第九話 獲得条件の穴
一年と少しが経った。
時期は冬手前だ。
この世界にも四季があり、週や月の数え方も大体一緒だった。
俺はと言うと、少し背が伸びて幼児から子供へと変わりつつある。身長が一月で一センチも伸びるんだから、一年で十センチ以上は伸びている。だんだんとクリス兄さんに似てきた感じもする。
「シュウ様?聞いておられますかな?」
「は、はい!聞いております!」
俺は机に座って、隣に立っている先生に慌てて返事をする。この人は俺が生まれた時から父様の執事をやっているジェームズさんだ。
白い短髪に対して綺麗に伸ばされた顎髭。小さい丸眼鏡にタキシード姿。これでもか!と言う程のザ・執事である。
「それではたった今申し上げました、この国の爵位を上から順におっしゃってください。また、それぞれが保有できる軍人の人数の上限も」
「えぇぇ…と。上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵であってますか?それと軍人の保有上限は、それぞれ一万、六千、四千、二千、五百…です」
ギラリとジェームズさんの眼鏡が光るが、すぐに視線は机の上に戻った。
「ふむ。おおむね正解ですな。ちなみに辺境伯と呼ばれる国境や魔物の災害発生の多い場所に領地を持つ伯爵は、他の伯爵より地位も高く、軍人も七千人まで保有可能です。それ以外に、有事の際には国王から直接、身分に応じて軍が貸与される場合もあるので覚えておくように。それでは最後に昨日の復習です。貴族の独自法を設定できるのはどの爵位からだったか、覚えておられますかな?」
「あー………伯爵から?」
またもやジェームズさんの眼鏡が光った。
あ、これは間違えた時の反応だ。
「侯爵からでございます。場合によっては伯爵から認められる場合もありますが特例ですな。さて、今日はここまでにしましょう。今日学んだことはしっかり覚えておくように」
「ふあぁぁぁぁ」
気が抜ける様な声と共に伸びをする。
一週間のうち、五日はこうしてジェームズさん直伝の貴族やマナーの講義がある。
もちろん今は王都の学園にいる長男のルイ兄さんや、次男のクリス兄さんみたいに俺にスペンサー家継承の機会はない。兄さん達とは講義の内容でさえ比べるべくも無いだろうが、それでも四歳児にはハードな内容だった。
え?こういう時だけ子供ぶるなって?
そうですよね。すみません。
午前中の講義が終わって、昼からは自由時間だ。
軽食を摂ってから、サラを連れて庭に出る。
少し寒いが、最近のお気に入りは庭だ。屋敷の南側。はりつめた空気の中で、日差しを浴びながら、俺は坐禅の様な姿勢で集中する。
シュウの隣では、サラも同じように目をつむっている。
意識はお腹の中。
自分の中に有るはずのない物を探す。身体の中に、魔力を感じ取ろうとしているのだ。
始めたのは、兄さんに火の魔法を見せてもらったあの日からだ。前世の記憶があるからか、この姿勢が一番集中できる気がした。
あれから毎日、かける時間はまちまちなれど、欠かさず練習はしている。
そして確実に成果はあった。
たまに上手くいくと、身体の中にもやもやというか、チリチリとしたものを感じるのだ。
もちろん、感じ取れない時の方が圧倒的に多い。上手くいく時といかない時の違いはいまいち分からない。
しかし、それは少しずつ、確実に力になっている。
それは明確な形となって、確認できる。きっとこの世界で俺だけの特権だ。たぶん。だといいな。
"体内の魔力を感じ取る。のクエストも、もう28/30回。あと二回でスキル獲得だもんねぇ。長かったねー退屈だったよー"
ロキ様。応援どうもありがとう。気が散ります。
"はいはーい"
そこから二時間が経過する。
寒くなってきた。だが、もうちょい。なんとなく…もうちょい、な気がする。あと少し………。
おっ…。おっ………これちゃうか?きたんちゃう?きたんちゃう?きたきたきたー!!
確信を持って【スキルクエスト】のウィンドウを開く。そして魔法関連を開くように念じると魔法関連のタブが開いた。
このウィンドウも、最初は指で触って操作していたが、もしかしてと思って試してみたら頭で思っただけで操作できた。
体内の魔力を感じ取る。29/30回。
よっしゃリーチ!あと一回!あと一回で一年間の努力がついに報われる!
「シュウ様?今日はもう終わりですか?」
こちらの様子に気がついたサラが、坐禅をやめて尋ねてくる。このウィンドウはどうやら俺以外の人には見えないらしい。サラの目の前で開いていても、サラの視線がこのウィンドウに向いたことは一度もない。
「うん。サラはどう?」
「少しずつ感覚が慣れてきました。術式などを全く知らないので魔法は使えませんが…」
「いいよいいよ。何かの役には立つかもしれないし、出来るに越したこと無いんだから。」
ただ見てるだけじゃ暇でしょと、サラにも練習するように指示したのは俺だ。最初は立って見てるだけだったが、それも一週間ほど。すぐに隣に座らせて練習を始めさせた。
主人の横に同じ格好で座るなど、使用人の立場から考えたらあり得ない事なのだが、俺がそうするように、そうした方が俺自身も集中できる、と言うこじつけで屋敷の皆を納得させた。
にしても魔力関連のスキル獲得まであと一回か。
もうこのまま頑張ってやってしまおうか?いや、毎日の習慣を乱すのは良くない。明日の楽しみにとっておこう。
「よし。そんじゃ、今日は早く終わったから、街に出かけよう!」
「シュウ様、またお母様からお叱りを受けますよ?」
「うーん、じゃあサルヴァトーレがいないか探してみよう」
俺達は裏庭の訓練所へと向かう。護衛として屋敷には十数人の騎士が交代で常駐している。
その中でもサルヴァトーレは立場、実力ともに屋敷にいることが多い。
「あ!あれそうじゃん!おーいサルヴァトーレ!」
「おや、シュウ様。何か御用ですかな?」
「今から外についてきてほしいんだ。サルヴァトーレ今日非番でしょ?」
休みのくせになぜ屋敷にいるのかと聞いたことがある。休みは特にすることも無いから屋敷を警備している。との事だ。
そんなことしてる暇があったら彼女の一人でも作れよな。そう言う俺は彼女いたことすらないけどさ。
「ご当主様の許可はお取りで?」
「もちろん!」
「奥方様の許可も?」
言葉に詰まってしまう。父様はそこらへん寛容なのだが、母様は心配性からか厳しめだ。
「それは聞いてないけど」
「それなら控えた方がよろしいでしょう」
ぐうう、この堅物めっ!
「でもサルヴァトーレがついてきてくれなくても僕はサラと二人で行くよ?だって父様の許可はもらってるんだからね。もしサルヴァトーレがそれを知っていてついてこなかった事が母様に知れたら…」
「う、うむ。仕方ありませんな。御同行させていただきましょう」
「そうこなくっちゃね」
サルヴァトーレは鎧姿だったのでそれを脱がして、なるべく軽装で街へと繰り出す。護衛だからと鎧を脱ぐことを渋ったが異論は認めない。
「よーし、走って行くよ。まずは鍛冶屋のゲルハルトの所までね」
「む、シュウ様。ゲルハルトの鍛冶屋まではそこそこあります。シュウ様が歩いていかれるには厳しいでしょう。馬車か馬を呼びましょう」
「あー馬は有りかもね。また探しておくよ」
「…?」
「でも今日は走って行くよ。サラも大丈夫?」
サラにもメイド服から私服に近いものに着替えてもらっている。町娘の様な質素な格好だが、それもまた似合うのが美少女。一年経ってその可愛さに慣れるどころか、だんだんと増していく美しさは、街中ですれ違う男達の目を引くようになっていた。
「はい、もちろんです。シュウ様」
「じゃあ行くよー。僕の遅いペースだし寒いから汗もかかないと思うけどね」
三人は走り出した。
と言っても俺はまだ四歳児。そこそこのペースで走っても、他の二人からすればジョギング程度だ。
なぜ走っているかにはちゃんと理由がある。
まずはこの一年で変わったステータスを見ていただこう。とくとご覧あれ。
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名前:シュウ・スペンサー
種族:ヒト
職業:ゲーマーLv2
Lv:2 → 6
体力:10 → 34
魔力:9 → 28
筋力:7 → 21
知力:88 → 108
防御:5 → 17
魔法防御:73 → 95
スキル:【クエスト管理】 【マップ表示】 【スキルクエスト】
【剣術Lv1】New! 【投擲術Lv1】New!
【気配察知Lv4】New! 【スタミナLv2】New! 【逃げ足Lv1】New! 【夜目Lv1】New!
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どうだ。こんなに頑張った一年は前世を合わせてもそう無い気がする。
一番時間を費やした"体内の魔力を感じ取る"こそまだ取得できて無いんだが、まずまずの成果では無いだろうか。
"こつこつとよくやるわよねー"
当たり前じゃないですか。ステータスが少しでも上がるなら努力を惜しまないのがゲーマーですよ。
それで今回、鍛冶屋まで何故わざわざ走って行くのかと言うと。
【スタミナLv3】に向けての【スキルクエスト】が"三分間以上走る。50回"だからである。少なくとも一日一回は走るようにしている。今日は鍛冶屋まで片道三回、往復六回は稼げそうだ。
ちなみに、【スキルクエスト】を効率良く達成していくためのミソは、この"三分間以上"とかの条件を正しく利用する事である。
つまり鍛冶屋までは俺の足で走ってだいたい十分。これを十分走り続けてしまうと一回しか達成できないが、三分間経ったら一度止まってリセットする事で、三回分になる。
ちなみにこの場合三回目で残り二十秒とかで着いてしまった時にはその分通り過ぎることもあったりで、サラには変なこだわりがあると思われている。
なにはともあれ。この【スキルクエスト】は、かなりイヤラシイ所がある。
何故ならこの【スキルクエスト】は、俺以外の人間にとっても、どうやらそのままスキル獲得条件らしいからだ。
他の皆も見えていないだけで、同じ内容をこなせば同様にスキルを獲得できる。それはサラのステータスで確認済みだ。
つまり、これを知っているのとそうでないので、雲泥の差が出来てしまう。
例えば【スタミナ】と言うスキルで見た場合。
単純に○キロメートル走る。ではなく、○分間以上、と言う条件が設定されている。
100キロの距離を死ぬ気で休まず走りきったとしてもカウントされる回数は一回。ダラダラと走っても三分間を一秒でも超えれば一回。その二つが同じ一回としてカウントされるのだ。もちろん基礎体力で言えば前者の方がつくだろうが、スキル獲得に関して言えば、効率は雲泥の差である。
これはだいたいのスキルでそうだ。【剣術】だと"剣類を意図して振る"とか。【投擲術】だと"フォームを意識しながら物を投げる"とか。何かしら条件にクセがある。
【スタミナ】なんかはまだいい方だ。
【剣術】や【投擲術】なんかは、意図して、やフォームの条件を満たしていなければ一生獲得できる事はない。どれだけ努力しようと。何億回剣を振ろうと。
そしてイヤラシイ部分というのは、この正確な条件が俺にしか分からないという事だ。俺以外のこの世界で生きている人達には、恐らくここまで詳細なスキル獲得条件は知られていないだろう。
そうでなければ、有効なスキルは幼少の頃から身につけさせるだろうから。
俺が既に取得している【逃げ足Lv1】。
これは"追われている状況で全力で走って逃げる。500秒"という条件だが、絶対に覚えておいて損はないスキル。Lv1でも体感できるほどには走る速度が上がる。
しかし俺が今まで生きてきた中で、これを含めてスキルを覚えさせられようとしたことなど一度もない。
もちろん、どこかが秘匿している可能性もある。
○○家に代々受け継がれてきた特別な〜とか。誰だって自分だけ良い思いをしたいしな。俺は今のところこのスキル獲得条件を公開するのはロキ様に止められているのだが、それはまた今度話そう。
そんな事をつらつらと考えながら走っていたら、いつのまにか鍛冶屋についてしまった。
ちゃんと三分ごとにリセットはいれている。
「なんと、シュウ様の身体能力は四歳児とは思えませぬな」
「ありがとう。毎日少しずつ走ってるからね」
さて。
鍛冶屋のゲルハルトには、特注の物を頼んでいるのだ。今日出来上がる予定である。非常に楽しみだ。
俺は息を整えながら店に入った。