第5節 起死回生の一手"落とし前"1
俺たちは宿へ向かい、泥濘の道を早足で進んだ。
さっきまで荒れ狂っていた雨は、まるで何事もなかったかのように消え、空には星が戻っていた。冷えた空気が肺の奥を洗い、濡れた路面に星の欠片が散る。
「ザンザスより先に、Sランクに上がる。これが最終目標だ。他は全部、過程に過ぎない。」
俺は前を見据えて歩く。足が泥に取られても気にしない。言葉にしなければ、重さに潰されそうだった。
メアリーは少し遅れて並び、いつもの歩幅で俺を追う。不安を宿しながらも、それでも視線は離れない。
「ただ、現実的に見て――このまま手をこまねいていたら、三日後の発表で俺が飛ばされるのは確実だ。内定だって済んでるだろう。」
俺の言葉に、メアリーの顔色がわずかに落ちた。だが、視線は逸らさず、何度も瞬いて俺を見つめる。
「――つまり、この数日で人事をひっくり返すしかない、ってことですか?」
「そうだ。残された猶予は短い。」
彼女は何度も口を開きかけ、言葉を選んだ末に言う。
「……私が言うのも烏滸がましいですが、ほとんど詰んでいます。ここから光を見出すなんて、到底私には……。」
その正直さが胸に刺さる。言外に、何故、酒浸りの日々を送っていたのか。一人になってでも粘っていれば、今回の評価は巻き返せたかもしれないと。
だが、まだ言えない。
だから、俺は敢えて気付かない振りをして、淡々と迷わずに告げた。
「能力も時間も機会も足りない。今更遅い、…普通に動けばな。だが、…俺は正攻法で動くつもりは毛頭ない。」
メアリーははっと顔を上げる。
「俺とお前の二人の力で――ザンザスを倒す。これは絶対要件だ。故に、どちらかが欠けてはならない。」
彼女の瞳に、消えかけていた灯が戻る。
「そのために、まずはメアリー。遅くとも二日後の正午までに、俺の考えた戦い方を実戦レベルで使えるようにしてもらう。付け焼き刃では駄目だ。実戦で使えるまで叩き込む。」
メアリーは息を飲み、唾を飲み込んだ。
「が、頑張ります!」
「駄目だ!頑張るんじゃない。モノにしろ。でなければ、詰みだ。」
「は、はい!」
宿の前に来ると、彼女はまだ聞き足りないようにこちらを見つめる。隠せぬ不安が目を揺らすのがわかる。
「まだ質問があるか?」
「…はい。特訓の後は…どうするんですか?」
俺は一瞬躊躇したが、先が見えなければ覚悟も続かないだろうと思い、簡潔に告げた。
――レナードの野郎に会いに行く。
一瞬だけ夜風が強く吹き抜ける。
メアリーの目が大きく見開かれていた。
俺は、未来を見定めるが如く、ギルドの方角を睨む。
さぁ、まずは”落とし前”をつけにいくか。
変に入れるより、区切りが良い方が味が出るかなと思って、このパートは短めです。




