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カランカランとお酒の入ったグラスに、
氷が当たる音がする。
男性は意を決したのか、まっすぐに私を見つめ、
話し出した。
「いきなりの事ですみません、
私はウィル・ド・ベルジック、公爵の身分です」
道理でこのサロンに馴染んでいると納得した、
公爵は王に次ぐ地位、この国に20人といない高位者だ、
住まいは王宮の一部を与えられ、国から保護されている。
おそらく、私の情報はマスターから伝えられていると
思われるので、黙って話の続きを聞く。
「実は、もうすぐ王太子妃になる女性の振りをして欲しいんです」
突拍子もない内容に、思わず「はい?」と言いそうになったが、
顔の筋肉を総動員して、穏やかな笑顔を作る。
「振り・・・ですか?」
優しいだけの男性に思えたのに、この時ふいに、
影を落としたような、寂しい表情を見せられ、
心がどきんと跳ねる。
「この恋を、終わらせる為に・・・」
ピアノのゆったりとした演奏が流れ、
光を落とした照明が、複雑な陰影を描き出す。
その影が、男性の表情をより深くしていた。
「王太子妃になられる方の振りと言う事は、
ウィル様は、フェリシア様に片思いされている
と言う事ですね」
「ええ」
フェリシア様は今は、王太子の婚約者、
もうすぐ結婚式を挙げられて、王太子妃と
なられるお方だ。
王太子の婚約者となると、
例え公爵といえど、思いを伝えるなど不可能だろう。
王宮に一緒に住んでいて、
会ったり、話したりする機会がある分、
余計辛いのかもしれない。
「当然、思いは伝えられないですよね」
私はぽつんとつぶやく。
「はい、私が勝手に思っているだけなんです、
もう諦めてしまいたいのですが、どうしても心が辛い、
そんな事をマスターに話していると、
マスターから、貴方に身代わりになってもらって、
一度デートをしてみれば?と提案されて」
「マスターが・・・」
マスターの考えも分からなくない、
身代わりでも、楽しい思い出ができれば、
それで吹っ切れるのかもしれない。
私とフェリシア様が似ている事は、
よく言われるので知っていた。
「当日のドレス・宝石・デート費用は全て出します、
もし、必要ならお金も・・・」
そう言われて、お金までもらえないと、口を挟む。
「お金は大丈夫です、頂けません。
そうですね、ただ王太子妃となる女性が着る物ですもの、
ドレスはいい物でお願いします」
いいドレスをあえてねだる事で、ウィルさんの心の負担が、
少なくなるよう言ってみる。
「いいのですか?」
「ええ」
1日デートをするだけだ、それに公爵となれば、
不埒なまねをする事はないと断言できる。
笑顔で答える私に、ウィル様は、穏やかな笑顔を見せる。
思わず胸がどきんと跳ねる。
美形が微笑むと、心臓に悪いわ。