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緋の迷宮  作者: 津本美弥
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魂魄

 かつて《天郷》は、四つの大きな国に別れていた。

 東に(しょう)。西に()。北に(りょく)。南に(へき)。それぞれが巨大な国で、互いに相争っていた。

 《天郷》そのものが四方に自然の障壁を持った閉ざされた地域であった。そのため、もはや巨大になりすぎた四国に残された道は二つ。互いの国を領土とするか、共に滅びるかであった。

 戦は国を荒れさせ、妖魅を活性化させる因となった。そしてついに兇羅なる最も禍々しい者を揺り起こしてしまった。もはや人の争いに加え、妖魅のはびこる四国は滅びに瀕していた。幾つもの邦が消滅し、幾つもの土地が人の住めぬ腐土と化した。

 これが《天郷》の有様であった。

 限られた地に根を下ろし、他へ行く術を知らず。全てはここから始まり、ここに終わった。

 長い間、同じ時を繰り返してきた。今もまた、その繰り返しの一つに過ぎなかった。

 しかし人は黙って、滅びの道を選んだのではない。たとえ滅ぶとしても一矢報いねばーー

 それが《守護者》なる者だった。

 《守護者》とは、地が人と交換するために必要とした、守り人をそう呼んだ。人の御世になった

時より有り、《天郷》に安定と秩序をもたらし続けた。時は移り人は変われど、その在り方は何ら変わることがない。今においてもそれは同じだった。

 晶の翔豈(しょうき)

 緋の阿以良(アイラ)

 緑の陸野(リウイエ)

 碧の土岐(トキ)

彼らが《天郷》を守るために使った力は凄まじい物だった。その途方もない力のために、《天郷》そのものも傷付かなければならなかった。

 地と守護者は表裏一体。己が力は己に帰る。ーーまさに諸刃の剣だった。

 「何としても、あやつを封じねばならん。長引けば我らが不利になるのは必定。とはいえ、どうすれば良いのか。」

「何を気弱な。土岐殿らしくない。」

 緑の陸野は、出自を夜叉の一族とした玲瓏(れいろう)な女性だった。片や土岐は碧には珍しく丘に居を構える初老の男である。

「おお、阿以良殿。」

 岩屋の奥より男が一人出て来た。きつい相貌を持った若者だった、

「翔豈殿はどうか?」

阿以良は静かに首を横に張った。

「晶は手酷くやられたからな。…翔豈殿も無事では済むまいて。」

「うむ。もはや一刻の猶予もないな。しかしどうすれば…」

「ーー手が無いでもないんだが…」

「阿以良殿?」

緋の阿以良は、二人を前に淡々と話し出した。

 その手だてとは、即ち《守護者》そのものを《封》として、兇羅を封印することだった。当然二人は驚愕し、口を揃えて『馬鹿な』と言った。

「阿以良殿、それは無茶というものだ。守護者を封としてしまえば、その地もただでは済まぬぞ。いや、死んだも同然ではないか。民草はどうする!?第一そもそも誰が《封》となるのだ。」

唾を飛ばしながら土岐が言う。

「話しを最後まで聞け。たしかに我々の内、誰かが封にならねばならん。しかしその《封》をまた誰かが封印するのだ。ーーつまり封となった守護者をさらに二重に封印して、地と守護者を切り離すのだ。」

「何!?」

 地と守護者を切り離すなど、考えにも及ばないことだった。守護者を封印してしまえば、地は守人を失うことになる。いや、そもそも守護者を封印出来るのかーーそしてその後、地はいかなることになるのか。

 誰もが己が地が愛しかった。

「私が封となろう。」

沈黙を破ったのは翔豈だった。齢十九の最も若い晶の守護者が、やつれ果てた体を起こして立っていた。

「何を馬鹿な、翔豈殿っ!気でも違われたかっ。」

「いや、私は正気だよ陸野殿。…正気だからこそ言っている。話はすべて聞いていた。私が封となる。」

土岐も陸野も慌てた。ただ一人阿以良だけが静かに翔豈を見ていた。

「何故!?」

「ーー我々に時は無い。手立てが一つしか無いのなら、誰かが殉じねばなるまい。幸いな事に我が晶には、祓士を生業にする一族がいる。私無き後、晶は変わるであろうが、代わりに彼らが晶を守るであろう。私はこの通り深手を負っている。これ以上傷付くわけにはいかぬのだ。ならばいっそ封となり、早く兇羅を片付けたい。」

 静かな語りだった。不安も恐怖も無い。既に翔豈の心は決まっていた。そしてそれは三人共、手に取るように分かった。

「翔豈殿、本気なのだな。」

「あぁ。」

「判った。」

阿以良が言った。

「ならば私が、もう一つの封となろう。晶に祓士がいるように、我が地には聖域がある。力が集まる域がな。…それに言い出したのは私だ。任の一端を負う責任はあろう。よいかな?土岐殿。陸野殿。」

二人共頷くしかなかった。唯一人、陸野は苦い思いを噛みしめていた。ーー女子ゆえの思いだった。

「翔豈。そなたが決めたこと、私が口を挟むこともあるまい。しかし…そなたを見ていると辛くなる。色恋沙汰は好かぬが、そなたが気にかかる。ーー無性に気にかかって仕方がないのだ。本当にいいのか!?兇羅と共に永劫の闇に落ちてもっ。」

「ーー闇に落ちるわけでは無い。正直言えば、このような封など一時的なものにしかならぬだろう。必ずまた兇羅は現れる。封を破り、再び地に蘇り、地は荒れる。天郷の歴史はその繰り返しに過ぎん。その時私も再び地に降りよう。百年先か、千年先かーー。本当はそのような時など来ないほうが良いのだがな。ーー陸野殿の心持ち、忘れはせぬ。たとえ幾何時を重ねようとも、決して……」

 彼らの最後の試みは、見事に成功した。翔豈の中に封印された兇羅は、天郷から消え失せ、同時に翔豈も消え失せた。そしてその封は緋の国においてさらに囲い物の中に封印された。聖域の力を借りて、守護者の力を集めた囲い物。ーーそれは四聖宮と名付けられた。しかし四方のうち、東方ーー晶の力は失せたままだった。

 そして時が過ぎ、安穏とした緩やかな時の中で、人々は総てを失って行った。ー兇羅の事も。守護者の事も。封印である四聖宮の事さえも、本来の在り方を忘れ果ててしまった。

 五百年は余りにも長かった。



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