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不思議スキル『ナガノさん』を持つ令嬢、婚約破棄イベントで覚醒した


「エマ、君との婚約を破棄する」


 婚約者であるハインス第二王子に言われたとき、エマは覚醒した。大昔に授かって、まったく開花していなかった不思議スキル『ナガノさん』を感じた。


 エマにスポットライトが当たる。ズンズンズン。なんだか軽快な音楽も聞こえる。


 なぜかしら。楽しい気持ちになってきた。言いたいことも言えず、悲しい気持ちを呑み込み、生きてきた。


 目立たぬよう、出過ぎぬよう、完璧にハインス王子を支えられるよう、黒子になってきた。ハインス王子の周りを、表情がクルクル変わる平民上がりの男爵令嬢がまとわりついても、耐えた。婚約者として、いずれは正妻として扱ってもらえるのなら、愛人ができても見て見ぬフリをするしかない、そう思っていた。


 ところが、学園のパーティーで男爵令嬢をエスコートするハインス王子に、一方的に言われたのだ。


 生徒たちが好奇の目でエマを見ている。


「君の陰気臭いところにはうんざりだ」

 

 確かに、ピンクブロンドのフワフワ愛されヘアーの男爵令嬢に比べたら、ペッタリとした黒髪のエマは地味だろう。毎日の手入れが楽なように、アゴの上あたりで切りそろえているので、女らしさもないかもしれない。


「それに、なんだその服は」


 エマは自分の衣装を見下ろす。空色のブラウスに赤いスカート。あまりない組み合わせだけど、冷静と情熱のあいだみたいで、エマのお気に入りだ。


「ネクラな割によく食べ、よく寝ているそうではないか。がっしりして庇護欲をそそられぬわ」


 よく食べ、よく寝ないと、授業についていけないし、ハインス王子の仕事を肩代わりすることもできない。毎日、クタクタになるまで働いているからこその、パクパクバタンキューだ。


「じっとりした目で見てくるだけで、何も言わないのも、薄気味悪い」


 その言葉、ポイズン。その態度、ギルティ。

 

 分かりました。そこまで言うなら、こちらもお返ししましょう。


 スポットライトの中、エマは頭を深く下げ、両手を勢いよく上げた。十分にためてから、さっと直立する。固唾をのんで見守っていた楽団が、雷に打たれたように震えた後、無表情でビートを奏ではじめる。ズンズンズンが、会場にリズムを刻む。


 エマは両腕を直角に曲げ、リズムに合わせて上下させる。それに合わせて、左足でステップを踏みながら乗馬のギャロップのときのように腰を上げ下げした。


「ふぉー」


 今で一度も出したことのない声が出た。観客がのけぞる。驚く姿がおかしくて、思わず笑ってしまう。観客と王子たちをよく見ようと、右手で左側の髪を後ろにかきあげた。


 腰振りをやめ、横側にステップをふむ。


「王子よりー、ふつうにー、ナガノさんが好っきー」


 ああ、気持ちいい。言いたかったことが、言えた。ナガノさんって、誰か分からないけど。


「ピンクよりー、ふつうにー、黒髪が好っきー」

 

 そうよ、黒髪の何が悪い。夜空の色ではないか。


「王子よりー、ふつうにー、仕事が好っきー」


 王子は何も与えてくれないけど、仕事をすればお給金が出る。


「ハインスよりー、ふつうにー、カートが好っきー」


 え、そうなの? 自分で言って、ビックリした。悪ガキと名高い第三王子カートが好きだったの? 授業や執務をさぼってギターを弾いているカートを探し出して連れて帰るのは、楽しい時間だったかもしれない。


「ふぉー」


 エマはもう一度叫んだ。


「ふぉー」


 どこからか返事が聞こえた。窓が開き、バルコニーから少年が現れる。


「ふぉー」


 アゴの下あたりで無造作に切られた金髪をかきあげ、カートがニヤッと笑う。なんて、かわいい笑顔。


 カートは軽快な足取りで近づき、エマの隣で腰を振り始めた。


「誰よりー、ふつうにー、エマが好っきー」


 エマはピタリと止まる。カートも止まった。楽団が手を止め、会場が静かになる。


「本当?」

「マジマジ。マジでエマがずっと好き」

「ふ、ふぉー」


 エマは小さくつぶやく。神様ナガノ様、こんなことがあっていいのでしょうか。


 カートはエマの手を握ると、サラッと言う。


「そういうわけで、兄貴。エマは俺がもらうから」

「バカな」

「バカは兄貴だろ。エマって最高じゃん。かわいいし、おもしろい。ダンスもうまい」

「今のは、ダンスなのか?」

「見てな、流行るぜ」


 カートの言葉に、観客たちが拍手をする。何人か、「ふぉー」と叫んだ。


「バカな。そんな、そんなことがあるはずが」

 

 ハインスの声がどんどん小さくなる。観客の拍手が大きくなってきた。


 エマは、横ステップをふむ。気合を入れて腹から声を出す。


「ハインスよりー、ふつうにー、カートが好っきー。はい、一緒にー」


 エマが誘うと、観客たちも乗って来た。皆で声を合わせる。


「ハインスよりー、ふつうにー、カートが好っきー」


 青ざめているハインスと男爵令嬢を除き、全員で何度も繰り返した。会場が一体となった。




 夜会での騒動は国王の耳に入り、ハインス第二王子はこってりと怒られた。


 エマはカート第三王子と婚約することになった。ふたりは王都だけでなく、色んな街を訪れ民と交流している。


「エマさまー、カートさまー。ナガノさんをお願いしまーす」


 エマとカートは今や、民からの人気者だ。貴族と王族なのに、言いたいことを言ってくれる稀有な存在。自分たちの気持ちを言語化してくれる代弁者。一緒に踊って、鬱屈とした気持ちを晴らしてくれる救世主。そんな扱い。


「スキル『ナガノさん』を授かったときは訳が分かりませんでしたが。素晴らしいスキルです。どなたか存じ上げませんが、ナガノさん、ありがとうございます」


 エマは毎日、ナガノさんに感謝の祈りを捧げている。




最近どハマりしている芸人の永野さんへのオマージュ?です。

お読みいただきありがとうございました。

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よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
タイトルで、ナガノ‥誰?「??」となって、 序盤から、え、私なに読んでるだったっけ?  と一瞬、ゲシュタルト崩壊起こしかけました(笑) 忘れられない短編の1つになりました。
ナガノさんってそれかい!wwww
スキル「ナガノさん」で良かったですね。 これでスキル「エガちゃん」だと、令嬢としての人生終わってた気がします。
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