別離
とても信じられない夢だった。
安都水司竜が死んだ。
鷹矢と飛燕が見つけた時には、既に事切れていた。外傷はなく。死に顔はまるで眠っているかのようだ。何故と言う理由は判らない。あの時、鷹矢と飛燕でさえ危なかったのだ。鷹矢が咄嗟に結界を張ったから良かったようなものの、一歩遅ければ森とともに巨大な力に圧し潰されていた。慌てて司竜を探して、結果がこの様だった。
「馬鹿なっ!冗談だろ、こいつたった今まで笑っていたんだぜ。笑って…あんなに動き回ってたじゃねえかっ。それが何で…!」
「うろたえるなっ。」
鷹矢の顔に飛燕の平手が飛んだ。しかしその彼女の声も上擦っている。鷹矢はガックリと膝を落とした。
「何があったんだ…?こいつが殺られるなんて信じらんねぇよ。誰が…誰が、一体…」
飛燕は無言のまま唇を噛みしめて、司竜の死骸を見つめていた。つい先程司竜の力を見たばかりの彼女には、目前の事がどうしても信じられなかった。今にも彼がひょっこりと起き上がって『悪い、悪い』とでも言いそうな感じさえあった。
しかし彼は死んでしまった。ここにあるのは、唯の骸にすぎない。
「ばっか野郎っ。訳を言えよっ、起きろこの野郎!司竜ォ。」
飛燕がいるにもかかわらず、鷹矢は喚き散らして司竜に取り縋っていた。彼女には声をかけることも、どうすることも出来ない。ただ離れて、己の涙をじっとこらえるしかなかった。
しばらく鷹矢の嗚咽が聞こえていたが、いつの間にかそれも止んだ。見ると鷹矢は何か呪言を唱えながら、空に印字を切っていた。
「鷹矢?」
「ーー結界を張ったんだ。こうしておけば万一死体が妖魅に見つかる事もないし、いずれ他の祓士が見付けてくれる。」
「何のためにだ?」
「死体を連れてちゃ、あんたを森の外まで送れない。」
「なっ!?司竜を置いて行くと言うのか!!私は行かぬぞ。私にも責任はあるはず。私一人森を出るわけには行かぬっ。」
「だめだ。」
鋭い口調だった。一瞬飛燕は息を呑んだ。軽口の鷹矢らしくない態度だ。
「たとえあんたが残ったとしても、死体は景斗に連れて行くんだ。でもあんたは行けない。妖魅にやられた祓士は、景斗に連れ帰って浄化する。ー妖魅にならないようにな。部外者は入れないんだ。」
「しかし……」
「それにあんたには、あんたの使命がある。国の命運を賭けた大きな使命なんだろ?こんなことに拘わってる暇はないはずだ。ーー奴だって同じことを言うさ。」
有無を言わさぬ言葉だった。
そうだ私には緋に行くと言う使命があった。放棄するわけには行かないーー
「わかった。」
司竜に別れを告げると、二人はその場を後にした。
森が半壊した今、外までそう遠くはない。
二人が去った後、森は静かだった。
妖魅の気配など禍々しいものはすべて消え失せ、今や静寂だけが森を包みこんでいた。輝く光の帯が幾筋も地上を照らし、ここはさながら浄土のようであった。
この森に一人取り残された司竜。その彼の骸に向かって話しかける者がいた。
姿も無く、言葉すら無く。しかし確かに語りかけていた。
ーー死が許される程、お前も私も十分に務めを果たしてはいまい。
私はお前を待っていたよ。繰り返し、ただ地が私の存在を思い出すのをひたすら待った。ー長かった。私自身が己を忘れてしまうくらい、長かった。ーー私は二度と同じ道を辿るつもりはない。お前は私を得、私はお前を得る。そして初めて《晶》となる。
そして今度こそーー!