿が現れる。ヒキガである。
ヒキガは眠るエルフィリアに気付薬を嗅がせる。
エルフィリアの目がゆっくり開く。
「お迎えに上がりました。エルフィリア様…。」
「…あなたは、暁の環の…!」
「ヒキガです。エルフィリア様、永らくお待たせを。さあ、この場所ともおさらばです。」
ヒキガはエルフィリアの鎖を“魔法具”で断ち切る。
「本当に来てくれたのですね…。」
「はい。時間がありません。早速行きますが、立てますか?」
「はい。オウルに言われ、この牢で筋力だけはつけていましたから。大丈夫です。」
ヒキガは頷いた。
「隣にバルドランがいます。彼も…。」
「もちろんです。」
ヒキガはエルフィリアの手を引き、隣の牢を魔法具で開ける。ぱちっと火花が起こり、扉が開く。
眠るバルドランの鼻先に気付薬を染み込ませた布を当てがう。
「はっ…。」
バルドランが目を覚まし、半身が立ち上がる。
「…ヒキガか⁈」
「目が覚めたか?バルドラン。助けに来た。
早速だが、お前に頼みがある。」
ヒキガはバルドランを見据え、作戦を簡潔に伝える。
「俺とノブナがこの幽閉棟の全ての人々を解放する。ランマルが衛兵達を眠らせている間に、皆を天曜院隔離棟に誘導してくれ。急げ。」
「分かった。だが、天曜院から先はどう逃げるのだ?」
「隔離棟から繋がる地下施設へ案内する。
そこに囚われている女王派の民たちも全て脱出させる!とにかく急げ。
ランマルの力は、時間制限がある。三時間これが限界だ。気付かれる前に動くぞ。」
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ランマルは幽閉棟の尖塔の屋根から催眠術を王城敷地内に施していた。
ハクが造った魔法具により、その効果範囲と制限時間は格段に増していた。
「やはり、王城の魔法結界はハク様が造った以前のようには復元出来なかったようですね。オウルが言った通り、この程度なら入り込むのは容易ですね。
さあ、僕は限界まで敵を眠らせておきます。
ヒキガさん、母さん、頼みますよ。」
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ノブナは幽閉棟に囚われている女王派の者たちを次々に解放していた。
「あなたは、もしや…。エルフィリア様のご息女…?」
「はい…。セレスティアです。」
「セレスティア様。我らが女王派の皆さんを助けます。エルフィリア様もご無事です。ご安心を。」
「あなたはノブナさんですね。オウルさんから聞いていました。ありがとうございます。」
「セレスティア様、天曜院の隔離棟は分かりますか?」
「はい。分かります。」
「我はまだ残っている人々を解放しなくてはなりません。セレスティア様、一人で隔離棟に向かえるならば先に。あまり、時間に余裕がございません。」
「大丈夫。迷っている人たちも私が案内して連れていきます。」
「さすがはエルフィリア様のご息女。頼もしい。よろしく頼みます。」
ノブナは頭を下げ、その場を去った。
「お母様、天曜院で会いましょう。」
セレスティアは走り出した。
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王都の地下に広がる巨大施設。ここには王都から連行された女王派の民が二万人弱。逃げ場もなく捕らえられていた。
この場所は、ランマルの催眠術が届いていない。
「さっきの振動と轟音…。地震なのか?」
真夜中、突然地下から響いた轟音と振動に眠っていた者達も目を覚まし、不安な夜を過ごしていた。
「俺達はどうせ…もうここから出られないんだ。地震で生き埋めになろうが、春に処刑されようが…死ぬ事には変わりない。苦しまずに死にたいものだ…。」
大人達は諦め、子供達は毎日恐怖に怯えていた。
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天曜院隔離棟。
この場所に幽閉棟から脱出した人々が全て集まっていた。隔離棟に囚われていた人々も先に来たバルドランが解放し、今やここだけで千人ほどが集まり、各部屋にわかれて肩を寄せ合っていた。
「私たち、助かるのかしら…。」
「セレスティア様がそうおっしゃっていたわ。」
「エルフィリア様もご無事でいらっしゃるらしいぞ。」
「彼女らは一体何者なんだ?」
「女は黒梟の親玉だった奴らしいぞ。信用出来るのか?」
「俺達は一体どこへ逃げるんだ。」
人々の会話に期待と不安が入り混じっていた。
「皆の者…!」
透き通る声が隔離棟内に響いた。
集まった人々の関心がその声に一箇所に集まる。
「私は女王エルフィリアです。皆、この数ヶ月よく耐えました。……どうか、あなた自身の未来を諦めないでほしい!
今日、我ら女王派は、シルヴァリスを脱出します。」
「シルヴァリスを脱出⁈」
「どこへ…⁈」
「我らは、暁の環そして黒梟とともに、シルヴァリス王、そして長老会派と戦うため…。然るべき場所で新たな国家を樹立します!」
「新たな国家⁈」
「詳細は後。皆さん時間がありません。これから何が起ころうと、私と…、皆さんを救った者たちを信じ、ついて来なさい!
これが、我らの新たな道の始まりです!」
人々はただ、女王エルフィリアの声に熱を感じ、微かに見えた光に向かう決意を持った。
「さすがはエルフィリア様。これで皆、まとまったでしょう。では、急ぎ地下へ参りますぞ!」
ノブナは手を上げた。
ヒキガが先頭になり、隔離棟最奥の扉から地下へ向かう。その後を人々は列をなし、急ぎつつ、ゆっくりと降りて行く。
「魔法壁だ…。」
ヒキガはそう言うと、リアナの魔力を備えた魔法具を翳す。
魔法結界が消え、扉が開く。
「ハクの魔法具は本当に素晴らしいな…。」
ヒキガは思わず感心した。
「セレスティア。ノブナから聞きましたよ。あなたが人々を隔離棟まで案内したようですね。」
エルフィリアはセレスティアに声を掛けた。
「お母様…。私もお母様のように強くなりたい。少しは役に立てたでしょうか。」
「もちろんです。あなたは、私の自慢の娘です。立派になって嬉しいわ。」
エルフィリアの表情は母の優しい顔だった。
「お母様…。私、本当は怖かった…。でも、またお会いできて…良かった…。」
セレスティアは我慢していた涙が溢れたようだ。
「セレスティア。泣くのはここを出てからにしなさい。無事に脱出できたなら、あなたを強く抱きしめさせてくださいね。」
エルフィリアはセレスティアの細い手を優しく握った。
セレスティアは微笑み頷いた。
千人の人々を連ねて進むには、この道は狭い。ランマルの力の制限時間まであと一時間を切っていた。
「まずいな…。想定より時間が掛かっている。ランマル、耐えてくれ。」
ノブナは祈った。
尖塔の上、ランマルの額から、血と見紛うほど濃い汗が滴り落ちていた。もう限界は目前だった。




