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1.大英雄。

ここから、第1章。







 ――よく見る夢がある。

 俺は真っ暗な空間に漂っていて、必死に助けを求めている。だけど誰も答えてくれなくて、まだ幼い自分は泣き出しそうになりながらも叫び続けるのだ。

 誰でもいいから。

 いっそのこと、悪魔か何かでもいいから。

 そいつの手によって命を刈り取られることになっても、構わない。



『ただ絶対に、ここで消えたくない』



 俺がそう願った時だ。

 夢では必ず、一筋の淡い輝きが現れる。

 その光に向かって懸命に手を伸ばし、何かがこの身を引き上げる。その瞬間に目が覚めて、いつものように朝が来るのだった。





「また、この夢か……」



 神との接触後、自身に宛がわれた部屋で俺は目を覚ます。

 外にはまだどっぷりとした闇が広がっており、日の出が遠い先であるのは理解できた。身体は疲れているのだが、絶妙に熟睡できていない気がする。

 思考も曖昧だし、どうしたものか。

 その時だった。



「おう、少年。目が覚めたか」

「……はい?」



 部屋の片隅に腰を落ち着けつつ、こちらを眺める偉丈夫に気付いたのは。

 下半身を布で隠しただけの筋骨隆々な彼は、その勇ましい顔に気前の良い笑顔を浮かべていた。傍らには戦斧があり、いつでも戦闘に移れるようにしている。

 彼の名は、たしか――。



「えっと、たしか……ヘラクレス、だっけ?」

「おいおい。あの時はハッキリ呼んだくせに、自信なさげだな」



 男性――ヘラクレスは肩を竦めるも、しかし気にしない素振りで立ち上がった。

 身の丈は軽く二メートルを超えているだろう相手に見下ろされ、俺は思わずたじろいでしまう。それでも彼は、やはり気にせず逞しい手を差し伸べるのだ。



「改めて自己紹介だな。我はヘラクレス――少年は、近衛真人だな?」

「俺の名前、知ってるのか?」

「当たり前だ。我はお前の中に、ずっと存在していたからな!」

「え、あ……俺の?」



 手を取り首を傾げると、何やらヘラクレスは豪快に笑う。

 そして、意味の分からないことを言った。



「いったい、いつから俺の中にいたっていうんだ?」

「さぁ……それは、定かではないけどな」

「ゲームに入った時、とか?」



 何故か相手も曖昧なので、俺が可能性を提示する。

 しかし、偉丈夫はやはり首を傾げて――。



「いやぁ……? 我はずっと前から、少年を見ていた気がするぞ」

「……なんだそれ」



 そんなことを口にするので、謎はさらに深まってしまった。

 握手を終えて、今度は俺が肩を竦める。



 するとヘラクレスは、腕を組んでしばし思案した後に言った。



「しかし、目的は同じだろう。少年と我は、悪魔を屠らねばならない」

「それはそう、だと思うけど」

「であれば、大船に乗った気持ちでいるが良い! なにせ、この大英雄ヘラクレスが力になると言っているのだからな!!」

「………………」



 そして、またも豪快に笑う彼に俺は苦笑する。

 たしかにヘラクレスといえば、神話に疎い自分でも聞いたことがある存在だ。半神半人、ゼウスの子であり、十二の試練を乗り越えた大英雄。

 そんな神話上の偉人が味方なら、心強いことこの上なかった。

 だけど――。



「……ところで、少年」

「ん、どうしたんだ?」



 途端に声のトーンを落としたヘラクレス。

 彼の神妙な表情に、俺もつい真剣に次の言葉を待った。すると、




「あの美鶴という麗しき女子は、狙えると思うか……?」

「………………」




 何よりも深く思案した声色で、そう口にしたのである。

 それを聞いて、俺は目をすがめて思った。そして、




「知るか」




 色ボケ英雄にそう答え、思い切り背を向けて布団をかぶる。

 彼は不満げに何かを訴えていたが、一切を無視した。




 そうして、夜は終わりを迎えて朝が来る。

 果たしてパートナーがこいつで、大丈夫なのだろうか。一抹の不安が過りはしたのだが、ひとまず置いておくことにしたのだった。



 


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